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小国から世界に挑むデジタル国家エストニア、生き残りを賭けた戦略 第5回

エストニア独自のエコシステムから生まれたユニーク&革新的スタートアップたち

2017年12月14日 09時00分更新

文● 細谷元、岡徳之(Livit )

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Starship Technogiesプレスキットより

「世界最先端のデジタル国家」と呼ばれるエストニア。本連載第3回、第4回ではデータ連携、セキュリティ、そして電子ID・署名など電子行政システムの根幹を支えるテクノロジー企業を紹介した。

 続く今回は、エストニア独自のエコシステムから生まれたユニークかつ革新的なスタートアップたちを紹介したい。

エストニアの流動的スタートアップ環境を加速させる「Jobbatical」

 エストニアの人口は130万人ほどしかいない。そのような状況下で「スカイプ」など世界に名だたるテクノロジースタートアップが誕生する要因の1つに「流動性」があると見てよいだろう。国内人材に加え、海外から高度な知識・スキルを持った人材が集まり、そこから先端テクノロジーと革新的なアイデアが融合したビジネスが生まれているのだ。スカイプもエストニア発とされるが、創業メンバーにエストニア人だけでなく、スウェーデン人、デンマーク人が名を連ねるところからも、このことが分かるのではないだろうか。

 スカイプが誕生した頃に比べ、インターネットやクラウドの普及により現在はさらに労働市場の流動性が増しているといえる。こうしたニーズに応えるべく誕生したのが、次世代型人材マッチングプラットフォーム「Jobbatical」だ。

次世代型人材マッチングプラットフォーム「Jobbatical」(Jobbaticalウェブサイトより)

 Jobbaticalがターゲットにするのは、先端テクノロジーに関わる知識・スキルを持ちながら、世界中で働きたいと考えている高度人材。Jobbaticalはこのような人材を「Global Trotter」と呼んでいる。Jobbaticalプラットフォームでは、こうしたグローバル高度人材とそのような知識・スキルを求める企業をマッチングしている。

 Global Trotterたちの多くが目指すのは、自身の知識・スキルを生かせる刺激あるスタートアップ環境だ。人気の都市はいくつかあるが、エストニアはもちろんその1つに入る。また、シンガポールやマレーシアなどアジア新興市場の人気も高い。アジアから欧州・北米へという流れだけでなく、欧州・北米からアジアへという流れがあり、Global Trotterたちの流動的なニーズを見てとることができる。高度人材が流動的なエストニアだからこそ生まれたプラットフォームといえるだろう。

スカイプ創業者たちが立ち上げた注目のロボティクス企業

 デリバリーロボットを開発するStarship Technogiesもエストニアの高度人材の流動性の高さ示す有望スタートアップだ。同社を立ち上げたのは、スカイプ共同創業者の1人であるヤヌス・フリス氏、そしてスカイプ創設時のプログラマーであるアーティ・ヘインラ氏。フリス氏はデンマーク出身、そしてヘインラ氏はエストニア出身だ。現在この2人が共同CEOを務めている。

 2014年に設立された同社は現在ヘッドクオーターを英ロンドンに、エンジニアリング部門をエストニア首都タリンに置いている。また、2015年には米国で企業登記を行い多国籍企業となっている。

 同社が開発するのは約3km圏内のデリバリーを想定した6輪車タイプの地上走行ロボット。最高時速6kmほどで、自律・遠隔ともに操作可能なハイブリッドタイプだ。現在、シードファンディングを募り、これまでに1700万ドルほどを調達している。街なかでの実証実験も進んでおり、欧州では40都市以上、米国でもワシントンやカリフォルニアなどでデリバリー実験を実施した。エストニアでは2016年からデリバリーアプリ「Wolt」と共同で実証実験を行っている。

Starship Technogies共同CEOアーティ・ヘインラ氏(写真左)とデリバリーロボット(Starship Technogiesプレスキットより)

 Starship Technogiesロボットの前身となるのが、ヘインラ氏が率いたエストニアのロボットチーム「Team Kuukulgur」が開発した探索車だ。このロボットチームは、NASAが主催するロボットコンテスト「センテニアル・チャンレンジ」出場のために2013年に組織された。ヘインラ氏のチームが取り組んでいたのが「サンプル持ち帰りロボットの課題」。このときに開発した技術を応用しデリバリーロボット事業を始めるべく、スカイプ時代から交流のあるフリス氏とヘインラ氏がStarship Technogies社を立ち上げた形となる。

 スカイプやStarship Technogiesに見られるように、技術力に加え、高い人材流動性があると、そこに相乗効果が生まれ、革新的なビジネスにつながりやすい環境ができるのかもしれない。

ブロックチェーン活用で情報と資金の流動化目指す「Funderbeam」

 エストニアでは人材のほかにもさまざまな資源を流動化し世界とつながるための取り組みが活発だ。2013年に設立されたFunderbeamは、ブロックチェーン技術を活用し、資本と情報の流動性を高めることを目的とした投資・取引プラットフォームだ。

投資・取引プラットフォーム「Funderbeam」(Funderbeamウェブサイトより)

 Funderbeamが強みとするのは、世界中のスタートアップに関連した包括的かつ一元的なデータセットで、投資家はこのデータを分析することで、世界中のスタートアップのなかから最適な投資先を見つけることが可能となる。現時点で、登録されているスタートアップ企業数は約14万社。同社ウェブサイトによると、これまでに公開されている分だけで約5260億ドル(約58兆円)の投資がなされているという。

 投資家情報も登録されており、スタートアップ企業は資金調達を目的としてこのプラットフォームを活用することができる。ドア2ドアの荷物配達サービスを提供するエストニア発のスタートアップShipitwiseは、Funderbeamプラットフォームでの資金調達に成功し、急成長を遂げている。

 また、Funderbeamはこのほどトレーディング機能を追加。ブロックチェーンで生成されるトークンを使用し、セキュアにトレーディングする仕組みを構築した。これにより株式市場やブローカーを介さなくても、世界中のスタートアップ銘柄を売買することできるようになった。トークン売買で投資家に利益が発生した場合、その1%がFunderbeamの報酬になるという。利益が出ない場合は、Funderbeamへの報酬は発生しない。

 ブロックチェーンを活用しこれまでになかったデータと資本の流れを生み出したFunderbeam。エストニアのテクノロジー国家戦略やスタートアップ・エコシステムがあってこそ生まれたプラットフォームといえるのではないだろうか。

 エストニア発のユニークかつ革新的なスタートアップはまだまだ存在する。次回も引き続き注目のエストニアン・スタートアップを紹介したい。

企画・構成・文:細谷元(Livit)

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