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長谷部誠のリーダーシップ、なぜ歴代代表監督5人に信頼されたか

2018年06月19日 06時00分更新

文● ダイヤモンド・オンライン編集部(ダイヤモンド・オンライン

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長谷部誠のリーダーシップの凄さ
Photo:AFP/AFLO

6大会連続6度目のワールドカップに臨んでいる日本代表が日本時間19日午後9時、ロシア中部サランスクのモルドヴィア・アリーナで、強敵コロンビア代表とのグループリーグ初戦を迎える。2010年の南アフリカ大会、2014年のブラジル大会に続いてキャプテンを託されたのは、フィールドプレーヤーでは最年長となる34歳のMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)だ。西野朗監督(63)を含めて、実に5人の代表監督の下で左腕にキャプテンマークを巻いた「生粋のチームリーダー」は、寄せられる厚い信頼感の源泉を成してきた真面目さと誠実さをフル稼働させ、ピッチの内外でチームをまとめながら、日本サッカー界の未来へとつながる大一番のキックオフを待つ。(ノンフィクションライター 藤江直人)

26歳で日本代表キャプテンになって8年
「超」がつくほど真面目な性格

 日本代表チームの中で細かい点にまでこだわり、生真面目な立ち居振る舞いをした選手が、誰からともなくこんな言葉で突っ込まれるようになって久しい。

「長谷部か!」

 言うまでもなく、チームの不動のキャプテンを務める長谷部誠の言動を「語源」とするものだ。常に誠実で、チームのことを第一に考えて行動する男。誰もがその人間性に尊敬の念を抱く一方で、超がつくほどの真面目ぶりを目の当たりにすると、ついつい茶化したくなってしまう。

 日本時間19日午後9時にコロンビア代表とのグループリーグ初戦を迎える、ワールドカップ・ロシア大会においても長谷部が放つ存在感は変わらない。例えば、事前キャンプ地のオーストリア・インスブルック近郊のゼーフェルトから、いよいよロシアへ出発した13日のことだ。

 チームを代表して、長谷部がテレビ局による合同インタビューに応じた。すると、ホテルを後にする選手たちが「キャプテン!」と冷やかしながら、時には立ち止まってからかうポーズを取りながら背後に現れる。長谷部は笑いをこらえながら、いつものように真面目な対応に終始した。

 日本代表で長谷部が初めてキャプテンを務めてから、実に8年以上の歳月が経過している。2010年5月30日。ワールドカップ・南アフリカ大会の開幕を直前に控え、オーストリア・グラーツで行われたイングランド代表との国際親善試合でゲームキャプテンを拝命した。

 ワールドカップで2度目の指揮を執る岡田武史監督は、プレーができないことを承知の上で、怪我から復帰したばかりのGK川口能活(当時ジュビロ磐田、現SC相模原)をサプライズ招集。キャプテンに指名した上で、ピッチの外においてチームのまとめ役を託した。

 当時の岡田ジャパンは、ワールドカップイヤーに入って大不振に陥っていた。4月のセルビア代表との国際親善試合で0‐3、5月の韓国代表とのワールドカップ壮行試合では0‐2とともに惨敗。韓国戦後には日本サッカー協会(JFA)に対して、岡田監督が進退伺を出す騒動も起こった。

 JFAの犬飼基昭会長(当時)に慰留された岡田監督は、チームの大改革を断行する。大黒柱を中村俊輔(当時横浜F・マリノス、現ジュビロ)から本田圭佑(当時CSKAモスクワ、現パチューカ)へ、システムをボールポゼッション型の[4‐2‐3‐1]から堅守速攻型の[4‐1‐4‐1]へ変えた。

 さらには、守護神も楢崎正剛(名古屋グランパス)から川島永嗣(当時川崎フロンターレ、現FCメス)へ代わる。陣容がガラリと変わった中で、ゲームキャプテンもそれまでのDF中澤佑二(横浜F・マリノス)から当時26歳の長谷部へと変わった。

 長谷部にとっては初めてとなるワールドカップの戦いが、もう目の前に迫っていた。緊張と興奮が交差する中での大役拝命は文字通り青天の霹靂に感じたはずだ。見ている側にとっても、長谷部とキャプテンという肩書きにちょっとギャップを感じたことを覚えている。

 しかし、一連の大改革が奏功したチームは、カメルーン代表とのグループリーグ初戦を制して一気に生まれ変わる。続くオランダ代表戦こそ惜敗したが、デンマーク代表との最終でも勝利。下馬評を鮮やかに覆す快進撃で決勝トーナメント進出を果たし、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。

 残念ながら決勝トーナメント1回戦でパラグアイ代表にPK戦で涙をのみ、初めてとなるベスト8進出を逃した。それでも、文字通りチーム一丸となって戦った4試合で務めたゲームキャプテンを、長谷部は「プレッシャーを感じることなく振る舞えた」と表現したことがある。実際にピッチ上で中澤、ピッチ外では川口やリザーブに回った楢崎、中村から受けたフォローに心から感謝していた。

なぜ長谷部は5人もの監督から
重用され、信頼を置かれてきたのか

 そして、南アフリカ大会後に発足した、イタリア人のアルベルト・ザッケローニ監督に率いられた新生日本代表では川口や楢崎、中村、中澤らのベテラン勢が選外となる。自覚と責任感が芽生えたのか。チームキャプテンを託された長谷部は、生粋のチームリーダーとしてのオーラを放ち始める。

 セリエAのチームで長く指揮を執ったザッケローニ監督は、長谷部に全幅の信頼を置き続けた。ある時には、長谷部へこんな言葉をかけている。

「今までいろいろなチームを率いてきたが、本物のキャプテンと呼べるのはパオロ・マルディーニとお前だけだ」

 パオロ・マルディーニとはACミランひと筋で四半世紀プレーし、イタリア代表としても4大会連続でワールドカップに出場。1998年のフランス、2002年の日韓共催両大会でキャプテンを務めた、イタリアサッカー界を代表するレジェンドの一人だ。

 歴史に残る名選手と同等の評価を受けた長谷部の神髄を見た、という思いに駆られたのは2014年の年末だった。ブラジル大会後にザッケローニ監督からバトンを引き継いだメキシコ人のハビエル・アギーレ監督も、迷うことなく長谷部をキャプテンに指名した。

 そして、連覇がかかるアジアカップの開幕が目前に迫ってきた時期に、スペインのサラゴサで指揮を執っていた時に八百長に関与した疑いがアギーレ監督に持ち上がった。アジアカップへ向けた国内合宿がスタートした12月29日。千葉県内のホテルで、アギーレ監督から選手たちに説明があった。

 もちろんアギーレ監督は関与を否定した。しかし、「八百長」という言葉が持つ独特の重さが、チームの内外の至るところに微妙な影を落とす。それらをたった一言で吹き飛ばしたのが、初日の練習後にメディアの前で対応した長谷部だった。

「これからは自分たちのアギーレ監督を信頼する力が試されていく」

 残念ながらチームは準々決勝で、UAE(アラブ首長国連邦)代表にPK戦の末に敗退。地元の検察に起訴されたことを受けて、2015年2月に入ってアギーレ監督も解任された。そして、急きょ就任したヴァイッド・ハリルホジッチ監督も、長谷部を「代役の利かない存在」とすぐに位置づけた。

 地位が人を作る、とよく言われる。当初はぎこちなさを感じていた長谷部も、時間の経過とともにキャプテンという肩書きに、自らの立ち居振る舞いを追いつかせたと明かしている。ロシア大会出場を決めた昨年8月のオーストラリア代表とのアジア最終予選後には、こんな言葉を残している。

「プレッシャーは年々大きくなっていますね。キャプテンとしてアジア予選を戦う中で、前回の2014年大会の時は任されてそれほど時間が経っていない中で、本当に手探り状態の中でやっていました。今回に関しては自分に対してできるだけ責任というか、プレッシャーをかけながらやってきました。その意味では、喜びはより大きいですね。一人でサッカーをするわけではないので、プレッシャーのことはなかなか言いづらいんですけど、チームがいい形で試合に入れるように、雰囲気や監督とのコミュニケーションなど、さまざまな部分で自分ができることを常に考えてきたつもりです」

 ハリルホジッチ監督は歯に衣着せぬ直言を介して、特にJクラブ所属の選手たちへ厳しい要求を突きつけることが少なくなかった。聞く耳を持たない印象すら与える指揮官と、長谷部は良好な関係を構築しながら間に立ち、チーム内の風通しを良くするための作業に腐心してきた。

「監督は物事を本当にストレートにしゃべるので、選手それぞれの感じ方によっては、すごく勘違いされることもあると思うんですね。だからこそ、若い選手たちに対して、例えば『考え方が違う人とつき合っていくことによって、自分自身が変われることもあるんだよ』という話はしています」

 そのハリルホジッチ監督が、電撃的に解任されたのが4月7日。慌ただしくバトンを引き継いだ西野朗監督は、初陣となる5月30日のガーナ代表とのワールドカップ壮行試合(日産スタジアム)に臨むメンバーの中に長谷部を加えた上で、こう言及した。

「本人にはまだ直接伝えてはいないですけれども、長谷部にはぜひキャプテンをやってもらいたい。そういうプレーヤーだと考えています」

 この瞬間に5人の代表監督の下で、長谷部がキャプテンを務めることが決まった。日本サッカー界でも稀有なケースであり、監督の国籍もイタリア、メキシコ、旧ユーゴスラビア、そして日本と多岐に渡る。文化や風習を超えて重用され、信頼を置かれるのはなぜなのか。

「僕はどちらかと言うと、どの監督とも上手くいっちゃうのであれなんですけど……」

 日本代表における自身の軌跡を振り返った時に、長谷部自身も思わず苦笑いを浮かべたことがある。冒頭で記したように、裏表のない誠実さと際立つリーダーシップは万国共通で受け入れられるものなのだろう。そして、3大会連続となるワールドカップを前にして、こんな決意を固めてもいる。

「個人的にはこれだけ長い間、日本代表にいますから、キャプテンであろうがなかろうが、自分のやるべきことは変わらないと思っています。このチームは経験のある選手たちが多くなってきているので、そういう選手たちがひとつにまとまることで、若い選手たちも引っ張られてくると思うので。自分だけじゃなくて、経験ある選手たちがしっかりまとまって引っ張っていくことが大事だと思います」

パラグアイ戦では90分間ベンチ
代わりに山口蛍がゲームキャプテンに

 ガーナ戦、そしてスイス・ルガーノで日本時間6月9日に行われたスイス代表戦で、長谷部は左腕にキャプテンマークを巻いて先発した。一転して同12日にオーストリア・インスブルックで行われたパラグアイ代表との国際親善試合で、長谷部はベンチのまま90分間を終えている。

 それまでリザーブだった選手を起用する、という西野監督の方針の下で送り出された選手たちが躍動し、大量4ゴールを奪って西野ジャパンの初勝利を挙げた。ゲームキャプテンを務めたのは前回ブラジル大会も経験している、27歳のボランチ・山口蛍(セレッソ大阪)だった。

 ロシア大会出場を逃したパラグアイは世代交代の過渡期にあり、フィジカルコンディション的にもモチベーション的にも決して高いチームとは言えなかった。それでも、開幕前における最後の一戦で勝利を挙げたことで、ロシアの地における戦い方も定まってきたと言っていい。

 特にトップ下で1ゴール2アシストをマークした香川真司(ボルシア・ドルトムント)と、香川のアシストから2ゴールをマークしたMF乾貴士(レアル・ベティス)のコンビネーションは秀逸だった。後方から長短の縦パスで攻撃を操った、ボランチ柴崎岳(ヘタフェ)の存在感も見逃せない。

 加えて、ワールドカップに代表される大舞台ではセットプレーがより重要になることからも、正確なプレースキックを武器とする柴崎はキーマンになってくる。ならば、柴崎と組むもう一人のボランチを誰にすべきなのか。柴崎が攻撃的な分だけ、守備力に長けた山口がクローズアップされてくる。

 パラグアイ戦で日本代表における経験が豊富なFW岡崎慎司(レスター・シティ)ではなく、山口にゲームキャプテンを務めさせたのも、中堅でもよりベテランに近い域にいる山口に自覚と責任感を持たせる狙いがあったと見ていいだろう。

山口との先発争いの可能性も
34歳で感じる新たな責任感

 長谷部は今年1月で34歳になった。年齢ですべてが決まるわけではないが、ボランチの位置では犯してはいけないミスが散見されるようになったのも事実だ。実際、昨年8月のオーストラリア戦では、ロシア大会出場決定を喜ぶ一方で、自分自身には厳しい評価を下している。

「前半で3、4回、ボールを簡単に失う場面があった。危ないシーンにつながるところでもあるので、個人的なパフォーマンスとしては反省点が多いし、満足できるレベルではなかった」

 所属するアイントラハト・フランクフルトで、3バックの中央を務めるようになって久しい。相手から360度にわたって標的にされるボランチと異なり、最後尾から戦況を見つめながら経験とビルドアップ能力を生かせる3バックのリベロとして、長谷部はガーナ戦でも先発している。

 しかし、後半6分までに2点を失い、長谷部がベンチへ下がった同31分からは4バックにスイッチしている。以来、オプションのひとつであり、現時点で長谷部が最も生きる形でもある3バックは試されていない。ロシアの地でも、4バックがベースになると見ていいだろう。

 スイス戦とパラグアイ戦でスタートした[4‐2‐3‐1]がベースになる場合、山口との先発争いを長谷部は強いられる。ベンチスタートならばサプライズに映るが、本田や香川、岡崎が選外になることが多かったハリルジャパン時代から、長谷部はある覚悟を固めていた。

「僕自身もどちらかと言えば『明日は我が身』という危機があるし、その半面でボランチのポジションではもっと、もっと新しい選手に出てきてほしい」

 チーム内における切磋琢磨が何よりも必要だと思ってきたからこそ、新戦力の台頭を希望した。そして今、柴崎が一気にその存在感を増した。もしも山口との争いに敗れた時、自らがなすべき仕事も熟知している。8年前の川口や楢崎、中村のようにチームをまとめ上げる裏方に徹することだ。

 レジェンドたちの尊い背中を、今も長谷部は覚えている。加えて、ロシア大会出場を決めてからの日本代表は低空飛行を続け、人気や注目度が低下したところへ前指揮官の不可解な解任が追い打ちをかけた。フィールドプレーヤーでは最年長となる34歳の長谷部は、未来に対する責任も感じている。

「監督が代わったという部分で、キャプテンを任された人間として強く責任を感じています。今回のワールドカップで、日本サッカー界の未来は大きく左右されてくると思っているので」

 例え左腕にマークを巻かない状況になっても、西野ジャパンの中で長谷部が放つ存在感は変わらない。黎明期から紡がれてきた日本代表のキャプテンの思いが詰まったバトンを、今ほど重いと感じたことはない。文字通り23人が一丸となって臨む、一世一代の戦いの幕開けを長谷部は静かに待つ。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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