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中国でスマホを紛失したら、どれだけ恐ろしい事態になるか

2017年12月28日 06時00分更新

文● 谷崎 光(ダイヤモンド・オンライン

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現在の中国は、高級店はもとより、タクシーや小さな屋台、路上の音楽家への“投げ銭”まで、あらゆる支払いがスマホ決済できる。「財布はほとんど持ち歩かない」というキャッシュレス化が進んでいる。その半面、スマホを紛失したり、壊したりすると、とんでもなく不便で恐ろしい事態となる。折しも、中国在住17年目になる筆者がスマホを水没させ、パニックに陥った顛末を紹介しよう。(作家 谷崎 光)

空港トイレにスマホ水没
焦りまくる筆者

中国でのスマホによる投資の地下鉄広告

 2017年11月――。中国・北京首都空港、日本行きの国際線出発ゲートで、私の心は期待にあふれていた。今、日本では中国のスマホ決済についての報道が増えているらしい。ここは北京在住17年の私もまた書くべきであろう。

 しかし、実際に利用者のスマホを見ないと、その便利さの本当の意味はわからない。

 つまり、スマホから100円でもそのまま高利率のファンドに簡単に預けられるとか(外国人は不可)、あらゆるレンタル、予約、配達サービスにつながるとか…つい先ほども空港内で、日本で使うWi-Fi設備を借りたばかりだ。

 これも予約しておいた業者のタブレットを、自分のスマホでピッとすればすべて終了である。デポジットの500元(約1万円)も、私のスマホの微信支付(ウイチャット・ペイ)から自動的に支払われる。

 この過程に紙はもう一枚もない。受け取りの記録もスマホの中である。

 私が中国のスマホを操作しつつ、日本の編集者さんに説明をすれば「さすがです。ぜひご執筆を!」となるだろう。冷静な判断とワールドワイドな見聞に支えられた高い見識、

 (私ってば、もしかして国際ジャーナリストってやつ?)

 にやけつつ、トイレに入った。

 服は、厳寒の北京とまだ秋の東京に合わせて薄いダウンとコートの二枚重ねである。なんか、プロって感じ?と、コートをフックに掛けたその瞬間、

 ボッチャーン!

 ポケットからスマホが、便器の中にすべり落ちた。しかもその衝撃で、フタが外れ中身がどっぷり水に使っている。

 慌てて水中から取り出した。が、スマホはどう見ても死んでいる。ていうか、これを日本の編集部で出すと、国際ジャーナリストどころか、“コ臭いジャーナリスト”ではないか。

 それにさっきスマホでピッ、で払ったデポジットはどうなるんだ。

 中国、進んでますのよ、の先進気取りが、突然「え、保証金を取るなら、ハンコのついた紙をちゃんとよこさんかい!」、という昭和の大阪のおっちゃんになる。

 しかもつい先ほど、仲良しの中国人の友達から、「親が危篤なの、連絡して」という微信のメッセージを受け取ったばかり。

知らない電話番号にはもう出ない中国人
スマホは完全に死んでますます焦る

 幸い、出発ロビーには、タッチパネル式の電話機があった。北京市の交通カードで電話できるようで飛びついたが、

 (電話番号がわからない……)

 パスポートの写真だけは万一を考えて日本のクラウドにアップしてあるが、すべての情報はスマホの中。

 しかし、人間の脳みそは素晴らしい。切羽詰まるとなんと思い出した。そして誰ももう使わない壊れかけた電話機の、複雑な操作と闘いながら、トライ10回目ぐらいにつながった。

 ……しかし、出ない。

 実は今、中国では知らない番号からの電話には、出ない人が増えているのである。

 なぜかというと、とにかくセールス電話が凄いからである。ネットでの買い物、送り状に電話番号が記載されたまま捨てた段ボール、会員登録、ホテルの宿泊……、あらゆるところで個人情報が売り飛ばされ、結果、日に何度も「別荘を買わないか」「ローンは必要ですか?」「部屋を貸しますか、借りますか、売りますか……」という電話がかかってくる。

 それに一度でも出ると、その電話番号は「生きている」と見なされ、さらに転売されてしまう。

 今たいていのことは微信(ウイチャット 中国のLINE的なSNS)で済むし、両者が登録済みであれば電話と同じ音声通話もできる。音声メッセージだって送れる。

「中国はまだ字が読めない人がかなりいますから、こういうサービスもついているんですね」と、したり顔のコメンテーターになる気はまったくないが(音声メッセージは、字の入力を面倒がる人が多いのとスピード、歩きながらでも吹き込める、それと検閲避けで需要が多い)、イノベーションで通信習慣も変化しているのである。

 人にもよるが、こういう空港の公衆電話からの怪しい番号にはまず出ない。

 手元の水没スマホを見た。

 「日本に到着して、よく乾かしてから電源を入れれば大丈夫、ほら、パソコンのマザーボードだって水洗いできるじゃない、よく乾かすのよ、それがポイント……」、とさっきまで本当にそう思っていたのに、なぜか、電源を入れてしまった。

 スマホはブルッと振動したかと思うと、一瞬、画面が明るくなり、「やった!」と思ったとたんに明らかにショート。本格的に壊れた。

 その後、飛行機の座席でバッグが熱くなっているのに気がつき、慌ててスマホの電池を抜いた。

 つい7~8年前までの中国では、スマホの偽物電池がよく爆発した。スマホを胸ポケットに入れていた民工(出稼ぎ労働者)の死体の写真が、しょっちゅうネットにアップされていたのを覚えている。

 これならば被害者は自分一人で済むが、飛行機の中だと本当にとんでもないことになりかねない。

ウェブからの微信もダメ
ショートメールもブロック

 さて、なんとか無事、日本に到着した。

 ホテルに着き、何はともあれ、まず微信の回復である。今、中国人は、いや在中の日本人も、ありとあらゆる連絡や書類や写真の送付、国際電話を含む無料電話までこれでやっている。

 微信でもらった写真などは一定の時間がたつと、その通信ラインからは消されてしまう。

 私のそのスマホは華為(フォアーウェイ)で、スマホ内に保存と同時にクラウドアップする華為のサービスもある。だが、情報流出が怖くて使っていない。スマホが壊れたままならたくさんの写真が失われてしまう。しかし、スマホがダメでもパソコンでサイトから暗証番号を入れたら、自分の微信につながるはずである。

 甘かった。

 今は、パソコン画面に表示されたQRコードを、自分のスマホで読み込まないとつながらないようになっていた。支払いと連携するようになったせいかもしれない。

 そうだ、海外から中国のスマホに短信(ショートメール)を送るサービスがあったはず、と検索をすると、すでに多くが閉鎖されていた。英語版はあり、2、3試したが、これも中国には送信できない。

 ネット検索してみると、利用者減もあるが、中国政府がブロックをかけているとの情報があった。以前はよくこの短信を使い、国内外から反中国政府メッセージが一斉に送られていた。つまり微信のように、政府に完全に管理されているもの以外、だんだん使えなくなっている。

 すでに深夜であるが、ここであきらめるようでは、中国では生きていけない。えーっと、スカイプでも国際ショートメールが送れたはず、と、開いてみると、利用があまりに久々であったために、支払い済みのお金も有効期限切れになっていた。再認証の暗証番号も忘れている。

 再入金し、なんとかメッセージを送る。

 友人の彼女は中国人に多いスマホ依存型の人で、パソコンの電子メールはあまり見ない。中国人はメールを使う前にQQというSNSからスタートした人も多いのである。

中国人が日本で白タクを使うわけ
スマホアプリでとにかく便利

 翌朝、友達に電話をし、さすがに相手も国際電話の番号には出て、連絡が取れた。お母さんは元気になったようで安心した。つまり万一の場合であれば葬儀に出てほしかったそうである。

 W-iFiで中国のスマホをタブレット代わりにしていたので、その他、もろもろ大変だったが、いろんなことの起こる不安定社会・中国にいると、スマホが壊れたぐらいではまったく落ち込まなくなる。

中国のタクシー配車アプリの画面

 困ったのは、東京でタクシーを拾おうと思った時である。

 荷物があるのに、なかなか空車が来ないので、(なんで日本はスマホの滴滴〈中国のタクシー配信アプリサービス)がないの!)とイライラした。

 中国人の日本での白タク不法行為を決してかばうわけではないが、中国だとスマホのアプリを開くと、自分を中心とした地図の上に近くの空車がピコピコ動きながら、全部表示される。

 そしてスマホに行き先を入力すると、タップ一つで、周囲の空車に送られ、早い者勝ちでつかんだ運転手さんから速攻で連絡がくる。タクシー側も(こんな近距離の仕事はいやだな)、(帰り道だから行ってもいい)など、仕事が選べる。金額の上乗せ交渉も簡単である。

 あれに慣れていると、「日本は不便だな」という気になる。ましてや中国人なら言葉も通じないので、なおさら不便に感じるだろう。それに中国では知人の白タクの方が安全で信頼できる時代が長かった。私も以前は、男性と女性のドライバーを確保していた。付き合いが長いとムリも聞いてもらえた。中国では昔はそれがスタンダードだったのである。

タクシーの中で
偽札をつかまされる

 さて、いろんなことは無事に終わった。

 関西に移動し、中国に戻る前に、空港のカウンターに並びながら、パソコンで中国の京東商城(ITに強い大手ネットショップ)につないで、新しいスマホを注文した。

 夜に北京に到着し、24時間営業のカウンターに行って、Wi-Fi設備を返却する。担当女性に、「今、スマホないんですけど、電話番号、言いますね」といったら、「言わなくていいです」と、設備をピッとしてそれで終わった。デポジットはすぐには戻ってこない。

 この、お金を預けたまま紙が一切ないという状態は、正直、日本人の私にはまだ抵抗がある。が、中国人は全然平気で、みな足早にカウンターを去っていく。私のデポジットも、3日後にちゃんと微信の口座に返金されていた。

 そしてタクシーに乗り込んだ。

 実は中国だと、ここでもスマホが重要なのである。

 今年、中国国内線の飛行機が遅れに遅れて、夜中の3時に北京首都空港に着いたことがあった。そして空港の正規の場所から乗り込んだタクシーで、実に16年ぶりに偽札をつかまされた。

 渡した100元札を古いのに取り換えてくれと言われ、相手から交換に渡されたのがすなわち偽札で、途中でお札を触って気がついたが、車は私の指示と違う、わざとマンションの守衛さんから見えないところに停められていた。

 乗車中も不審な行動や連絡が多く、ケンカしてこのまま車を発車されて殺されたりするより、損したほうがいいと、諦めた。現金支払いだったのは、スマホの電池がもうなかったからである。

 日中ならば北京首都空港からの乗車でも、正規のタクシー乗り場からならまず大丈夫である。しかし深夜だと油断できない。タクシー乗り場よりタクシーアプリで呼んだ車の方が、運転手の過去の乗車記録も確認できて、安全かもしれない。まあ、深夜のタクシーは乗らないのが一番である。監視カメラに顔が映らないので、悪いヤツが多い。

 そして翌朝には、さっそくスマホが配達されてきた。

 しかし、ここでも問題があった。

 なんと支払う人民元がないのである。

 今、日常の銀行カードはスマホ支払いにリンクさせているため、安全を考えて少額しか入れていない。スマホの微信支付はQRコードでの1000元(約1万7000円)以下の支払は、暗証番号を入れなくてもピッとするだけで、基本的にそのままお金が移動してしまう。

 また相手が金額を入力する場合だと、詐欺も間違いもある。先日も、平均客単価500円ほどの麻辣〓(〓の字は湯の下に火、辛いおでん)の店で、約10万円をピッとされ、そのまま気づかず去った女性がネットで話題になっていた。

 中国の銀行のパソコンサイトから、支払用のカードにお金を移動しようと思ったが、やはりスマホのショートメッセージの認証が必要になっていた。自動的にナンバーの変わる暗証キーも手元にあるのに、である。

 クレジットカードはナンバー流出が怖く、私は中国では基本的に使わない。今は家に現金も置いていない。昔の中国では現金がないと救急車にも乗れないし、政変に備え、脱出のエアチケットを買えて動けるお金を常に手元に準備していたが、今はスマホのほうが重要。

 しかし、これ、いつどこでだれが何に消費したか、全部わかるし、政府に電話番号と口座を押さえられたら万事窮すである。

 パスポートを持って、銀行に行こうと思い、代金引き換えで配達に来た男性に、

「今、手持ちのお金がない。夜の配達の時に受け取るわ」

 と言った。

 彼らは1日に2回配達している。すると何も説明していないのに、「いいよ。先使えよ」。

 顔見知りとはいえ、こういうところが中国人である。

“魔法の杖”が戻って一安心
中国でスマホをなくすのは恐ろしい

谷崎光さんの『本当は中国で勝っている日本企業 なぜこの会社は成功できたのか? 』(集英社刊)が好評発売中。240ページ、1512円(税込み)

 新しいスマホにSIMカードを挿したとたん、微信は復旧し、友人知人に返信を送り、銀行アプリでお金を動かしたり、ついでにお昼ご飯の配達も頼んで、まるで“魔法の杖”が手に戻ったようである。

 午後には近所の店で、水没したスマホも修理してもらった。おっちゃんは私がカウンターを離れたすきに、スマホの中の写真を勝手に見て、「日本人、日本人」とうれしそうだった。

 北京の日本大使館のパーティで撮った、着物を着た日本女性たちの写真があったからである。

 今回、スマホそのものをなくしたわけではないから焦らなかったが、現在、中国でスマホを紛失し、そこから支付宝や微信支付、銀行アプリの暗証番号を解析され、または簡単にできる送金で大金を移動されたケースは少なくない。

 今は中国在住の日本人も多い。スマホをなくしたら、銀行より何より、まず電話会社に携帯番号の紛失届をすること。私が何もできなくなったように、これで基本的にパソコンや他の端末からも、お金やSNSの操作が不可能になる。それから、銀行アプリや支付宝、微信支付を停止していく。

 いくらスマホに複雑なロックをかけていても、SIMカードを外して、他のスマホに入れて、それで短信の暗証を取る操作をすれば、お金関係のハックは簡単である。

 今、中国でスマホを失くすことは、財布をなくすより、よほど恐ろしいのである。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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