このページの本文へ

世界の金融サービスの現場は、フィンテックでここまで進化している

2017年11月10日 06時00分更新

文● 山上 聰(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

最近、フィンテックという言葉が、もっともらしいけれど実際には定義や意味があいまいなバズワードとして世の中に受け入れられつつあります。個人的には、金融サービスの領域で用いられる新興テクノロジーと大きく捉えておけば、間違いがないと考えています。海外の現場ではフィンテックを使ってどんな新しいことが起こっているのでしょうか。世界の「現場」の模様をレポートします。(文・撮影/NTTデータ経営研究所研究理事 山上 聰)

オレゴン州の地銀で
銀行窓口をチャットで代替

 オレゴン州の最大地銀アンクア(Umpqua)銀行は、支店におけるアットホームな対応を売りに近年M&Aで規模拡大をしてきた銀行です。

アンクア銀行の店舗に設置された「頭取直結」の電話

 アンクア銀行の店舗にはどこでも頭取に直結したダイレクト電話が設置されているくらい、顧客志向に徹しています。ところが最近の取引チャネルのデジタル化は、利便性や運営コストの点で有人店舗の価値を上回るようになり、大手銀行は我先に店舗閉鎖を進めるようになりました。一方、店舗こそ最も大事な顧客接点と考えるアンクア銀行にとって、大手行の動きは株主に対する説明責任を果たせない状況を生み出しかねません。

 そこでアンクア銀行が傘下のベンチャー企業とともに生み出したのが、BFFと呼ばれるサービスです。このサービスは、顧客とのやり取りをモバイルSNSのチャットやビデオで行い、顧客に24時間対応の利便性を提供しながらも、“ハイタッチ”を忘れない工夫をしたものです。

 このサービスを利用すると、これまで来店によってしか対応できなかった住所変更、投資相談、住宅ローン等の借り入れの相談がSNSでのやりとりによって実現できるようになります。このサービスの裏側には人工知能があり、顧客からの苦情や相談などのデータで学習させることで人工知能でも“顧客思い”の充分な対応ができるようになるのです。

 世の中では既にアルゴリズムを使って最適な答えを返す「チャットボット」というサービスが実用化されています。これは顧客接点の自動化で銀行のサービス提供コストを削減する手段として、大手行を中心に広く活用されるようになっています。

 一方、BFFはチャットボットとは一線を画する「学習する人工知能」として、店舗やコールセンターの行員の支援をし、より付加価値の高いアドバイスを顧客に提供しながら、自動処理によるコスト削減効果も生み出しています。

 もともと顧客にきめ細かい接遇応対を行う点では世界一といわれる日本において、労働人口の減少傾向が続くことは、欧米的な荒っぽいサービスの横行に繋がるのではないかと危惧していた筆者にとって、高品質な人工知能の導入は朗報に感じます。

ロンドンの和食チェーンでランチタイムの
行列をなくした「wagamama」

 wagamamaは、香港人がロンドンを中心に展開する店舗販売型の和食チェーンです。

ロンドンの和食チェーン「wagamama」

 和食といっても日本人の創造を超えるようなメニューが登場します。例えば豆腐カレー。厚揚げ好きの筆者にとってはさほど違和感はありませんが、とにかく欧米人は外食においてもいろいろと注文が多いのです。例えば肉の焼き具合やパンの種類、サイドにサワークリームをつけてくれとか。これを店頭でやられると長蛇の列ができてしまうこと請け合いです。

 そこで複雑な注文の受け付けを可能にして、モバイルで事前決済まで完了させてしまうのが、wagamamaが提供するサービスです。利用者は列に並ぶ前に、料理をモバイル経由で事前注文します。もちろん好みの焼き具合やサイドオーダー、決済方法も含めて。そして時間になるとピックアップしにいくわけです。何も知らずに店頭の行列に並んでいた筆者は、横入りして商品を持ち帰る顧客を不思議そうに眺めたものです。

 この決済サービスの裏側には、マスターカードが開発したペイパスというモバイルウォレット技術があります。今ではモバイルウォレットの活用は、飲食店のみならず商店の待ち行列をさばいたり、サイズや色を事前注文して欠品を抑える手段として使われており、加盟店のビジネスの活発化に貢献しています。

若者たちに新しい投資手段を提供する
サンフランシスコの証券会社「LOYAL3」

 サンフランシスコにLOYAL3という証券会社があります。正しくは株式の名義書換を行う企業ですが、特定の企業から小口で株を販売することを認められています。しかも無料で。

 LOYAL3は、コカ・コーラ、ナイキ、パタゴニア等、ミレニアル世代と縁が深い企業でありながら売買単価が大きすぎて、若者には買ってもらえないような大企業の株を対象に、若者層が長期的に自社の株を保有してもらうために考え出されたCSOP(Customer Stock Ownership Plan)を運用している会社です。

 だから、売買手数料は発行体負担ですし、最小20ドルから購入できるようにしています。とはいえ株式取引の端株取引市場を利用しているので、市場価格での購入というわけではありません。日本でも小口で株取引ができるアプリが登場していますが、ポイントは小額で投資できるという点だけではありません。むしろ発行体と投資家が市場メカニズムを越えて繋がっているところがポイントなのです。

 2015年にトヨタが5000億円のAA株と呼ばれる、5年間配当は行うが市場で売却できない株式を発行しました。これは上場規則に抵触するので取引所に上場はできない「種類株」と呼ばれるものです。

 発行された株は瞬間蒸発したそうですが、販売を担った証券会社によると買い手の多くはトヨタ車のファンだったそうです。そうです。企業は自社の株を価格に左右されずに保有してくれるファンにこそ持ってもらいたいのです。この精神はLOYAL3のサービスと一脈通じるところがありますね。

 これこそ金融サービスが、金融仲介者にコントロールされるのではなく、発行体と投資家の意見を反映した民主化の流れに乗ってきた、ということなのです。BFFも、wagamamaも顧客が金融サービスによっていかに付加価値を獲得するかという見方をすれば、金融サービスが民主化する流れの一環だと考える理由がわかります。

 我々はいよいよそんな時代を生きるようになりました。これからフィンテックは、金融サービスの民主化を実現する道具と考えることにしましょう。

中国人の行動を変えた
アリババの信用機関「芝麻信用」

世界中の金融機関を見て歩き、デジタルイノベーションによる金融ビジネスの激変を知り尽くした筆者による、最新事情の報告と金融機関への提言をまとめたのが最新著「金融デジタルイノベーションの時代」。日本でもこれから間違いなく起きる激動に直面するすべての金融マンとIT関係者必読の書だ

 これまで見てきたことは、フィンテックを使って金融サービスを利用するときに、必要とされた時間を節約したり、お金が貯まらないとできなかった投資が、小額からできるようになることでした、つまり、フィンテックを使えばこれまで仕方ないことと諦めていた事が、実現できるようになるのです。今までできなかったという点では同じですが、取引データを使って社会に新たな生活の規範を植えつけようとする、ユニークな試みが中国にあります。

 芝麻信用はアリババのネット通販、モバイル決済データ、公安ネットなどの公共機関の情報などをQRコードの読み取りを介してデータ収集し、「身分特質(信用のステータス)」「履約能力(履行の歴史)」「信用歴史(クレジットヒストリー)」「人脈関係(交友関係)」「行為偏好(消費の特徴)」の5項目をもとに総合スコアを算出して格付けを行う“個人版の信用情報機関”です。

 例えば、予約した配車アプリをキャンセルしたり、水道や光熱費などの支払いを延滞したりすると総合点が悪化します。いわゆる社会の一般的なルールを逸脱した行為を繰り返すと、総合点が悪化してネットで航空券のチケット購入ができなくなったり、ちょっと極端な例だと、芝麻信用の情報を使っている「百合網」という結婚サービスで悪い評価がされたり、就職の事前スクリーニングにも悪影響が出ます。

 一方、ルールや期日を守り総合点が600点以上になると特典が付与されます。例えば自転車の貸出サービス、雨傘の貸出、書籍の貸出、携帯の通話料の後払いを認めるなど、つまり「社会的な信用」を認められるようになるのです。

アリペイの普及には
中国政府の後押しがあった

 なぜ、中国ではこのようなサービスが普及するのでしょうか。これまで中国では人が人を信じない「相互不信」が当たり前になっていて、借金を期日に返済することは企業間でも滅多にないことでした。これが高い取引コストを発生させて、社会コストが高い状況が続いていたのです。文化大革命以降の国内政治体制の激変が人間不信の社会を作ってしまったのではないかと、筆者は考えます。

 ネットのデータを使ってこの社会の悪弊を改善できないだろうか。アリババの創業者ジャック・マーと習近平の利害が一致したところに、このサービスが生まれたのではないかと筆者は睨んでいます。アリペイはブランド名を変えながらもQRコードを利用する利便性で東南アジアにも根付いています。アリペイの仕組みは日本でも2018年には広く使えるようになるとのことですが、我々日本人の生活データが、日本人の好まないことに使われないことを祈るばかりです。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

アスキー・ビジネスセレクション

ピックアップ