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なぜか自分の周囲の人が咳やクシャミ…謎の現象「PATM」とは

2018年01月31日 06時00分更新

文● ダイヤモンド・オンライン編集部(ダイヤモンド・オンライン

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なぜか自分の周囲の人が、咳やくしゃみとなどのアレルギーに似た症状を引き起こす。そんな状況に自己嫌悪して辛くなる――。昨年12月、こうした症状「PATM(パトム)」に関する研究発表をした東海大学理学部教授の関根嘉香先生に話を聞いた。(ダイヤモンド・オンライン編集部 松野友美)

自分が周囲の人のアレルギー源に!?
精神的に落ち込み、ひきこもる人も

 花粉の季節でもないのに、なぜか自分のそばにいる人が咳き込んだり、鼻をしきりにこすったり、皮膚の発疹、かゆみ、吐き気などを引き起こす。同じことが何度も重なると、自分の体から強いニオイや刺激物質を発しているのではないかと心配したり、自分のせいで周囲の人が苦しんでいるのではないかと悩み始める。

 やがて“加害者意識”が生まれて精神的に落ち込み、人と交流をしたくなくって仕事を辞めたり、家に引きこもったりしてしまう人も少なくない。しかし、自分では原因が思い当たらない。化学工場に勤務していたり、薬を服用していたりするわけではなく、ごく普通に生活しているだけだからだ。病院を受診しても原因が分からず、嗅覚障害の一つである自臭症を疑われて精神科を紹介されるケースも多いという。

 こうした症状を訴える人々は、自分たちのことをPATM (パトム、People(are)Allergic To Me)と呼び、インターネット上でコミュニティを作ったり、ブログやtwitterで悩みを綴っている。学術研究が進んでいないため、悩んでいる人の数や周囲に与える影響などは定かでないが、少なくとも日本では2002年にインターネット掲示板に悩みの投稿があり、米国の医療情報掲示板でも08年に投稿が始まっている。

関根嘉香教授

 しかし、最近、PATMに悩む人たちに一筋の光明が見えてきた。始まりは昨年の春、東海大学理学部化学科の関根嘉香教授のもとにPATMの研究を持ちかける話が舞い込んできたことだった。

「知り合いの微生物学の研究者がパトムの方を紹介してきたのがきっかけでした。それまでは聞いたこともなかった」(関根教授)

 関根教授は長年、室内環境を研究している。建築材料に含まれる化学物質やカビが原因で空気が汚染され、人体に悪影響を及ぼすシックハウス症候群にも詳しい。そのため微生物の研究者は、PATMが化学物質に関係する疾病ではないかと考え、関根教授に声を掛けてきたという。

皮膚ガスを調査した結果
化学物質が多い傾向

 関根教授は、半年以上の研究考察の後、昨年12月にPATMに関する研究を学会で発表した(2017年室内環境学会学術大会)。

「私たちの発表以前には学術報告はなかった。アレルギー科の医師も『アレルギー学の範疇ではない』と言う。しかし、実際に周囲が反応しているのであれば、これは妄想ではなく、精神的なものとして片づけられない。PATMは、正体不明の症状だと言えた」(関根教授)

 PATMの症状を訴える人たちの事情を把握するために、関根教授らの研究グループがTwitter上のPATM関連のツイートを調査したところ、16年8月1日から17年7月31日までの1年間で1ヵ月に 58~220件、合計1130件のつぶやきが見つかった。その内容は、症状や周囲の反応に関するものが4分の3を占めており、対策や考察は少数だった。

ガラス小瓶の裏ぶたに吸着剤を貼り、腕にテープで固定して皮膚ガスを採取する

 関根教授は、目に見えない現象を突き止めるため、実験にとりかかった。皮膚から放散される“皮膚ガス”も研究している関根教授は、まずはPATMが疑われる被験者に皮膚ガスの検査キットを送り、自宅で様々な部位のガスを集めてもらった。そのうち、30代男性と30代女性の結果を見て、驚いたという。

「代謝物」と「化学物質」の二つの検査項目のうち、いずれも「代謝物」については異常が見つからなかった。酢酸、アセトアルデヒド、エタノール、アセトンなど、食事の代謝によって体中で生成される化学物質は出ていたが、その量はごく普通。男性と同居する友人も同時に測っていたが大差はなかった。

 一方、「化学物質」は様子が違った。

 男性の数値は、同居者のそれよりも大幅に高かった。シックハウス症候群の原因物質になるp-キシレンは120倍、o-,m-キシレンは106倍、エチルベンゼンは34倍、トルエンは230倍だった。しかもこの男性は、周囲の人だけでなく、自身もアレルギーのような症状を訴えているという。

 8年以上前からPATMを疑っていた女性もやはり、「化学物質」が多く出ていた。同世代のPATMではない女性と比べると、p-キシレンは14倍、o-,m-キシレンは24倍、エチルベンゼンは3倍、トルエンは6倍、最も差が出たの2‐エチル‐1‐ヘキサノールは40倍(職場から帰宅後が特に多い)だった。

 女性には居住環境の影響も調べるため、職場から帰宅後と、終日自宅にいた日で測定したが、傾向が見えるほどの大差はなかった。

 2人の他にもPATMを自覚する被験者3人の皮膚ガスも測定したところ、5人のうち4人は「化学物質」の放散量が多い傾向だった。しかし、必ずしも共通する化学物質が放散されていたわけではなく、PATM特有の化学物質の特定には至っていない。

 PATMで悩んでいる人が近くにいたとしても、誰もが反応するわけでもない。事実、関根教授も研究室の学生も、被験者と接していたにもかかわらずアレルギー症状は出なかった。

 関根教授は、測定結果や被験者へのヒアリングをもとに、「化学物質に反応しやすい人(化学物質過敏症)がPATMに悩む人の周りにいる時に影響が生じるのではないか」との仮説を立てている。しかし、化学物質過敏症の疑いがある人は人口の2.1%(NPO法人 化学物質過敏症支援センター)しかいないので、データを集め、研究を続けなければ真相は分からない。

環境がクリーンになった半面
現代病が認識され表出

 なぜPATMは最近になって症状を訴える人が出てきたのか。ITの発達で情報発信が容易になったことで問題が表面化したことは無視できないが、それだけではないだろう。

 シックハウス症候群が社会問題化した1990年代以降、建材や壁材の安全対策が進んだ。それにより、屋内環境の空気はきれいになってきた。その半面、人由来の化学物質に注目が集まったり、“清潔感”への過剰な反応が生じたりしてきた。

 そうした背景があり、「体臭への過剰な心配や反応が起きたように、今回のPATMも認識されるようになったのではないか」と関根教授は分析する。

 今後も被害を訴える人が増えるかもしれないPATMだが、その定義や原因の特定にはまだまだ時間がかかる。

「シックハウス症候群の時は15年以上かかった。皮膚ガスがアレルギー様症状を誘発するかどうかを精査する必要があり、皮膚表面に棲む常在菌の関係も調べたい。その後、仮説が正しければ、なぜ体内から化学物質が出てくるのかといった医学的な研究が要る。そのためにはまず、PATMに興味を持ってくれる研究者を集めるのが初めの一歩になる」(関根教授)

 学会では懐疑的な見方もあり、多角的な検討を進めていく予定だという。“未知の病気”を解き明かすかもしれない研究に今後も注目したい。

*AIREX(アイレックス)株式会社( http://airex-jpn.com/contact.html )にて有償で皮膚ガス分析(体臭検査)を行っている。ただし、PATMに悩む人の個別の相談には乗っていない。

関根嘉香(せきね・よしか)
1991年慶應義塾大学大学院理工学研究科を修了後、日立化成工業株式会社に入社。2000年より東海大学理学部化学科専任講師、准教授を経て、2011年より教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師。現在、一般社団法人室内環境学会理事長。専門は環境化学、無機化学、微量分析。もともと大気汚染やシックハウス症候群を引き起こす物質であるホルムアルデヒドを研究していた。シックハウス対策が進み、室内の空気がきれいになっても汚染物質が残っていることに気付き、発生源が人体であることを突き止め、皮膚ガスの研究を開始した。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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