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2%物価目標実現には「数量調整型」の経済にする覚悟がいる

2017年12月27日 06時00分更新

文● 森田京平(ダイヤモンド・オンライン

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 超金融緩和策の伝達者である銀行の収益力が下がる中、「2%物価目標」の意味合いを改めて問う必要がある。欧米と異なって、日本は経済が「数量」でなく「価格」を通じて調整されやすい。政策目標を「2%」で欧米と統一するのであれば、経済の調整経路も数量で共通化する必要がある。その覚悟はあるか?

改めて問われる
欧米と同じ「2%物価目標」

 11月のチューリッヒでの講演で、黒田日銀総裁が、金利がある限度まで下がると、金融緩和が逆に経済活動を抑える「リバーサルレート」(注)の問題に言及して以降、金融政策の今後をめぐって、さまざま思惑が生じている。

 債券市場でも、この発言が伝えられると、「近い将来にも日銀は10年国債金利の引き上げを検討するのではないか」との見方が一部で生じた。

(注)金利を下げすぎると預貸金利鞘の縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(reverse)する可能性がある、という考え方を指す。

 これに対して、12月の政策決定会合後の会見で、黒田総裁は引き続き「消費者物価指数(CPI)前年比2%」を厳格な目標とする姿勢を示し、「リバーサルレートを背景とする10年国債金利の引き上げ」の可能性を明確に否定した。それが今度は、異次元緩和策が長期化することへの警戒を、債券市場あるいは銀行など金融機関の間で強めている。

 超金融緩和策の伝達者としての役割を担う銀行は、皮肉にも同策によって収益力を弱めている。こうした中、「2%」という形で米国やユーロ圏と同水準の物価目標を日本が持つことの意味合いを改めて検討してみよう。

日銀短観の重要なメッセージ
非金融法人と金融の大幅乖離

 このほど発表された日銀短観(12月調査)には、重要なメッセージがあった。

 短観は景気回復が続いていることを示唆したとの解釈が多い。筆者もそのように見ている。

 しかし、より注目すべきは、業況判断DI(企業マインド)に見る非金融法人と金融の大幅の乖離だ。

 日銀が2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」(同年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に移行)を導入して以降、非金融法人の業況判断DIは高止まっているが、対照的に銀行や信用金庫など預貯金取扱い金融機関の同DIは、リーマンショック以降の最低水準にある(図表1参照)。

 金融機関の同DIは2004年以降しか集計されていないが、その期間でこれほど非金融法人と金融が乖離したことはない。

利子の「払い手」から
「受け手」に転じた非金融法人

 なぜ、これほどまでに銀行など金融機関の景況感が悪化しているのだろうか。

 一つの要因として、非金融法人が利子の「払い手」から「受け手」に変わったことが挙げられる(図表2参照)。

 かつてのように、非金融法人が利子の払い手であれば、その裏側に銀行などによる利子の受け取りが存在した。しかし、企業が利子の受け手に転じた中では、銀行などの収益環境の厳しさは、誰もが容易に想像できよう。

「長短金利操作」の効果への疑問も
利下げが企業活動を抑える可能性

 同時に、このことは、金利を極力低く抑える現行の「長短金利操作」(YCC:yield curve control)の意義にも疑問符を投げかける。

 すなわち企業が利子の受け手となると、金利の極端な引き下げは、負の所得効果(利子の受取所得の減少)を通じて、企業活動をかえって抑える可能性さえ浮上する。

 つまり「長短金利操作」については、(1)利ざや縮小による収益環境の悪化から、銀行のリスク許容力が下がり、金融政策の波及経路が狭まっているうえ、(2)企業が利子の受け手となったことで、金利引き下げの負の所得効果を無視できなくなってきている。

 この2つの意味合いにおいて、現行金融政策の効果が再検証されるべき時期に来ている。

「リバーサルレート」は
無視できない

 この議論の延長線上にあるのが、冒頭で紹介した「リバーサルレート」の問題だ。

 黒田総裁自らが指摘したように、今日の日本は、銀行などの自己資本不足が制約となることで金融仲介機能が低下するような状態にはない。そのため確かに、厳密な意味での「リバーサルレート」は今日の日本には当てはまらない。

 ただし、自己資本が現実の制約とならなくとも、収益環境が悪化することで、結果的に金融仲介がスムーズに行われなければ、金融政策の波及経路が狭まることには変わりない。

 そして日本は相当程度、その状態に近いと言える。

 このような状態だからこそ、日本が「CPI前年比2%」という、米国やユーロ圏と同水準の物価目標(厳密には米国の場合、CPIではなくPCEデフレータ)を持つことの意味合いが再検討される必要がある。

経済の調整経路は2つ
「数量調整」と「価格調整」

 日本も他の先進国と同様の「2%」のインフレ率を目指すべきとする考えの背景には、これまで2つの理由があった。

 第1に、他の主要中央銀行が「2%」を目標とする中で、日本のみが目標インフレ率を下げると、それを埋め合わせる形で円高が進んでしまう(購買力平価説)という見方だ。そのような円高を避けるためにも日本だけが「2%」から離脱すべきではないとされる。

 同じロジックは他の中央銀行にも当てはまるため、結果的に主要中央銀行のどこもが「2%」から離脱する誘因を持たない。つまり「2%」が「ナッシュ均衡」(注)になるという考え方である。

 第2に、CPIの「上方バイアス」、および、いざというときの政策発動余地としての「のりしろ」のために、CPIの目標を「2%」程度とする考え方だ。 通常、上方バイアス分として1%、のりしろとして1%、両者を足して2%という計算がされる傾向にある。

 確かにこれら2つの考え方は分かりやすい。ただし「分かりやすい見解=妥当な見解」と言えるわけではない。

(注)自分一人だけが戦略を変えても得をしないということが、全ての人について成り立っている状態を指す。

 ここで重要なことは、需要の変化などに対する経済の調整経路には、「数量調整」と「価格調整」の2つがある、ということである。

 以下では、フィリップス曲線(需給ギャップとCPIの関係)を3つに分解することで、日本、米国、ユーロ圏がそれぞれ「数量調整型」の経済か、「価格調整型」の経済かを確認する。

 結論を先取りすると、日本は価格調整型で、米国とユーロ圏は数量調整型の経済である。

 経済の調整経路つまり均衡に向かうメカニズムに大きな違いがある中で、その違いを考慮することなく、物価目標だけを「2%」という形で共通化することは妥当な政策といえるのか。

欧米とは異なる雇用の調整
日本は賃金による価格調整型

 フィリップス曲線は需給ギャップ(生産能力と実際の需要の乖離幅)とCPIの関係を描くものである。

 日本、米国、ユーロ圏の同曲線を比較すると、日本は傾きが相対的にフラットであると同時に、切片(y軸切片)が低い(図表3参照)のが特徴だ。

 それはなぜか。

 この「需給ギャップ ⇒ CPI」というフィリップス曲線は3つの関係に分解できる(図表4参照)。

 すなわち(1)オークンの法則(需給ギャップ ⇒ 失業率の関係)、(2)賃金版フィリップス曲線(失業率 ⇒ 時間当たり名目賃金の関係)、(3)実質賃金あるいは家計の交易条件(時間当たり名目賃金 ⇒ CPIの関係)の3段階である。

 これら3つの関係に分解して、日本のフィリップス曲線を米国およびユーロ圏と比べてみた。

 その結果、日本のフィリップス曲線の特性(傾きがフラット、切片が低い)は、主に第1段階(オークンの法則:需給ギャップ ⇒ 失業率)と第2段階(賃金版フィリップス曲線:失業率 ⇒ 時間当たり名目賃金)で生じていることが示される(図表5参照)。

 まず第1段階のオークンの法則については、日本は景気変動(需給ギャップの変動)に対して、失業率の変化が小さい。つまり景気変動に対して雇用の「数量」による調整経路が細い。

 また第2段階の賃金版フィリップス曲線については、「数量」による調整経路が細い分、日本では賃金つまり「価格」による調整が主であることが見て取れる。

 つまり景気変動に対して、日本は雇用の削減(数量調整)でなく、緩やかな賃金の引き下げ(価格調整)で対応する傾向が強い。その結果、物価も上がりにくい。

 これに対して、米国やユーロ圏では、雇用を数量で調整する一方、賃金の削減幅は小さくなりやすく、物価は一定範囲で安定しやすいというわけだ。

物価目標だけを
共通化しても限界がある

 このように日本と米国・ユーロ圏で経済の調整経路が異なるときに、物価目標を「2%」で共通化しても、政策効果はおのずとと違ってくる。

 逆に言えば、日本が「2%インフレ率」を目標として掲げ続けるとすれば、経済構造を「数量調整型」に変える必要が生じる。

 つまり、景気が悪化したときには、これまでのように雇用を極力、守りながら皆で仲良く緩やかな賃下げを受け入れる経済(価格調整型)から、賃下げを極力、回避した上で、主たる調整はレイオフ(一時帰休)や解雇を含む雇用量の調整を通じて行う経済(数量調整型)への移行が求められる。

 このように物価目標を「2%」で共通化するということは、数量調整型の経済に移行する覚悟を問うことに他ならない。

 この点を踏まえれば、物価目標を持続可能な形で実現するうえで、労働市場の流動性を高める改革が求められることが理解されよう。

 はたして日本国民に数量調整型経済を受け入れる覚悟があるだろうか。

 筆者には甚だ疑問である。

(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト 森田京平)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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