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「吉」「福」「神」の字がつく名字が多い理由

文● 森岡浩(ダイヤモンド・オンライン

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おめでたい名字というと、どういう名字を思い浮かべる?
友人・知人、親戚、職場、取引先等の中に、おめでたい名字の人はいるか?(写真はイメージです)

日本人の名字は極めて数が多い。公式な統計がないため正確な数はわからないが、少なくとも10万以上あるのは確実。読み方の濁点のありなし(山崎の「やまさき」と「やまざき」)の違いや、微妙な異体字の違い(山崎と山〓[<山>へんに<立>+<可>]など)までカウントすれば、その数はかなり増える。もちろん1家族だけしか名乗っている人がいない名字もあり、中には一見名字とは思えないようなものもある。そうした名字の中から、今回は「おめでたい名字」を紹介したい。

おめでたい名字で多いのが
「吉」「福」「神」

 おめでたい名字というと、どういう名字を思い浮かべるだろうか。

 神(かみ)、宝山(ほうざん)、宝積(ほうしゃく)、福来(ふくらい)、幸福(こうふく)、大金(おおがね)、門松(かどまつ)、繁昌(はんじょう)、出世(しゅっせ)、福袋(ふくぶくろ)、善積(よしづみ)、永久(ながひさ)など、おめでたい名字は多い。中でも多いのが、「吉」「福」「神」を使った名字だ。これには理由がある。

 昔の人は言葉を大切にした。「言霊(=ことだま)」という言葉があるように、言葉には魂が宿っており、不吉な言葉は不吉な未来を呼び込む可能性がある。そのため、未来につながる家の名字にはできるだけいい言葉を使用するのが基本だ。

 かつて川辺に茂っていたアシ(葦)は、「アシ」という言葉が「あし(=悪い)」に通じるため、西日本では「ヨシ(=好し)」と言い換えることが多かった。そこから、アシの茂る原は「ヨシハラ」となり、この「ヨシ」に「吉」という縁起のいい漢字を当てて「吉原」と書いた。「吉原」さんはこれに由来する。

 それ以外にも、自分の田んぼがいい田んぼであるように願った「吉田」をはじめ、「吉川」「吉村」など、願望を込めた名字は多い。一方、「吉」が後ろにつく名字がある。主なものを挙げると「神吉」「又吉」「日吉」などがある。「神吉」は兵庫県、「又吉」は沖縄県の地名に由来するなど、「~吉」は地名由来のものが多い。ただし、「日吉」は滋賀の大津市にある日吉大社(ひよしたいしゃ)に因むものが多い。日吉大社はかつて「ひえたいしゃ」といい、ここから分社を勧請(分霊を他の神社に移すこと)して全国各地に日吉神社がつくられ、そこから「日吉」という名字が生まれた。

「福田」「福山」など「福」のつく名字も多い。この「福」には「福をもたらしてくれるように」という思いが込められている。「福」がつく名字で最も多い「福田」は、自分の田んぼが、これから将来にわたって家に福をもたらすことを祈願している名字といえる。以下、「島(小さな丘陵地)」「井(=用水路や水くみ場)」など、様々な場所に「福」を祈願した。また、低湿地を意味する「ふけ」という言葉に「福家」という漢字をあてるなど、漢字の持つ意味を大事にしていた。

なぜ「神」のつく
名字が多いのか?

「神」が多いのは、日本人の宗教観の表れだろう。一神教のキリスト教と違い、日本には八百万の神がおり、大地にも草木にも神が宿っていた。「神谷」「神山」「神崎」「神原」など、神様はいたるところにいる。こうした神の祝福を受け入れることで、人は幸せを願ったのだ。

 なお、「神田」は神様に捧げる稲を植えている田んぼのことで、こうした田んぼに関わっていた人が名乗ったものである。

 また、「神」のつく名字の特徴は「かみ」「かん」「こう」「じん」などいろいろな読み方があることだ。

 古代、「かみ(神)」という言葉は、名詞や動詞などの上に来て複合語を作る時には「かむ」と変化することが多く、「かん」と発音した。さらに「かん」は「こう」に変化した。生田神社の神領に付属した民戸である神戸(かんべ)は、やがて「こうべ」といわれ、現在の神戸市に発展した。

 また、「神保」のように、「神」の音読みである「じん」を使った名字もある。「神野」は地域によって「かみの」「かんの」「こうの」「じんの」と読み方が分かれるなど、複数の読み方を持つものも多い。

 なお、岡山県に集中している「白神(しらが)」は第22代清寧天皇に由来する。清寧天皇は生まれつき白髪だったため御名「白髪皇子(しらかのみこ)」と呼ばれ、その私有民であった白髪部の子孫だ。漢字が「白髪」から「白神」に変化した後、元々の意味に従って「しらが」と読んだものと、「神」という漢字の読み方に従って「しらかみ」と読んだものに分かれた。

金持さんの「金」は
お金ではない

 名字の中で最強に縁起のいい名字といえるのが「金持(かねもち・かもち)」だ。「金持」の由来は「金」を「持っている」ことだが、実はこの「金」とはお金ではなく「金属」のこと。古代では金属、特に鉄は貴重なもので、鉄の産地は重要な場所だった。出雲地方が神話の時代から栄えていたのも、バックボーンに製鉄技術があったからだ。

 こうした鉄の産地を「金持」といい、ここに住んだのが金持さんのルーツ。一番有名なのが鳥取県日野町の金持(かもち)地区で、ここをルーツとする金持一族は、鎌倉時代末期に隠岐を脱出した後醍醐天皇が、船上山での旗揚げした時に参加したことが『太平記』にも書かれている。町では金持神社を中心に縁起のいい名字のルーツを町おこしの一環としている。

殿様から拝領した名字は
ありがたいものとして大事にした

 おめでたい名字にはもう1つ、拝領に因むものもある。戦国時代、合戦で手柄を挙げると殿様は切り取った土地の一部を褒美として家臣に与えた。戦国時代が終わると新しい土地を与えることは難しくなり、代わってお金や物を与えるようになる。

 しかし、それにも限りがある。そこで名字を与えるということが各地で行われた。名字には元手がかからないため、殿様としては自分の懐は痛まない。一方、もらった側は殿様から直接拝領したため、ありがたいものとして大事にした。

 例えば、長野県の「善財(ぜんざい)」は、籠城中に兵糧が乏しい中でも財を蓄えたことから、殿様から褒められて拝領したもの。淡路島の「鯛」は、殿様に立派な鯛を献上したことで賜ったと伝える。愛知県に多い「鱸(すずき)」は、戦で手柄を立てた際に、出世魚である「スズキ」にあやかって授けられたという。徳川家を輩出した三河地域に多い。秋田県では「壽松木(すずき)」という書き方もある。元々は「鈴木」だったが、縁起をかついで「壽(寿の旧字体;長生きする等の意味)」「松(竹、梅ともにめでたい植物)」という漢字に変えたものだ。

「えびす」という名字も七福神の1つでおめでたい。タレントの蛭子能収(えびす・よしかず)さんが有名だが、一番多いのは「戎」。他にも「恵比寿」「胡」「戎子」などいろいろな書き方があるが、ルーツはすべて同じ。

『古事記』によると、イザナギノミコトとイザナミノミコトの間に最初に生まれた子どもは「ヒルコ」といわれ海に流された。このヒルコが流れ着いたのが兵庫県の西宮とされる。当時、漁村では異郷から訪れて漁をもたらす神が信じられており、「ヒルコ」は蛭子神(ひるこのかみ)として信仰を集め、西宮神社に祀られた。こうした神話は他にもあり、蛭子神を祀った蛭子神社に関わる人が名乗ったのが「蛭子」(えびす)である。

なぜ鹿児島で「福」「吉」「祝」
のつく名字が多いのか

 縁起のいい名字は全国にあるが、「福」や「吉」「祝」などのつく名字は特に鹿児島県に多い。これは、鹿児島ならではの特別な事情がある。

 江戸時代、薩摩藩には門割(かどわり)制度という独特の制度があった。藩は農民を「門(かど)」という単位にまとめ、門に対して耕地を割り当て、年貢や賦役も門ごとに決められた。そして、門単位で共同農業を行っていたのだ。こうした「門」には将来の繁栄を願って縁起のいい門名をつけることが多かったという。

 明治時代になって戸籍を登録する際、農家はこの門名を名字として登録することが多かった。同じ門に属する家は血縁とは関係なく同じ名字となったことから、今でも鹿児島県の農村部では集落単位で特定の名字が固まっており、おめでたい門名に因むおめでたい名字も多い。なお、鹿児島県では「~もと」という名字を「~元」と書くため、「福本」や「吉本」は、「福元」「吉元」と書かれる。

 みなさんの周りにもおめでたい名字の人はいるだろうか。そうした名字には、先祖の「子々孫々まで幸せが続くように」という願いが込められている。

(姓氏研究家、野球史研究家 森岡 浩)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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