このページの本文へ

小国から世界に挑むデジタル国家エストニア、生き残りを賭けた戦略 第3回

電子国家エストニアを支える主要テクノロジー企業 X-Road/ブロックチェーン編

2017年10月12日 09時00分更新

文● 細谷元、岡徳之(Livit )

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

「世界最先端のデジタル国家」として注目を集めるエストニア。連載第1回はエストニアのデジタル化の現状、そして第2回はデジタル化戦略の根幹をつくりあげた人物を紹介した。今回の第3回と次回の第4回では、エストニアのデジタル化を支える主要テクノロジー企業に焦点をあててみたい。

電子国家エストニアの屋台骨、データ連携を可能にする「X-Road」

 エストニアが最先端のデジタル国家と呼ばれる理由の1つに、行政サービスの99%がデジタル化されていることがあげられる。紙での手続きが必要なのは残り1%、「結婚、離婚、不動産売却」のみだ。つまり、税金、医療、教育、交通などに関する行政サービスは、オンライン上で速やかに手続きを完了できるということになる。

 このデジタル行政サービスはさまざまなテクノロジーによって可能になっているが、そのなかでも特筆すべきは「X-Road」という技術だろう。

 X-Road は分散されたデータベースをセキュアに連携させるプラットフォーム。各行政機関、医療機関、研究機関などを連携させることで、通常なら大量のペーパーワークが発生するような作業をワンストップで完了させることができ、電子国家エストニアの屋台骨と呼ばれている技術だ。

 このX-Road導入に携わっているのが、エストニア発のテクノロジー企業Cyberneticaだ。Cyberneticaは1997年に設立された企業だが、その前身はエストニアの学術研究グループ、Academy of Science of Estoniaが1960年に設立したサイバーネティクス研究所。現在も博士号取得者を多数抱える情報通信テクノロジーに精通した頭脳集団である。

エストニアのX-Roadイメージ図

(出典:「世界銀行レポート」より)

 2001年、異なる機関のシステムやデータベースを安全かつスムーズにやりとりできる仕組みを構築したいというエストニア政府の要請を受け、Cyberneticaは第1弾となるX-Roadをローンチした。それ以来バージョンアップを重ね、プラットフォームに連携する機関・組織を増やしながら電子国家の骨組みを構築してきた。

 X-Roadが導入されたことで、それまで各行政機関や関連組織が紙でやりとりしていた作業はすべて電子化され、圧倒的なコスト削減と効率化を実現するに至った。どれほどの時間が節約されたのかというと、2016年の1年間で「820年」分に相当する労働時間が節約されたという。(出典:「REPUBLIC OF ESTONIA」より)

 たとえば、保健医療分野では、病院、診療所、薬局などのシステム/データベースが連携することで、医師の処方箋情報が即座に薬局で確認することができたり、異なる病院・診療所での治療・検診において、患者のこれまでのデータを参照することが可能となった。また、裁判所、警察、検察、刑務所、弁護士のシステム/データベースも連携され、裁判プロセスの効率化も実現されている。

 現在エストニア国内では900以上の行政機関や企業が日々X-Roadを活用していることや、X-Roadを介して1400以上のサービスが提供されていることを考えると、このテクノロジーなしには電子国家エストニアは成り立たないと言えるだろう。エストニアで進化したX-Roadテクノロジーは、フィンランド、アゼルバイジャン、ナミビアなどでも導入されており、今後も導入国は増えていくことになるはずだ。

東工大出身エストニア学者も活躍
Guardtime社が推し進めたブロックチェーン導入

 電子国家エストニアを語る上で、X-Roadと並び重要度の高いテクノロジーが「ブロックチェーン」だ。今でこそビットコインのコア技術としてよく知られるようになったテクノロジーだが、エストニア政府は1990年後代半頃から行政サービスにおける導入検討を開始し、2011年にはすでに導入している。

 X-Road導入などでデジタル化が進んでいたことに加え、2007年に起こったサイバー攻撃でセキュリティ強化の優先度が一気に高まり、国家レベルとしては世界初のブロックチェーン導入国となった。ブロックチェーン技術を使うことで、データそのものが改ざんされないより強固なセキュリティシステムを構築することが可能となった。

 エストニアにおけるブロックチェーン導入に深く関わっているのが、2006年に同国で設立されたサイバーセキュリティ企業Guardtimeだ。当時はまだ「ブロックチェーン」という呼び名が浸透していなかった頃で、「データの完全性を証明できるキーレス署名技術」を提供する企業として注目を集めていた。現在同社の技術は「KSI(キーレス)ブロックチェーン」として広く知られるようになってきている。

「Guardtime社ホームページ」

 Guardtimeは世界最大のブロックチェーン会社とも謳っており、数多くの暗号通信のエキスパートを抱えている。そのメンバーのなかには1990年代後半からエストニアにおけるブロックチェーン導入の取り組みに関わってきた者も少なくない。

 エストニアにおける国家プロジェクトで洗練された同社のブロックチェーン技術は、世界各国の軍事・防衛、エネルギーなど最高レベルのセキュリティが求められるシーンで導入されつつあるようだ。同社は、米国エネルギー省や国防高等研究計画局、ロッキードマーチン社との提携を明らかにしている。

 ちなみにGuardtimeの共同創業者の1人、マート・サーレペラ氏(Mart Saarepera)は2007年頃、東京工業大学で博士号を取得しただけでなく、現在MITメディアラボ所長を務める伊藤穰一氏が当時運営していたVC会社Neotenyに籍を置くなど、日本との関わりが非常に深い人物でもある。

 エストニアはこれまでに税金や企業登記分野でブロックチェーンを導入。また医療分野にも導入することを決定しており、今後もブロックチェーン技術の活用を増やしていく方針だ。続く第4回は、電子IDや電子居住に関連する主要テクノロジー企業を紹介したい。

企画・構成・文:細谷元、岡徳之(Livit)

カテゴリートップへ

この連載の記事

Planetway Story