このページの本文へ

ワインのだらだら飲みで「歯が溶ける」は本当か

2018年03月15日 06時00分更新

文● 森下真紀(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

近年、ビジネスにおけるコミュニケーションツールとしてワインが人気である。ただし、ワイン好きな人の中には、ろくに食事もせずに、ひたすらワインばかりを飲み続ける人もいる。こんな方は要注意。実は、ワインは酸性の飲食物や胃液などの「酸」によって歯質が薄くなる「酸蝕症」の高リスク因子として上位に挙げられる飲み物なのである。その理由や対策法を歯科医師の立場から解説する。(歯科医師・歯学博士・日本歯科総合研究所代表取締役社長 森下真紀)

「酸蝕症」のリスク因子として
上位に挙がる「ワイン」

 ビジネスにおいて、いつの時代でも重要なのは、人との出会いや繋がりである。

 特に、組織の垣根や国境を越えてビジネスを展開する現代のグローバル社会において、良好な人間関係の構築は、仕事を円滑に進めるのに加えて、新たなビジネスチャンスを生みだす可能性を広げる基盤となることから、決して欠かすことはできない。

 そうした人と人との出会いのきっかけや、繋がりを深めたりするコミュニケーションツールの一つとして最適なのが、“ビジネスの潤滑油”としても賞される「ワイン」である。

 ワインは原料となるブドウの種類も豊富で、たとえ同じ品種であっても国や生産者、また生産された年によっても全く別物に変わる、話題に事欠かない奥深いお酒だ。

 ワインがあるだけでその場は華やかになり、ビジネスの話もより一層盛り上がる、こうしたワインの効用について強調するビジネスマンは、経営者をはじめとして枚挙に暇がない。

 このように世界中のビジネスマン同士の交流の場には欠かせないお酒となったワインであるが、筆者の専門である歯科の領域において、う蝕(虫歯)、歯周病に次ぐ第三の歯科疾患と言われているTooth wear (トゥース・ウェアー)と深い関係がある。

 Tooth wearとは、咬耗、摩耗あるいは酸蝕によって歯の表面の正常な構造、歯質が失われた状態のことを言う。その中でも、酸性の飲食物や胃液などの「酸」によって歯質が薄くなっている状態のことを、「酸蝕症」と呼ぶ。

 以前は酸蝕症というと、塩酸や硫酸、硝酸などを扱う工場において酸のガスやミストが直接歯に触れて表面が溶ける職業病と捉えられていた。

 しかし、最近では一般の人の口の中にも高い頻度で見られるようになってきている。酸蝕症はゆっくり進行し、また溶ける範囲が広く浅いために、重症化するまでは気がつかない場合も多いのだが、驚くべきことに近年の疫学的調査から、成人の4人に1人もの人が酸蝕症であることが分かってきたのだ。そして何より、その酸蝕症のリスク因子として、数ある飲料の中でも上位に挙がってくるのが、「ワイン」なのである。

酸蝕症が起こるメカニズム
ワインがリスク因子として高い理由

 そこで、まず酸蝕症が起こるメカニズムについて、そしてワインがどうして酸蝕症における高いリスク因子となりうるのかについて説明しよう。

 コーラやサイダーなど炭酸飲料を飲むと“歯が溶ける”ということは感覚的に理解されているように思うが、事実、歯を酸性の飲料水に長く浸しておくと、歯は溶けてしまう。同様のことが日常、我々の口の中でも起こっている。

 歯が酸性の飲食物に曝されると、表面のエナメル質から歯の主成分であるリン酸イオンもしくはカルシウムイオンが唾液中に溶け出す。

 しかし、通常、そう簡単には歯が溶けることはない。何故ならば、「唾液」が酸性に傾いた状態をすぐに中性に戻すからである。そのため、歯はもとの形態を損なうことはない。

 ただし、口の中が酸性に傾いた状態から元に戻る前に立て続けに飲食をしたり、あるいは唾液の分泌が少なくなる就寝時前に飲食をしてそのまま寝てしまうようなことがあると、唾液により十分中和されず酸性に傾いた状態が継続するため、結果として歯が徐々に溶けてしまう。

 つまり、酸蝕症は、長時間にわたり口の中が酸性の状態が続くような食習慣の積み重ねによって起こるのである。

 酸蝕症を予防するためにも、まず酸蝕症リスクの高い飲食物を知っておく必要がある。

 各飲食物の酸蝕症のリスク評価には、酸性・アルカリ性の度合いを示すpH(ペーハー)が指標となる。pHは7を中性とし、7より高いとアルカリ性、低いと酸性であり、pHの値が低ければ低いほど酸性が強いことを意味する。

 歯が酸性条件にて溶けることは上述したが、実際に歯が溶け始める臨界点はpHが5.5~5.7にある。つまり、pHが5.5~5.7以下の酸性の飲食物は歯を溶かすリスクを有するということになり、また当然のことながら、酸性度が強ければ強いほど、歯を溶かす力は強くなる。

 冒頭で、酸蝕症のリスク因子として、ワインが数ある飲料の中でも上位に挙がると述べた。では、ワインのpHの値は一体どれほどのものなのか。ワインの種類や辛口甘口かにもよるが、概ねワインのpHは2.5~3.0前後であり、胃液のpHが2.0程度であることを考えると、かなり酸性度が高いことがご理解いただけると思う。

 参考までに、清涼飲料水に関して言及すると、清涼飲料水の代名詞ともいえるコーラは特にpHが低く、pH は2.0である。また、酸っぱさを感じる柑橘類系のジュースや野菜ジュースもpHが低いので、健康に良かれと思えても歯にとっては注意を要する。お酢の入った健康ジュースも同様だ。

 その他、注意すべきものとしては、スポーツ飲料が挙げられる。スポーツ飲料はスポーツ時だけでなく、風邪、発熱時にも重宝され、健康飲料としてのイメージが強いが、pHは3.5前後と想像以上に低い。部活動をするようになる中高校生くらいの児童、あるいはアスリートの方々にとっては酸蝕症のリスク要因となる。

酸蝕症のリスクが高い理由は
実はワインの「飲み方」にある

「酸の強さ」が酸蝕症にとっては重要なリスク因子であることを説明したが、加えて重要なこととして、「飲み方」の問題がある。

 酸性度の強い飲みものの中で、ワインが特に酸蝕症のリスクが高いと考える理由は、実はワインの「飲み方」にある。ワインを好む方々の中には、長時間、しかもワインだけで飲み続ける方も多い。

 これは、最も酸蝕症リスクの高い、悪い飲み方だ。唾液によって口の中が中性に保たれることは上述した通りで、つまりは、食事を摂ることによって多量の唾液が分泌されて、口の中は中和される。

 しかし、ワインのような酸の強いお酒を、食事もせず繰り返し口に運ぶような飲み方をすれば、口の中は長い間酸性状態が続き、非常に歯が溶けやすい環境を作り上げることとなる。ましてや、酔った勢いで歯を磨かないどころか口もゆすがず寝てしまう、なんてことは言語道断、歯にとって最悪の状況である。

 ただ、お酒の好きな方にとって救いとも言えるのが、お酒の中でも蒸留酒は概してpHが高い傾向にあり、酸蝕症リスクは低い。中でも焼酎はpHが8とお酒の中でも極めて高く、ウイスキーやブランデーも同様の理由でpHは高い傾向にある。

 もし読者が時間をかけてゆっくりとお酒のみを味わいたい場合には、そうしたお酒を選択されることで「酸蝕症」のリスクを軽減できる。

酸性飲食物だけを
だらだらと飲んだり食べたりしない

「酸蝕症」のリスク要因について述べてきたが、基本的に、ワインを含めた強い酸の飲食物を摂る場合、以下の2点に配慮すればそれほど神経質になる必要はない。

 最も重要なのは、酸性飲食物だけをだらだらと飲んだり食べたりし続けないこと。そして、酸性飲食物をとった後は、よくうがいをする、この2点である。また、就寝中は唾液分泌が少ないためpHが低くなりやすいことから、就寝前は酸性飲食物を飲食しないようくれぐれも留意していただきたい。

 近年、至るところでイベントが開催されており、いわばブームの真っ只中といっても過言ではない「ワイン」。日本のワイン市場はこの10年で1.5倍にまで成長し、今後も2020年の東京オリンピックを目下に、インバウンドでの安定成長、拡大が見込まれている。

 こうした社会的背景や人々の嗜好品の変化とともに、我々は「酸蝕症」という新たな疾患に直面している。今後ますます高齢化が加速していく中、人々の健康寿命の延長に伴い、歯もそれと同等に機能する時間が長くなることから、飲食を通して色々なものに曝される機会も当然増えることとなる。

 歳を重ねた時、いつまでも丈夫で健康な歯で美味しく食事が摂れるよう、日常の歯のケアに加え、現在の食習慣について今一度見直していただきたい。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

アスキー・ビジネスセレクション

ピックアップ