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マンダムが脱大阪、社員の1割を東京へ大移動させる理由

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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“プチ脱大阪”を果たしたマンダムの西村元延社長
2027年のビジョンを説明するマンダムの西村元延社長 Photo by Masataka Tsuchimoto

「マンダムはん。あんたも脱大阪かいな」。男性化粧品最大手のマンダムに関西財界からツッコミが入っている。

 1927年設立で大阪に本社を置くマンダムは売上高で8期連続、営業利益で2期連続の過去最高を更新中。大阪の優等生が5月中旬、“プチ脱大阪”を果たした。

 武田薬品工業、日清食品ホールディングスなど関西出身大手が続々と本社機能を東京に移し、「大阪の産業空洞化」が叫ばれる昨今、地元財界としては「マンダム、おまえもかいな」となるわけだ。

 もっとも、マンダムは本社機能も登記も大阪のままだ。男性化粧品ブランド「ギャツビー」「ルシード」などのマーケティング担当約50人を大阪本社から東京・青山のオフィスに移し、新設の海外マーケティング室、既存の女性コスメマーケティング担当などと合わせて、マーケティング部門を全て東京に集約させたのである。

「たった50人か」と侮るなかれ。マンダムの国内従業員は約600人であるから、従業員約1割が“大移動”したことになる。マーケティング部門トップには、創業家4代目社長の西村元延氏の次男で常務執行役員の健氏を充てる力の入れようだ。

100周年目標達成の布石

「う~ん、マンダム」

 テレビCMでハリウッドスター、チャールズ・ブロンソンが言った決めぜりふが一世を風靡し、社名は71年、丹頂からマンダムに。その後も、「タブーラインを下げ、若者らの背中を押す」をキーワードに、セルフヘアカラーリング剤やフェイシャルペーパーなどで需要を掘り起こしてきた。

 不良少年・少女のイメージだった茶髪をおしゃれの一つに、タオルで顔を拭くのはおじさんのイメージだったところを、フェイシャルペーパーは清潔男子のエチケットであると打ち出して既成概念を覆した。「『おしゃれ・身だしなみ文化』を創造してきた」と小芝信一郎専務執行役員は胸を張る。

 だがマンダムの国内売上高(450億円前後)も、国内男性化粧品市場(約1100億円)も近年はほぼ横ばい。限られたパイを花王や資生堂などと食い合っている。マンダムはマザーマーケットの日本市場に注力する一方、インドネシアなどアジアで売り上げを伸ばし、業績を拡大してきた。

 マーケティング機能を集約させたオフィスがある東京・青山は、若者が集まりトレンドの発信地である原宿や渋谷に近い。この地に結集することでアイデアが湧き出ると期待し、「事業スピードを加速し、一大消費市場アジアでの競争力の向上を図る」と西村社長は言う。

 創業100周年の2027年までに海外売上比率を現在の41%から65%へ向上させる目標を掲げる。果たしてプチ脱大阪が実を結び、9年後には「う~ん、マンゾク」と高笑いするか。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 土本匡孝)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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