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朝鮮半島有事や高齢化で米国の「双子の赤字」は蘇るか

2018年01月10日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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 2年目を迎えたトランプ政権だが、米国内では財政赤字拡大の懸念が高まっている。昨年末に決まった法人税減税などの税制改革に加え、朝鮮半島有事に備えた国防費や高齢化などによる社会保障支出の増加が構造問題となってきているからだ。財政と経常収支の赤字が同時に進んだ80年代の「双子の赤字」がよみがえることになるのか、その可能性を考えてみた。

80年代の「双子の赤字」で
世界経済は調整を迫られた

 政策当局や金融市場のベテランには、米国の「双子の赤字」は、若干の懐かしさと多くの辛さとともに鮮明に記憶されているだろう。

 1980年代前半にかけて、米国では財政赤字が拡大、政府部門の過剰な投資によるクラウディングアウトによって生じた国内金利の高止まりが、ドル高を通じて産業の競争力を阻害することで経常収支の深刻な悪化を招いた。

 いったんこうした状況に陥ると、財政赤字のファイナンスを海外投資家の資金によって支えるためにドル高と高金利の維持が不可欠になり、やがてそれが限界になると、大規模な調整を迫られるし、実際にそうなった。

 米国の「双子の赤字」問題は、85年の「プラザ合意」をはじめとする一連の為替レートの人為的調整と、貿易黒字国だった日本やドイツに対する「内需拡大」要求という国際政治の手段による解決が図られた。

財政赤字拡大の懸念
高齢化で社会保障費膨張

 それが再現される可能性はあるのだろうか。

 まず現状を見ると、経常収支の対GDPで見た赤字幅は足元では2%強であり、1980年代の3%や、長期的に見て最も大きかった2000年代中盤の6%に比べて改善している。貿易収支の対GDP比の赤字幅も足元は3%程度と、80年代の6%近い水準や金融危機時の10%という水準に比べると、相当に良好だ(図1参照)。

◆図1:経常収支と財政収支(対GDP%)

 ただし財政赤字については、再び中長期的な懸念が高まっている。

 その理由としては、まず、昨年末に成立した税制改革の影響が想起される。議会(合同税制委員会)は、両院の合意内容に沿って10年間で1.5兆ドルの歳入が減少すると推計している。

 これでも決して小さな金額ではないが、民間エコノミストの間では2兆ドルを超える歳入減少を予想する向きも見られる。

 もちろん、減税によって設備投資や個人消費が増加する結果、税収の増加に繋がるとか、GDP比で見た財政赤字が抑制されるといった効果(動的効果)に期待することもできる。

 だが民間エコノミストは、減税によるGDPの押し上げ効果を今年から来年にかけて0.3~0.5%ポイント程度と予想、その後は減衰すると見ている。動的効果を楽観視することは難しそうだ。

 さらに米国でも人口の高齢化や医療費の高騰の結果、社会保障費の負担が顕著に高まることが確実視されている。

 米国の財政収支にとっては、税制改革以上にこれらの構造問題による影響がはるかに重要かつ長期的な意味合いを持っている。

 議会予算局が昨年の長期財政見通し――税制改革の効果は含まない――で明示したように、高齢化を主因に財政赤字の増加ペースは徐々に加速することがそもそも懸念されていた。

 議会予算局は――税制改革がなくても――10年後(2027年)の連邦政府の債務残高が対GDPで90%を超えるとの推計を示していた(図2)。

◆図2:連邦政府の債務残高見通し(10億ドル・対GDP%)

経常収支の見通しは不透明
原油輸入依存度は低下

 一方で経常収支はどうなるだろうか。

 財政赤字に比べれば、経常赤字については、それほど拡大しないのではという、少し楽観的な展望を示すこともできる。

 まず、1980年代との決定的な違いとして、米国はもはや世界を代表する産油国となり、原油の輸入依存度が顕著に低下していることが挙げられる。

 米国は他の先進国以上にGDPの拡大に対するエネルギー消費の弾性値が高いエネルギー多消費経済であるだけに、景気が拡大すると原油を中心とする輸入が大きく拡大し、経常赤字の拡大を招く面が大きかった。

 だがこうしたメカニズムは徐々に消滅しつつある(図3)。

◆図3:財・サービス収支(10億ドル)

 米国の経常収支の今後を、一国の経済の投資と貯蓄の差額が最終的には経常収支で調整されるとする「投資・貯蓄バランス(ISバランス)」論の観点から予想した場合も、上記のように政府部門の投資超過は中長期的にも拡大するリスクがあるが、民間企業部門の中長期的なISバランスの方向性は明確でない。

 税制改革によって短期的には設備投資が刺激されるが、民間エコノミストが税制改革の効果が短期的と見ていることは、設備投資増加が持続するかどうかについて慎重な見方であることを示唆する。

 民間企業部門の投資超過幅は中長期的に見て大きくない中で、税制改革によって潤沢になったキャッシュフローが、少なくとも大企業の間では自社株買いやM&Aに充てられるとの見方も、民間の投資超過がそう拡大しないだろうと予想される背景だ。

 家計のISバランスの中長期的な方向性も不透明だ。

 米国の家計貯蓄率は、近年に雇用や所得の回復に伴って、一時の低水準から高まっている。この面で言えば、貯蓄増が、経常収支の赤字を減らす方向に働く(図4)。

◆図4:可処分所得の伸び率と貯蓄率(前年比%・%)

 一方で、「ライフサイクル仮説」に照らせば、退職後の人々は多くが貯蓄を取り崩して生活をするだけに、高齢化が進行する下では、マクロの貯蓄率も低下し、経常収支の赤字を増やす方向に働く。

 しかし、日本で起きているように、高齢者が長生きのリスクなどの将来不安から支出を抑制したり、一方で、働く高齢者が増えたりすれば、貯蓄率はそれほど下がらないということになり、米国でも、ISバランスの悪化による経常収支の赤字拡大といった単純な構図が出現しないことも考えられる。

トランプ政権のリスク
「朝鮮半島有事」で国防費増加

 こうした状況のもとで、今後のトランプ政権の打ち出す政策が「双子の赤字」にどういう影響を与えるのだろうか。

 例えば、朝鮮半島や中東における地政学的リスクの高まりを反映して防衛関係費の増加が財政収支を悪化させるとの予想はできる。

 だが国防費増加が財政全体にどう影響するのか、その方向は必ずしも明確ではない。

 移民政策はどうだろうか。

 移民規制が強化され、移民の流入が中長期的に減少すれば、社会保障費の支払いを通じて財政収支に影響を与える。

 短期的には、移民に職を奪われた労働者に対する雇用保険給付などのセーフティネットに関する財政負担が減る可能性がある一方で、中長期的には、移民による若い労働力が減るなどの人口動態の変化を通じて、高齢化を加速し、社会保障費を増加させる可能性がある。

 こうしたことを考えると、最終的な影響はアプリオリにははっきりしない。

 経常収支についても、トランプ政権の「米国第一」政策の影響がどう出るかは予想が難しい。

 通商政策における保護主義や国内での生産活動の促進も、直接的には貿易収支の改善を通じて経常収支を好転させることが期待される。

 しかし、米国企業にとって重要な海外市場へのアクセスを確保する観点で考えると、保護主義を徹底することは現実的でないし、グローバルなサプライチェーンが定着した下では、米国企業が国内生産を増やせば、それに必要な財やサービスの海外からの輸入も増える。

 したがって全体としての貿易収支への影響はそう単純ではない。

焦点は財政収支
米国債への信認維持が重要

 こうして現時点で見通せる要素を前提にすれば、米国が1980年代のような「双子の赤字」の悪循環に陥るリスクは必ずしも大きくなく、問題の焦点は財政収支の展望にあると考えられる。

 その財政収支に関しても、上に示した米議会予算局の対GDP比政府債務残高の推計は、日本の現状に照らせば、そこまで深刻でない印象を与えるだろう。

 海外投資家が米国の国債に対する積極的な投資姿勢を維持している現状を踏まえれば、米国が増加する財政赤字をファイナンスすることは大して難しくないように見えるかもしれない。

 だがしかし中期的には、「出口戦略」から国債購入を減らしバランスシートの削減を進める米連邦準備制度理事会(FRB)に代わる米国国債の「買い手」が必要となる。

 それだけでなく、米国と主要国との間で景気や金融政策の相対的な局面が変化し、いまは他国に比べて金利が高く投資資金が集まりやすい米国国債の金利面での優位性が薄れていく可能性がある。

 さらに長期的には、ユーロや人民元の国際通貨としての地位が徐々に上昇し、国際準備資産としての米国国債(ドル資産)の役割に変化が生じることも考えられる。

 そしていかなる理由であれ、財政赤字が拡大し、そのファイナンスに困難が生じた結果として、米国の国債利回りが実体経済と乖離した形で上昇すれば、経常収支の悪化を伴わなくても、金利急騰が設備投資や住宅建設、消費を抑えるなど、実体経済に様々なネガティブな影響を与えることは容易に想像し得る。

 トランプ政権にとっては、財政赤字の拡大を抑えるとともに海外投資家による米国の国債への信認を維持することが引続き重要である。

 その意味では、財政規律重視の保守派が連邦議会で一定の影響力を持っていることは心強いが、高齢化に伴う社会保障費増加のような構造問題に対しても、景気の良いうちに将来を先取りした議論が進むことが期待される。

(野村総合研究所金融IT研究部長 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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