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アスキーエキスパート第43回

「ビジネスは、その先に」

知識移転:アップルとアマゾンの活動から「ノウハウの移転」を考える

2018年06月07日 09時00分更新

文● 坪井聡一郎/アスキーエキスパート

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国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。デンソーの坪井聡一郎氏による技術とイノベーションについてのコラムをお届けします。

 アップルがiPhoneを発表したのが2007年1月。昨年は記念すべき10周年であった。スマートフォンはすっかり定着し、我われの生活に欠かせない重要なインフラとなっている。デザイン性の高さは秀逸で、発売当時、ほかのメーカーが開発していた製品に比べて数年先の未来を見せてくれたようなインパクトがあった。

 もう知らない方も多いかもしれないが、前身となったiPodでは新しいインターフェースやiTunesの採用など革新的な取り組みがなされ、ハード面でもステンレス筐体採用モデル(iPod touch 第1~4世代)がありその美しさに多くの人々が魅了された

第4世代iPod touch

新潟県燕三条地域で磨かれたiPodのステンレス製筐体

 ここで簡単に当時の状況について振り返っておきたい。当時は携帯電話(いわゆるガラケー)が全盛であり、多くの企業が樹脂(プラスチック)製の筐体を採用していた。メーカーが樹脂を用いるには理由がある。樹脂は形状を加工しやすい特性を持ち自由にデザインできる。塗装を施せば概ね望む色や形状へと整形が可能で、差別化をデザインで図る場合にデザイナーの自由度を拡張してくれる。その上樹脂は軽量であり、何よりコストが安いというメリットがある。ほとんどの企業が携帯電話のボディに樹脂を採用するにはこうしたことが背景となっていた。そしてその状況は現在においてもあまり変わっていない。

 そんな中で登場したのが、筐体にステンレスが採用されたiPodである。iPod touchやiPod nano等に採用された削り出しのステンレスにはピカピカの鏡面磨きがかかっており、指紋が付くほどの繊細な光沢と、触れるとひんやりとした温感が伝わり、なんとも愛着を生む外観デザインで人気があった。ステンレスは硬く・重量がある上に、整形が非常に難しい素材で、製造工程で余分の時間がかかる。コストも高いこともあり採用にあたっては躊躇するものである。

 しかしバッフィング(つやを与え滑らかにする加工)によって官能的な美しさを放つステンレスは、「持つ喜び」を感じさせてくれる。若い読者の方はご存じでないかもしれないが、実はこの鏡面磨きは、新潟県の燕市・三条市周辺地域にある金属加工技術によって成し遂げられたものである。この地域にはステンレス製のカトラリー、食器や調理器具、あるいは工具等の加工を扱う企業が多く存在し、ステンレスのみならずさまざまな金属加工技術が集積しているエリアである。

 江戸時代から続く加工技術は、その伝承のため後進育成にも積極的であり、こうした卓越した技術は国内外に広く名を馳せている。故スティーブ・ジョブズによって認められ、初期iPodでステンレスが採用された際アップルより鏡面磨き依頼を受けたのが、この地域に継承されている研磨技術なのである。

 初めてステンレス製のiPodが発売された時の高揚感というのは今も忘れることができない。流麗な曲線と破綻のない光沢、そしてステンレスに刻印されたロゴなどの1つひとつがモノづくりの矜持を感じる仕事であり、我われユーザーに「こんな凄いことができるんだ!」という驚きと喜びを感じさせてくれた。インターフェースとしてガラス面ばかり使うのが常のモバイルデバイスにおいて、あれほど裏面側に関心を持つことができたのも稀有な体験といえよう。

アップルは作業風景をビデオに収め海外生産に切り替えた

 ハード面では今もってもアップルの製品が多くの企業にベンチマークされ、アップルが取得する特許情報を通じて、次世代iPhoneの仕様をあれこれと議論するのも毎年の風物詩のようになっている。アップルはその圧倒的なバイイング・パワーで自社工場を持たずに世界の最高技術を集積し、マーケティングとデザインでビジネスを行なっている。こうしたビジネスを展開する中、コスト削減の意識は非常に強く、部品調達におけるライセンス契約や新たな調達先の探索などあらゆる選択肢を常に検討しているといって過言でない。

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 2013年に発売された「アップル帝国の正体(後藤直義、森川潤著;文藝春秋)」にはこの辺りの詳細が記述されている。同書によると、iPodのステンレスを研磨している職人の下にアップル社員がやってきて、一日中ビデオカメラを持って職人の手元の作業風景を収めていったという。この撮影は3日間にわたり、その後ステンレス製商品の生産はアジアの他国に移管され、燕三条周辺でのアップルからの仕事はなくなっていったという。

 燕三条で行なわれていたステンレス研磨において課題となったのは、日本の高い人件費と大量生産への対応と言われている。つまり研磨方法を人件費の安い地域に移転させ、大量生産を企図したと推察される。

 研磨技術は大まかに分解していくと、「素材(前述でいうステンレス)」「研磨に使用する機械」「手作業」に分けられる。「素材」「研磨に使用する機械」の前2つについてはお金により購入可能で、どんな場所でも環境も構築しやすい。一方で「手作業」部分は移植が難しい。はじめて作業に従事する者は習得に時間がかかる上、上位者の指導を受けながら少しずつ身につけていくのが一般的プロセスである。技術移転において時間が最も必要とされるのが「人間の習熟」にかかる部分であり、生産におけるボトルネックになると言える。

 燕三条でのアップルの試みは、ビデオ学習によって直接的な指導を仰がない環境下でも「インサイダー」の立場を通じて模倣できたことを意味している。もちろん細部の品質の差など長年の習熟を必要とする部分はあるのだろうが、会社としての品質基準をクリアーすることに目標を置いた場合に、そこまでの精度は不要であった可能性もあろう。それよりもある水準以上の製品を大量に生産してコストを下げ、収益性を高めるよう経営的バランスを図ったのだと考えた方が腑に落ちる。

Amazon自主物流構築によって取引先から移転可能性のあるノウハウ

 このような「取引を通じてノウハウが移転する可能性」について、今度はAmazonの例を通じて考察していきたい。隆盛のオンライン市場において、不足するドライバーの確保、高騰する配送料などさまざまな課題が指摘される中、昨年「Amazonが自社物流網構築に舵を切る」というニュースが流れた。

 調べてみると、本国である米国においても自社物流構築を目指す動きもみられるようである。年初には楽天も自主配送網構築を目指す方針が示された

 勢いのある市場機会を背景に、負担の大きい配送費用を圧縮して収益性を高める方策を探っていると感じられる。自主物流への取り組みはその1つの取り組みとみることができよう。

 日本市場において、1998年にAmazonジャパンが設立され今年で20年目を迎えることになる。筆者自身もこれまで多くの品物をAmazonで購入しているが、宅配される運送業者は変遷している。私が実際に受け取ったケースだけでも、日本通運、日本郵政、ヤマト運輸、セイノー、佐川急便などの運送業者があり、これまでAmazonがさまざまなところへ配送委託していたことが分かる。ニュースなどでは輸送コストと人件費に焦点を当てがちになるが「自社物流網構築にとっての意味」をここでは考えてみたい。

 Amazonは設立以降次々に新しいサービスを提供してきた。それらのほとんどは物流量を増加させており、同社の理念(Amazonのすべての行動・判断の軸となる「Our Leadership Principles」の1つ)である「Customer Obsession」なサービスであるが故の成果であろう。運送業者との関わりでいえば、増え続ける物流量に対し委託先を増やし対応してきた歴史でもある。長年の事業において離合集散はあったもののAmazonは主だった日本の運送業者とビジネスを共にしてきた。

 しかし運送業者立場から見れば、まったく違った状況として認識できる。Amazonと取引している日本通運、日本郵政、ヤマト運輸、セイノー、佐川急便などは、互いに競合環境にあるが、Amazonはその取引を通じて、

  • 集配時間
  • ローテーション
  • 拠点数および配備人員数
  • 物流の集中地域
  • 配送マネジメント・システム
  • 集配コスト
  • 車両タイプ・性能
  • おおよその人件費

Amazon.co.jpで購入

 など、運送業者別に状況をつかむことができる立場にある。余談になるが、ヤマト運輸が宅配便の初期サービスを開発したエピソードについては「経営学」(小倉昌男著;日経BP)に詳しいが、その思考のプロセスは今もって色あせることはない。同書に詳細に記述されているが、上述したような仕組みを会社自らで構築するには大変な知恵の集積と多大な時間が必要になる。

 しかしAmazonは取引を通じてそれらを知ることができ、さらに言えば現状運用されている仕組みの課題すらも認識することが可能である。たとえば、Amazonが新たなサービスを開発(即日配送サービスなど)した際には、そのサービスへの対応の可否、何がボトルネックになるのかなど、交渉を通じて情報が手に入れられる。仮に当該業者が新サービスに対応できないとなれば、その時点で会社ごとの強みや弱みを分析し、ほかの業者との使い分けを図ることもできよう。

 このようにAmazonは従前の取引を通じ、「インサイダー」として各社の持つノウハウを結果的に知りえることができ、また取引が多岐にわたる経緯を経て日本の物流のさまざまな課題を認識したと考えられる。ノウハウは、財務諸表等の公表データで会社状況を知るようなアウトラインでは掌握が難しい。日々の取引による実際の体験を通じて各社固有課題までも理解し、その上で事業価値最大化のために自社物流を行なうというのが今回の流れなのではと思われる。

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