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異能な人列伝第6回

「事業化することで研究成果が利益を⽣み続けていく仕組みづくりこそが重要」

産総研/ニコニコ学会β交流協会会長の江渡⽒に「どうすればイノベーションは加速するのか」を真剣に教わってきました

2018年10月05日 06時00分更新

文● プログラミング+編集部

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 日本の “異能” な人をご紹介する連載「異能な人列伝」では、今回、⻑年ニコニコ学会β実⾏委員⻑(現在はニコニコ学会β交流協会会長)を務められていたことでも知られる、江渡浩⼀郎⽒(国⽴研究開発法⼈産業技術総合研究所主任研究員)にお話をうかがった。

 江渡⽒が語ってくれたのは、今の時代背景を踏まえた上で「イノベーションを加速していく」ための具体的な仕組みづくりに関する実践と、そこで必須となる着眼点や重視点について。単に研究成果を⽣むだけでなく、それをイノベーションにつなげていくために、今の⽇本にとって必要な施策とは何であるのか。意外な始まりからスタートするインタビューだが、イノベーションや社会実装というワードについて関⼼ある⽅には是⾮お読みいただきたい、ニコニコ学会βという「前のめりな取り組み」を続けた江渡⽒ならではの現実的な思考法をお届けする。

「野⽣の研究者」を⽣むニコニコ学会βをいかにして作り、そしてなぜ5年で終えたのか

―― 今⽇はよろしくお願いします。早速ですが、現時点での江渡さんのお仕事内容としてはどのような取り組みをされているのでしょうか︖

江渡浩一郎氏(以下、江渡)おもに肉を食べております。

―― え?肉ですか?

江渡 というのも「⾁⾁学会」というイベントを、3年ほど前に発⾜して開催していまして。次の開催(2018年10月31日)が23回⽬になります(それ以降は、第24回:11月28日、第25回:12月26日、第26回:2019年1月26日、第27回:2019年2月27日、第28回:2019年3月21日を予定)。⼀⾒すると「集まって⾁⾷ってるだけだろ」と思われることも多くて、確かにそうではあるのですが(笑)、毎回⾁の⽣産者の⽅をお呼びして1時間程度でさまざまなレクチャーをしていただいているんです。そしてレクチャーの後、実際にその⽣産者さんから買い付けした⾁を熟成させて⾷べるんです。また会場が格之進Nuefというお店で、普段お店で出しているお⾁と⾷べ⽐べもしながら、味の違いなどについて話し合っています。……このままお⾁の話つづけます︖

―― お肉の話題も是非うかがいたいところですが(笑)、ご本業についても触れていただけると……

江渡浩一郎氏。

江渡 本業としては産業技術総合研究所で主任研究員をしています。またニコニコ学会βという団体の代表も、2011年秋に発⾜して以降、本業の⼀部として「共創の場を作る」という研究テーマのもと務めていました。そもそもニコニコ学会βを発⾜した経緯としては「野⽣の研究者が発表できる場を作る」というテーマを課題設定したことが挙げられます。ニコニコ動画などで「実験してみた」や「作ってみた」と研究内容を動画投稿する⼈たちがとても⾯⽩い存在だったので、そうした⽅々(野⽣の研究者)にきちんとした発表機会を設けつつ我々プロの科学者からも⾯⽩い研究者を取り上げて、それらを⼀般の⽅々に対しても訴求⼒のある場で公開することで垣根を超えて研究者同⼠の結び付きを強めることがニコニコ学会βのテーマでした。第1回は2011年12⽉にニコファーレで開催、第2回はニコニコ超会議内のイベントとして開催しまして、以降はニコファーレとニコニコ超会議で交互に開催していきました。この取り組みをつうじて多くの魅⼒ある野⽣の研究者と出会うことができたんです。なかにはそのあと異能vationに採択されて⼈気者になられた⽅もいますね。

―― ニコニコ学会βを経て、異能vationに採択された⽅と⾔いますと具体的にはどなたが挙げられますか︖

江渡 「ヒト型ロボットに眼⼒(めぢから)を与えるための研究」の藤堂⾼⾏さんや、「デジタルシャーマン・プロジェクト」の市原えつこさん、「コンピューテーショナルフィールドを⽤いたヒューマンインターフェースの実現」の落合陽⼀さんなどがその例でしょうか(編集部注︓かぎ括弧内は異能vationで採択された際の研究テーマ名)。

―― お話に出ている「野生の研究者」の定義としては、大学などの研究機関に所属されていない方ということになりますか?

江渡 もともとは「在野の研究者」という⾔葉があって、⼀般的にはその呼称が使われるような⽅々を指すんですが、ニコニコ動画に「野⽣のプロ」という動画タグがあったんです。このタグはどう⾒てもプロだとしか思えない内容の動画に付けられるものなんですが、それが⾯⽩いなと思ったので「野⽣の研究者」という命名にしました。

――「野生の研究者」のなかには、結果として本当にプロの研究者の方もいらっしゃったんですか?

江渡 おっしゃるとおりです。動画では独⾃の肩書きをお使いになられていても、実は「本業で知らない⼈はいない」研究者だった⽅もいらっしゃいます。もちろん、本業ではまったく別のお仕事をされている⽅もいて、割とバラバラですね。

―― 本業で別のことをされつつ、独⾃に⾯⽩い研究をしている⽅が増えているという印象があります。やはりそれはニコニコ学会βのような発表の場が増えてきたからなんでしょうか。

江渡 これは⾊々な説明の仕⽅があると思います。「ニコニコ学会βがどのように作られたのか」⾃体については『進化するアカデミア 「ユーザー参加型研究」が連れてくる未来』という書籍でも触れているのですが、当初は「ニコニコ学会」という名前や「ニコファーレ」という場所ありきで始まった企画ではありました。そこから先ほどお話ししたテーマ設定やイベント来場者のターゲティングなどを作っていったのですが、その過程で⾊々な関係者と話し合うなかで「ユーザーが参加することで成り⽴つ学会である」というアイデアが導かれたので、その結果として野⽣の研究者と呼んでいる⽅々が数多く露出したという⾔い⽅はできると考えています。

―― そうした活動を継続後、5年という期間でニコニコ学会βに区切りをつけられました(編集部注:2016年12⽉の第9回シンポジウムをもってニコニコ学会β実⾏委員会の「散開」が宣⾔された)。この理由は何でしょうか︖

江渡 理由としては最初に「5年間限定の取り組みなので、その期間内はサポートをお願いしたい」と関係各所へ宣⾔していたからです。活動4年⽬に実⾏委員会を開き「本当に5年で終わるのか」という議論はしましたが、結果としては予定通りに区切りを設けることにしました。5年と設定したのは過去に類似するような団体の⽴ち上げを経験したときに、同じ運営者が継続するのはそれくらいの期間が限界かなと感じたことから来ています。

第9回ニコニコ学会βシンポジウム終了後の集合写真(画像は公式サイトより)

―― 関わられている⽅々のモチベーション維持や体⼒の⾯で5年程度が望ましいだろうということなのでしょうか。

江渡  ひと⾔でお答えするなら「イエス」です。ずっと続ける前提で組織を作るのか、期間限定とすることで同じ⼈が運営するのか、そのどちらかだなと思っていて。ニコニコ学会βのように関わる⼈間が常に前のめりで進めるようなやり⽅を取るのであれば、それは期間を区切ったほうが良いだろうという判断がありました。実際のところ「5」という数字⾃体に意味があるわけではないのですが、ニコニコ学会βの期間設定については直感的に「合っていたな」と感じています。

―― ニコニコ学会βを終えられて以降ではどのような動きがあるのでしょうか。

江渡 下部組織的な位置付けでありつつも独⽴した会としてニコニコ学会βデータ研究会は現在も続いていますね。また、未来の運動会について考える会として発⾜したニコニコ学会β運動会部は現在、⼀般社団法⼈運動会協会として法⼈化していて、昨年(2017年)にはスポーツ庁の事業に、今年は東京都の事業に採択されています。こうした活動がニコニコ学会βから派⽣して現在も続いています。

―― 活動を終えられてからの感想として、江渡さんがニコニコ学会β発⾜当初に設定された「野⽣の研究者が発表できる場」という機会は増えたという印象はお持ちですか︖

江渡 そうですね。実際的に増えたのではないでしょうか。異能vationというプロジェクトも、そうした場のひとつであると⾔えるわけですし。先ほどご紹介した派⽣的な動きは、当初から期間限定で実⾏委員会の活動をすると決めたからこそでもあると思いますし、この意味においては計画通りの流れで来ているという印象を持っています。こうした私の経験則について、より詳しく知りたいという⽅は是⾮『ニコニコ学会βのつくりかたー共創するイベントから未来のコミュニティへ』という書籍をお読みいただければと思います。

日本ならではの気質とイノベーションに関係性はあるのか?

―― ここで視点をアメリカへ移すと、研究者の発掘であったり、ベンチャーキャピタルが巨額の投資を研究者へおこなったりなどの機会が、ショーアップされながら公開されるような取り組みが昔から多くありますよね。こうしたアメリカならではの⽂化と⽐較すると、ニコニコ学会βは良い意味で⽇本化された取り組みだったという印象がありました。この「⽇本ならではの」という点について、どのような狙いをニコニコ学会βにお持ちだったのかお聞きしたいです。

江渡 ご質問の点についてはもとから明確な狙いを持っていました。そもそもニコニコ動画⾃体がYouTubeが既に存在する状況で⽴ち上がったサービスですよね。後発であるゆえに、あらゆる側⾯でYouTubeとは異なる独⾃性を打ち出したサービスであったわけです。

――「ニコニコ」というサービス名自体がそうですもんね。

江渡 ⽇本的なネット⽂化を考えると、ニコニコ動画の次に初⾳ミクが挙げられます。単なる⾳声シンセサイザーソフトでしかないものに固有名詞をつけてキャラクタライズすることで⼤成功したわけです。これらニコニコ動画や初⾳ミクからその成功理由を抽出して、⾃分なりに「これをいかに学会へ適⽤すると良いのか」と思考実験しながら作り上げたのがニコニコ学会βでした。

―― 他にニコニコ学会のコンセプト作りにおいて参考になさったものはありますか?

江渡 あとはTEDですね。TEDはとても優良なコンテンツですが、動画だけを観ているとアメリカナイズされた印象を受けていて、そのノリに付いていけない感覚を元々は持っていました。でもTEDのリアルイベントであるTEDxTokyo_yz(テデックス・トーキョーワイジー)に参加してみると、会場で感じたのはとてもハートウォーミングかつウェルカムドな印象で、動画の印象とはまた異なるものだったんです。参加者を楽しませる⼯夫が数多く盛り込まれていて、イベントの作り⽅としてとても参考になった出来事でしたね。それに、もうひとつ会場で感じたのが「これ、オレにもできるかもしれない」という思いでした。もし「こんなイベントやって」と⾔われれば、どういう⼯夫をすれば参加者が喜ぶかが自然とスッと思い浮かびました。実際ニコニコ学会βのディレクションをする際にも活かすことができましたね。

写真手前は聞き手を務めた当編集部の遠藤。

―― そこで意識された「⽇本ならではの取り組み⽅」についてもう少し具体的にお話いただくならば……

江渡 この話はどうしても⻄洋⽂化と⽇本⽂化の⽐較論になると思うのですが、和辻哲郎(編集部注:⻄洋の哲学と⽇本的な思想の融合について論じた哲学者)が⾔うように、⽂化形成の過程において「よって⽴つ」⼟台が、そもそも⻄洋と⽇本では異なるのだと思うんですね。その国の地理的な条件やそれに伴う気象的な特徴の違いによって、暮らす⼈間の基本的な性格に違いが⽣じて、それが⽂化形成にも影響を与えると和辻は⾔っています。これは「そりゃそうだよな」って話ですよね。寒いから東北の⼈は⼝数が少ないとかって、まったくそのとおりですし。

―― 寒い地域だから部屋にこもる時間が⻑いことで、多くの漫画家が⽣む⼟壌になったとも⾔いますよね。

江渡 ⽇本⼈の踊りは「すり⾜」で⾜を⾼く上げないものが多いけど、⻄洋の踊りは⾜を⾼く上げるというのも、履いている靴や地⾯の硬さの違いが影響を与えているといった話もあります。こうした考え⽅をもう少しメタに捉えると、⽇本というのは島国なわけです。柄⾕⾏⼈の⾔葉を借りるなら「思想が、⾎⾁を備えた存在としてではなく、⽂物として⼊ってくる」んですね。海外から何らかの⽂化や事象が輸⼊されるとしても、⽇本⼈はそれを文物として捉えることが多く、⾎の通った具体物として受け取ることを拒んでしまう傾向があるように思います。

―― 輸⼊されるものを伝聞で捉えてしまうがゆえに、リアリティをあまり感じないことが⽇本らしさにもつながっているとも⾔えるのでしょうか。

江渡 「伝聞のみでイメージを作り上げてしまう」という国⺠性を表している例の最たるものがシリコンバレーなのかなと思っています。多くの⼈が「シリコンバレーはすごいぞ、ああいうふうに⽇本もならなきゃダメだぞ」と⾔いますが、よくお話を聞くとシリコンバレーへ⾏ったことがなかったりする。イメージだけで話をしているわけです。ニコニコ動画だって「YouTubeっていうのがすごいらしいから⽇本でもあれをやろう」という発想だったら⽣まれなかったわけですよね。YouTubeの特徴や利点を冷静に分析して「じゃあこうすれば⽇本らしい動画共有サービスができるはず」と考えたからニコニコ動画は成功したんです。それなのに「こんな動画共有サービスはシリコンバレーからすれば⼆流」という評価を時に受けてしまったりするのは、サービスが作られた経緯が⾒えているからであり、そうした経緯が⾒えにくい海外のサービスを必要以上に持ち上げてイメージしているからでもあります。こういう部分で国内の取り組みが海外に対して劣勢にあるように⾒られてしまう状況は常に⽣じていると思います。

―― そうした国⺠性というのは、⽇本⼈がイノベーションを⽣み出すうえでの「障害」なのか「後押し」なのかと⾔うと︖

江渡 それは両⽅じゃないでしょうか。今までお話してきた国⺠性はつまり「島国根性だ」というだけで、この点は⽇本もイギリスも同じなわけです。だから必ずしも⻄洋⽂化と⽐較して⽇本はどうこうという話ではありません。島国だからこそ、必要以上に輸⼊されたものを有り難がる傾向がイノベーションの邪魔をすることもあるし、⼀⽅で島国だからこそ⽣まれる市場において爆発的に普及したものが海外へも伝播するという例もあるわけです。最近減ってしまいましたが、以前はホンダもソニーもそういう存在だったわけで、島国ならではの利点によるイノベーション事例は数えきれないほど存在していますよね。これを踏まえて、今の私は「まずはスタートアップを増やす」という施策に注⼒しています。スタートアップ、つまりベンチャー企業を増やすことがイノベーションの増加に直結しているのではないかという仮説です。

―― イノベーション課題を⾒つけることに固執しすぎるより、まずはスタートアップとして⾃分の⾜で⽴ってみよう。その過程のなかでイノベーション課題は⾃ずと⾒つかってくるのではないか、というのが江渡さんからの問題提起なのでしょうか。

江渡 そのように受け取っていただいて構わないです。イノベーションを⽣み出すこと⾃体へのこだわりが過ぎると、そこで泥沼にはまってしまう可能性もありますから、違う⾓度からアプローチしてみようということですね。

イノベーションの種(シーズ)は「マグロ」じゃなく「アイドル」

―― とすると、仮に今「ニコニコ学会βを復活させましょう」と⾔われたとしても、江渡さんは復活を望まれるわけではないのでしょうか。

江渡 もちろんやりません。やはりその時々の時代背景を無視して考えるわけにはいかないですよね。その瞬間に提供できるリソースには何があって、それらのリソースを集合することでどのようなことが得られるかの予⾒があった上で、採るアプローチを選択します。ニコニコ学会βは当時のリソースを組み合わせて、5年間⾛ると決めたことでうまくいきました。でも同じことを今しようとしても、当時あったリソースそのものがありません。ならば違うやり⽅を必然的に選ぶことになりますから、今は⾊々な場所での仕組みづくりに注⼒しているという説明になります。

―― 江渡さんが現在注⼒されている仕組みづくりの具体例はどのようなものが挙げられるでしょうか。

江渡 現在は茨城県つくば市にインキュベーション施設を作ろうとしています。つくば市は、市全体でスタートアップを増やそうという施策を始めていて、2018年4⽉にはスタートアップ推進室が⽴ち上げられました。それまでの経緯としては、この3年ほどつくば横の会を開催して、研究者の横のつながりを⽣み出そうとしていました。そこから最近はテーマ設定が変わってきて、研究者だけでなく経営者やベンチャーキャピタル、市政担当者、政治家の⽅々にイベントで登壇していただいて「なぜ技術/研究シーズ(種)が事業化に結びつかないのか」や「どうしてつくば発のスタートアップやイノベーションが⽣まれないのか」について議論する場になっています。

2016年6月開催の第2回つくば横の会における参加者集合写真(画像は公式Facebookより)。

―― つくば発のスタートアップというのはそれほど多くはないのでしょうか。

江渡 ⽇本の中ではトップクラスの事例があり、筑波⼤学からのベンチャー企業創出数は東京⼤学の次に多いです。それでも、当初期待されていたほどの数ではまだないということですね。投じられている予算に⽐してリターンが少ないので、もっともっとイノベーションを増やしたいと考えています。

―― つくば市以外の事例もあるのでしょうか。

江渡 ⽂部科学省に⾰新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)という施策があります。これは⼤学などで⽣まれた技術/研究シーズを企業などに移転することで事業化し、世の中に出していくことを促すプログラムです。COI(センター・オブ・イノベーションの略)は文部科学省の研究プログラムとしては大きな金額が動くもので、最⼤で年間10億円の研究開発費⽀援を受けることができます。プログラムの特徴としては、まず研究成果が目的ではなく、技術/研究シーズを事業化(社会実装)することが目的ということです。また、単にそれだけではなく、その取り組みを継続していけるようなプラットフォームを⼤学内に作るということも⽬標にしています。

―― 江渡さんが注⼒されている事例をお聞きしていると、技術/研究シーズ⾃体は存在しているのに、それらが世に出てこないことに課題があるという印象を受けます。

江渡 その通りです。実際「こんなお宝がどうして眠っていたのか」と外部からお聞きする機会は多いです。相当な数の技術/研究シーズが未だに⽇の⽬を⾒ていないのだとお考えいただいても相違ないです。

―― これは我々メディアの問題もあるのかもしれませんが、技術/研究シーズが世間⼀般に知られる機会がまだまだ少ないことも影響しているのでしょうか。

江渡 そういう意⾒を持つ⽅は確かにたくさんいらっしゃいますし、間違ってはいない指摘だと思います。ただ実際のイメージは少し違うのかなと。様々な技術/研究シーズがあって、それを⽬利きが選びイベントや情報媒体などに取り上げることで、ビジネスサイドの⽅が事業化へとつなげていくような流れは、確かに多くの⽅が想像しますよね。でもそれだとうまくいかないのかなという感触を私は持っています。

―― と言いますと?

江渡 例えば、築地市場に⾏くと、⽬利きが「このマグロにはこれだけの⾦額をつけよう」と決めることで商品に値段がつけられ、そこを起点にお刺⾝やお寿司といった加⼯が施されていきますよね。先ほどのお話はそれに似たような流れを⽰されているんだと思うのですが、簡単に⾔うならば「技術/研究シーズはマグロじゃない」んですよ。

―― マグロではないなら、何に例えられるでしょうか。

江渡 うーん……パッと思いつくのは「アイドル」とかですかね。スカウトが「この⼦、ちょっといいかも」と連れてきて、歌やダンスをマスターさせて、世に出すというか。それこそ、よくイメージを持たれる「このマグロは鮮度がいいだろう」というような⽬利きではないんですよ。

―― アイドルの目利きという例えならば、その目利きは客観的な判断ではない?

江渡 だいぶ主観的な目利きだと思いますよ。

―― いずれにせよ、技術/研究シーズが社会実装され、事業として成功し、また次のシーズへとつながっていくサイクルをまわすことが重要だということなのでしょうか。

江渡 今おっしゃった「回す」という表現は、私の感覚に近い表現です。技術/研究シーズが利益を⽣み出すことが結局のところ重要なわけです。莫⼤な利益を⽣み出した⼈が投資家になることで、次の技術/研究シーズへの投資が⽣まれます。このサイクルにかんして、⽇本では現在ようやく「第三世代」と呼べる層が⽣まれつつあり、社会的に前⾯に出ているのが「第⼆世代」と呼べる⽅々なのかなと考えています。

―― お話に出ている「それぞれの世代」というのは、具体的にどういった⽅々を指していらっしゃるのかうかがいたいです。

江渡 まず「第⼀世代」として私が思う代表例としては、⼩飼弾さんや、鎌⽥富久さん、⼩池聡さんといった⽅々が挙げられます。次に「第⼆世代」としては、⼩笠原治さんや孫泰蔵さん、千葉功太郎さんなどでしょうか。

―― そして、その次の世代が出てきつつあるということですね。世代と⾔っても、実際の年齢だけを⾔うわけではないと思いますが。タイミングだったりもありますし。

江渡 千葉功太郎さんは「第⼀世代の投資家に育てられたという⼤きな恩があるからこそ、⾃分は投資家になってその恩を次の世代に返す」と明確に語られていて、実際に投資家のネットワークをご⾃⾝で作り、事業化に関するアイデアを情報交換する会を開催しながら起業家を育てられています。

―― 今お話に出ている「技術/研究シーズできちんと儲けて次の世代へつなぐ」という観点から、⼀度ニコニコ学会β的な観点に戻って考えると、儲けを⽣んだアイデアよりも「才能の無駄遣い」のほうが世間的に⾼い評価を受けやすいというような⾵潮を思い浮かべてしまいます。

江渡 その⾔い⽅は誤解を⽣みやすいと思っていて、実際には「普通に考えればリターンを得るのに遠そうな道を敢えて選んだ⼈」を「才能の無駄遣い」という動画タグで称賛しているわけですよね。ある努⼒をしてその対価をリターンとして得るという⾏為は、対価の設定が具体的であればあるほど、得られる対価の額が少なくなるものです。これを逆⼿に取って、物凄いことをやって動画で発表しているんだけど、その動画投稿⾃体に適した 対価を求めず、代わりに他の活動を知ってもらう機会にすると。それを続けていれば、⾃分の活動のいずれかで⼤きく換⾦できる機会もできてくる。つまり「才能の無駄遣い」というのはブランディング戦略であり、広告宣伝活動なのだと⾔うのが正しいのではないでしょうか。

―― であるならば、いわゆる「嫌儲」というような⾒⽅へ気を払う必要はないということでしょうか。

江渡 それはあくまでも「悪どい⽅法で儲ける⼈は許せない」ということですよ。社会に対してストレートな⽅法で良いことをして、その結果として儲かっている⼈が叩かれているのって⾒たことありませんから。

今後注力したいのは “Small Business Innovation Research” という制度

―― 江渡さんの今後についてお聞きするならば、すでに挙げてくださっているスタートアップの増加によるイノベーションの加速のための仕組みづくりと、その他にもアイデアをお持ちなのでしょうか。

江渡 私がやりたいのは「⽇本版SBIR」を作るということです。「SBIR」というのは “Small Business Innovation Research” の略で、技術/研究シーズをきちんと事業化して会社化させ、そこにお⾦をつけて製品化することで利益を⽣む構造を促すアメリカ政府の制度で、とても⾯⽩い試みなんです。⼤きな特徴として挙げられるのは、アメリカの連邦政府における特定の省庁がおこなっている制度なのではなく、連邦政府における全ての省庁が、それぞれで保有している研究予算の3.25パーセントはこのSBIRへ投じなければならないという決まりがあることです。制度の具体的な流れを説明すると、

  1. 各省庁に所属する研究経験を持つPM(プロジェクトマネージャー)がSBIR向けに具体的な技術課題を提⽰し、解決できる⼈材を公募する
  2. 博⼠課程もしくはポスドクの⼈材が提⽰された課題への解決策を提案する
  3. 採択された解決策の提案者である学⽣(研究者)個⼈に対して、まず700万円〜1千万円程度の⽀援が「賞⾦として」⽤途不問で渡される
  4. そこで得たお⾦を⾃由に⽤いて、半年〜1年程度の期間である⽬標を達成すべく採択者は研究をおこなう
  5. 半年など⼀定の期間後に審査があり、採択者の半数がふるい落とされる(これをステージゲート⽅式と呼ぶ)
  6. 審査に残った残りの半数には、最初の⽀援⾦額の10倍程度が、同じく⽤途不問の賞⾦として渡される
  7. そこから2〜3年の期間をかけて、採択者は事業化・会社設⽴・製品化に取り組む
  8. そのあと再び審査をおこなう。残った採択者に与えられるのは賞⾦ではなく、今後の政府調達に優先的に紹介される/有⼒なベンチャーキャピタルへ紹介される
  9. このステージゲート⽅式により、技術/研究シーズが効率的にふるい落とされながら、製品化までの流れを促す

といった⽅式なんですね。この制度を経て⽣まれた企業が実際アメリカには多数あり、それらの制度出⾝企業が 多くの利益を⽣んでいることが税収の向上にもつながっているわけです。

―― SBIRで⽣まれた企業としては、どういった分野で事例があるのでしょうか。

江渡  ⽬⽴つのは製薬会社です。SBIRという制度が⽴ち上がったのは1983年頃になるのですが、その後遺伝⼦解析などの登場によって製薬技術が⼤幅に向上し、その結果として製薬系は多くの利益を⽣んだので当然の傾向であると⾔えますね。あとはエネルギー関連の企業でしょうか。

―― イノベーション促進の制度が税収向上に結びついているというのが⾯⽩いですね。

江渡 SBIR制度に詳しい京都⼤学⼤学院の⼭⼝栄⼀教授が、SBIRで投資を受けた企業がその後どの程度の利益を⽣んだかを詳細に調べられたところによると、投資を受けた⾦額に対して7年度⽬以降で⿊字化が達成され、最終的には投資額の70倍程度が税収となって戻ってきているのだということでした。この話の更に⾯⽩いところは、⼭⼝先⽣がSBIRの本国担当者に、投じた税⾦と戻ってきた税収についてグラフ化したものを⾒せたところ、担当者から返ってきたのは「こんなふうになっているとは知らなかった、我々はなんて素晴らしい制度をやっているんだ︕」という反応だったそうなんです。つまりSBIRの担当者⾃⾝は、そういった税収が得られているとは全然知らなかったんですよ。どれほどすごい制度をやっているのか当事者が知らなかったっていうのは、なんだか⾯⽩いエピソードですよね

―― 江渡さんご自身は、ご紹介くださったSBIRをどのように日本で実現されたいのでしょうか。

江渡 具体的にまだ⾒えているわけではないのですが、まず⾊々なところでこの話を持ちかけ続けているという出発点に今はいます。この制度を⽇本で作る上で難しいと感じるのは、個⼈に賞⾦として研究費を与えるという部分で、これはかなり難しいことだと感じています。SBIRが持つこの特徴を貫くのであれば、⺠間からの協⼒を仰ぐ必要があると思っています。ここで参考になるのが、⽂部科学省のトビタテ︕留学JAPANという制度です。この制度は海外留学したいと思う個⼈に旅費を⽀援する内容なのですが、特徴として様々な企業からスポンサードを受けて得た⽀援⾦を⽂部科学省がプールして、そのプールから個⼈に⽀援⾦を渡すという⽴て付けなんです。なので、あくまでも原資は⺠間企業からとなっているわけなんですね。⽇本版SBIRもこのような仕組みを採⽤して、⺠間企業からの原資を研究者への⽀援にあてるほかないのかなと今は考えています。

―― なるほど。あと気になるのは「省庁に所属しているPM」という、現在の⽇本にはないポジションを設けられるかも実現におけるネックになるのかなという印象があります。

江渡 その通りだと思います。国の⼈事制度を変⾰するというのは現実的だとはさすがに⾔えませんが、研究のことを分かっている⼈を増やすということはしていかなければならないだろうとは当然考えています。

―― この試みについて、すでに具体的な動きというのはあるのでしょうか。

江渡 すでに⾛り始めている例で⾔うと、2017年12⽉に発⾜した内閣府オープンイノベーションチャレンジがあります。これは先ほど挙げたアメリカのSBIRにおけるステージ3:ある技術課題を解決できる製品があれば、確約はしないがその製品を政府調達につなげられるようにする、という点に該当するような取り組みです。もうひとつは先ほどもご紹介した⼭⼝栄⼀先⽣が選考委員⻑を務められているイムラ・ジャパン賞(IMRA JAPAN AWARD)が、明確にSBIRを意識した制度設計がされている事例として挙げられますね。

―― そのような⽇本版SBIRの実現をつうじて、江渡さんが達成されたいことや⽀援したい⼈々について最後にお聞かせいただけますか。

江渡 SBIRという制度が⽀援するのは、博⼠課程の学⽣もしくはポスドクが対象です。私にできることの範囲で達成したいのは、そうした対象の⽅々で「研究者になるかそれとも研究してきた技術を世に出す側になるかで迷っている」⼈たちにとっての選択肢を増やすということなんですね。SBIRという制度は、研究活動と実利を結ぶ明確な解のひとつになると思っています。これをつうじて、対象となるような研究者たちを市場へつなげる仕組みを、政府がきちんとやるんだという流れを⽣み出すことができればと考えています。

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