このページの本文へ

遠藤諭のプログラミング+日記第47回

伝説の人物ドミニク・ヴェレ氏へのインタビュー

フランスで日本のマンガはなぜ受け入れられているのか?

2018年06月20日 19時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 7月5~8日、フランスでジャパンエキスポが開催される。いまや来場者数23万人を超える日本文化をテーマにした一大イベント(Wikipeidaより)。2009年に、このジャパンエキスポを中心にフランスでの日本のポップカルチャーを取材したのを思い出した。

 2009年は、ジャパンエキスポが注目され来場者数が急増した時期で日本からのゲストとしてAKB48も来場した。フランスのヨドバシ×TSUTAYA的な存在のfnacが日本マンガ専門の売り場を設置して大量に販売しはじめた頃のものだ。

 Tokyo MXテレビジョンの「東京ITニュース」の取材で行ったもので、楽しい取材だったしたくさんの人に参考になったと言われた(YouTubeでの配信は3回で合計55万再生ほどされている。関係者の方々にはお世話になりました=海外にはあるのに日本にはネットデジタルを広く扱う番組がないのは少々寂しい)。

 このときの取材で、私は、インタビューを何本かやらせてもらったのだが、それを、アスキー総研の所長コラム「0グラムへようこそ」で少し踏み込んで掲載させてもらった。所長コラムは、角川アスキー総研になったときにサイトから落とされたままだったのだが、ASCII.jpに転載されていたものがいまも残っている。

【ジャパンエキスポ 2009 #01】デュフール代表インタビュー フランスでいま、日本アニメ・マンガがアツい理由を直撃!
【ジャパンエキスポ 2009 #02】日本アニメのDVD販売会社ディレクターインタビュー 違法ダウンロードユーザー遮断法とフランスのアニメDVD事情
【ジャパンエキスポ 2009 #03】日本マンガを多数扱う大規模量販店 『NARUTO』900万部のフランスマンガ事情
【ジャパンエキスポ 2009 #04】日仏文化交流センターで始まったマンガ教室 マンガを描きたいフランス人

 ところが、この連続レポートの第5回がなぜか見つからない。【ジャパンエキスポ 2009 #05】フランスにおける日本のマンガ文化を語るときに欠くことのできない人物、ドミニク・ヴェレ氏へのインタビューである。なんとなく、肝心の精神的な部分が落ちているような気がして、ここに再掲載することにしたい。

 ジャパンエキスポ会場での短時間のインタビューで聞き足りないことも多いのだが、日本のマンガの大切なある面を語ってくれていて、参考になるものがあると思うからだ。



【ジャパンエキスポ 2009 #05】フランス人はなぜマンガを読むのか/フランスへ、最初に日本のマンガを輸入した人物

聞き手=遠藤 諭、取材協力=エチエンヌ・バラール(Etienne Barral / SYSTEM B www.system-b.com)

トンカム店内で売られていた『Dico Manga』。「まんが辞書」という日本語の副題も踊る、624ページにも及ぶ大著で、日本のマンガの大百科事典だ。

 今回の取材では、ほとんどの人に「フランス人はなぜマンガを読むのか?」という質問を投げかけてみた。このレポートの第1回で、ジャパンエキスポのデュフール代表は、日本のマンガの商品サイクルや内容が、フランスの若者の需要にこたえていることを指摘した。

 毎年膨大な数の映画を送り出すハリウッド映画のような供給力が日本のマンガにあるという指摘は目からウロコの思いがした。ふだんマンガに囲まれているからこのことが重要であることを、あまり感じていなかったのだ。もちろん、その中身がマッチしなければ意味がないのだが。

 1970年代の終わりや1980年代末に、日本のテレビアニメが大量に投下されたのがきっかけだという指摘もあった。聞いていくと、それぞれの人たちがそれぞれの視点で、その理由を述べてくれる。しかし、そうした答えの中で最も記憶に残っているのが、ドミニク・ヴェレ氏が語ってくれたことである。

 現在、マンガ出版社デルクールに籍をおくヴェレ氏は、日本のマンガを最初にフランスへ輸入してマンガ本ブームを作り出した、伝説的ともいえる人物である。パリ市内にいまもあるマンガ専門店「トンカム」のオーナーとして、マンガの普及に尽力してきた。そのヴェレ氏に、フランスにおけるマンガの状況、そしてマンガへの想いを聞いた。

Dominique Veret(ドミニク・ヴェレ氏=左)。パリのマンガ専門店「トンカム」の元オーナーで、フランスの日本マンガ文化における伝説的な人物である。

―― 最初に日本のマンガを輸入したのは何年のことですか?

 ドミニク・ヴェレ氏(以下ヴェレ) 1988年頃から、日本のアニメの人気が出てきました。代表的なものは『ドラゴンボール』で、「これからはマンガなんじゃないか」と感じたんですね。それまで、バンド・デシネを売るお店を持っていたのですが、お店の名前も「トンカム」と変えて、マンガの輸入をはじめたのです。

―― トンカムの意味は?

ヴェレ タイ語で「商売繁盛」です。

―― タイ語とは意外ですね。

ヴェレ 最初は『ドラゴンボール』などを、日本語版のまま輸入して販売しました。日本に買い付けに行って、日本語版を2週間で1万2000部売ったものです。『セーラームーン』なども、日本語のままで出しました。マンガのほかには、DVDも日本語のままで輸入しました。1990年代には、フランスに日本のマンガを紹介することに関して、相当やったつもりです。ただ、当時は、日本のマンガの評判が必ずしも良いわけではありませんでした。

―― フランスで、日本のマンガが人気があるのは、エッチな表現があるからだという議論があったのを記憶しています。

ヴェレ 子供が読んでいると親があまり喜ばなかったり、検閲があったりして、危機感を感じていましたね。

―― しかし、そうした活動を続けたことで、現在のフランスのマンガ市場ができあがったわけですよね。

フランスの若者は、「魂」の部分をマンガに求める

―― フランス人は、なぜ日本のマンガが好きなんでしょうか?

ヴェレ いくつかの答えがあると思いますが、おそらく、現在のフランスは「価値観」というものを喪失している部分があると思うのですよ。いまのフランスは、あまりに合理的なことに走り過ぎてしまって、魂の部分が軽んじられているのではないかと思います。

 でも、日本のマンガや文化を通して、魂の部分を取り戻せるような気がするんです。フランスで、1950~60年代にはあった価値観が、いまは残っていないと言ってもよいような状況です。それが、日本のマンガの中には残っていると感じるですね。

―― 具体的に「魂の部分」というのは?

ヴェレ なんでもない日常生活を舞台にした日本のマンガ作品に、繊細な心の動きが描かれているじゃないですか。

―― ですが、フランスには映画がありますよね?

ヴェレ 映画に比べて、とくに若い人は、マンガのほうが入りやすいでしょう。

―― わたしは、フランスに来るのは2度目なのですが、1990年に来たときにはずいぶんとバンド・デシネの専門店があるんだなと思いました。この会場にも日本でも人気のメビウスのブースがありますが、バンド・デシネは、いまもかなりの市場を持っているわけですよね。

ヴェレ 統計的には、バンド・デシネを含めたマンガ全体の市場の4割を、日本のマンガが占めるようになっています。しかし、数字以上の影響力をマンガは持ってきていると思います。たとえば、マンガの比率が上がってきたことで、フランスの若い作家は、日本のマンガの影響を受けはじめています。

―― 日本マンガそのものについては、現在どんな状況になっているのでしょう?

ヴェレ 実は、日本のマンガについても、危機感を持っています。いまのフランスのマンガ市場は、市場論理を中心にして動いています。これまでは、日本のマンガの中でも「いいものを紹介しよう」という意識のある人たちがいたからこそ、マンガが理解されて、このように盛り上がってきたわけです。人気のあるものをただばらまいているだけでは、いまのようにはならなかった。

 ところが、いまは編集者も出版社も、数字以外をなかなか評価しなくなっているのです。よいものを探し出して提示するというような工夫をするよりも、数をこなすという状況になっています。こういう動きが、いちばん危ないと思います。

切腹に、生と死、愛のメッセージすら感じる

ヴェレ氏お気に入りのマンガをテーブルに並べてもらった。

―― ヴェレさんご自身が、いちばん好きな作家やマンガ作品はどのあたりですか?

ヴェレ 数が多すぎて答えられません。この机にいま並べている作品は、すべて愛情を持って出版した作品ばかりです。

―― それでも、情熱を持ってやってこられたからには、「これは!」という作家がいらっしゃるでしょう?

ヴェレ 実は、平田 弘先生の作品に関しては、特別の想いを持っています。フランス人からすると、日本といえば「武士道」とか「魂」とか、そういうものについての憧れみたいなものがああります。

 その武士道についてのことがらの中でも、フランス人としていちばん惹かれるのは、「切腹」です。欧米人からすると、自分で腹を切るというのはとても考えられない。日本には、そうした文化が歴史的に存在したというのは、凄いことだと思うわけですね。

―― 1980年頃、大友克洋氏の自宅を訪ねたことがあるのですが、平田 弘氏の話が出たんですよ。『AKIRA』の題字は、平田 弘氏ですよね。

ヴェレ そうですよね。私は、平田先生のところにおうかがいして、翻訳者と出版社の人と4人でお酒を飲んだことがあります。いろいろ騒いでいたのですが、その中の1人が「先生、切腹とは何なんですか?」と質問したんです。すると、平田先生は、そのやり方を具体的にやって見せてくれました。それは、とても感動的なものだったのです。

パリ市内にあるトンカムは、マンガ専門店の草分け。マンガ本のほかにフィギュアやポスターなどの関連グッズ、輸入版のコミックスやボックスもののDVDなどが売られている。

―― 真剣にやって見せたのですね。

ヴェレ こんな生と死の関係というのはあるのか、これは愛のメッセージでもあるんではないかとか、グロテスクなところを超えて、人間としての最高の姿なのではないかと感じたのです。あのときにから、心の中で、いよいよ平田先生のことを大切にしています。

―― いまのヴェレさんのマンガへの想いというのは?

ヴェレ マンガは、ものすごくメッセージ性の強いメディアですよね。たとえば、いま環境など、さまざまな問題がありますが、マンガを通して、そういったことを伝えられないかと思うことがあります。ご存じのように、マンガには、実にさまざまなテーマを扱ったものがあります。そういうマンガを意識して選んで、世の中に紹介していくようなことをしたい。それを通して、そうした問題についての話をしたいですね。

 ヴェレ氏の話を聞いて思い出したのは、取材の1カ月ほど前にお会いした、JETROの豊永真美さんの話だ。わたしは豊永さんに「ジャパンエキスポのどこを見てくればよいか?」と質問したのだが、一緒に教えていただいた話は、わたしにはちょっとした驚きだった。「いまのフランスは、消費財のスーパーマーケットでの購入率は世界でトップクラス。マクドナルドの1人当たり消費量は、アメリカ並みになってしまっている」というのだ。

 フランスは、米国的なグローバリズムに対抗して、強固に自国の文化や歴史を守り続けていている。おそらく、世界中の多くの人がそんなふうに考えていると思う。ところが、まさに『象徴的貧困』(フランスの哲学者ベルナール・スティグレールが使った言葉で、情報社会においてモノや情報が溢れているのに実際には多様化せず偏ったものしか消費されない文化的な貧しさを意味する)という本に表されているとおりの世界が、蔓延しつつあるというのだ。

 パリから一歩も出なかった我々には、あまりリアルには感じられなかったのだが、日本の地方都市以上のことがフランスでは起きている。そんなことを考えると、ヴェレ氏の「日本のマンガに魂の部分を求めている」という言葉の意味が、強く伝わってくる。




 ジャパンエキスポは、この2009年の2倍まではいかないがそれに近い来場者がありそうだという。つまり、日本のマンガやアニメは引き続きフランスにおいて人気なのだ。IT業界にいるとGDPR(EU一般データ保護規則)などネット対するフランスやEU各国の姿勢、あるいはフランスのネット系ベンチャーの元気のあるようすなども耳に入ってくる。最後のフランスの若者たちが日本のマンガに求めるものというのは変わっているのだろうか?

 このあたり、ジャパンエキスポ代表のデュフール代表へのインタビュー「フランスでいま、日本アニメ・マンガがアツい理由を直撃!」と合わせて読んでいただくのがよいと思う。立場のまったく異なるデュフール氏とヴェレ氏だが、日本のマンガに対するフランスの若者たちにとっての意味についてはある意味共通する部分もあるからだ。

 ヴェレ氏は、「いまのフランスは、あまりに合理的なことに走り過ぎてしまって、魂の部分が軽んじられている」とも、「日本のマンガや文化を通して、魂の部分を取り戻せるような気がする」とも述べていた。これは、たった一人で自由に表現できる、マス的コンテンツとしては稀有な性質を持ちうる日本のマンガに対する最高の評価ではないかとも思える。

 ジャパンエキスポ全体のようすは、Tokyo MXの東京ITニュースの以下のYouTube映像でいまも見ることができる。



東京ITニュース JAPAN EXPO Paris マンガ・アニメ編



東京ITニュース JAPAN EXPO 広まるJ-POPとメディア編



東京ITニュース JAPAN EXPO Paris ファッション編


遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。マンガに関しては、アスキー入社前の1983年に創刊して編集長をつとめた『東京おとなクラブ』では岡崎京子をはじめて掲載した。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)など。今年1月、Kickstarterのプロジェクトで195%を達成して成功させた。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


カテゴリートップへ

この連載の記事
ピックアップ