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本命が消えた次期FRB議長人事にトランプ大統領の影

2017年09月20日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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再任という見方もあったイエレン議長だが、可能性が大きく低下したと見られている Photo:Federal Reserve

 来年2月に任期満了を迎える米国の中央銀行、FRB(連邦準備制度理事会))のイエレン議長の後任人事がここへきて不透明性を増している。 なぜなら、これまで有力候補とされてきたゴールドマン・サックスの前CEOゲリー・コーン氏が脱落したとの見方が急浮上しているためだ。「再任」という見方もあったイエレン議長もその可能性が大きく低下したと見られている。「本命」とされた二人の脱落劇の後ろには、トランプ大統領の意向がちらつく。

有力候補2人が
相次いで消えて、混沌

 ゲリー・コーン氏は、トランプ政権で国家経済会議(NEC)の議長に就任、経済政策の企画において中心的存在とされたこともあり、FRBの新議長に相応しいとの評価が多かった。

 しかし、かねてトランプ氏と意見の相違が指摘されていた中、8月下旬のシャーロッツビルでの暴動に関してトランプ氏の対応を批判したことで関係が一段と悪化し、政権からの離脱を示唆したとの報道が一斉にされた。

 筆者が今月初めにニューヨークを訪れた際には、市場関係者や有識者の間でコーン総裁の実現可能性に対する見方が大きく低下していた。

 同時に、イエレン議長の再任可能性に対する見方も大きく後退した印象を受けた。

 議長自身は、議会証言や記者会見などの場で再任について具体的な言及を避けているため、この点に関する本人の意向は必ずしも明確でない。 しかし、8月下旬のカンサスシティー連銀主催のカンファレンス(ジャクソンホール)で、金融システムの安定維持をテーマとして選び、トランプ大統領が掲げる金融規制緩和に批判的な立場を明示。

 このことは、「事実上のお別れ演説だった」と、米国の市場関係者らの間では受け止められた。

 トランプ氏が次のFRB議長に求める政策は、「緩和的な金融環境の維持」と「金融規制緩和の推進」の二つだとみられるためだ。

 イエレン議長は、この点を十分に認識した上で上記のメッセージを出した、つまり自ら候補の座を降りたと、理解されている訳だ。

トランプ大統領の「二つの条件」
金融緩和維持と規制緩和の加速

 これら「二つの条件」は、米国の中小企業や中産階級の活性化を図ると、トランプ氏が大統領選挙戦中から掲げていた政治的アジェンダに深く関わっている。

 つまり、低金利環境を維持することは事業資金の調達コストや住宅ローンの借り入れ金利負担を軽くする。また、ドル安圧力を通じて中小企業の輸出競争力維持にも資する。

 さらに、トランプ氏がかねてから強調しているのは中小金融機関における規制負担の軽減であり、規制緩和によって、中小企業への貸出の活性化に繋がるとの考え方だ。

 トランプ大統領の意向を受けて米財務省が6月にまとめた金融規制の緩和方針でも、中小金融機関に対する自己資本比率規制の減免やストレステストの免除、住宅ローンの商品性規制に関する柔軟化などが挙げられている。

 トランプ大統領にとって、FRB議長が金融規制の緩和を支持するか否かは、経済政策の根幹に関わるだけに譲れない条件になっているのだろう。

 さらに言えば、イエレン議長体制の下で金融規制を主として担当したタルーロ理事と、この領域の世界的権威であるフィッシャー副議長がいずれも辞職の道を選んだことからも、金融規制を巡るFRBとトランプ政権との意見の対立の深刻さが推察される。

 しかも、FRBは理事の過半が欠員という状況に陥るリスクがある。

 フィッシャー副議長が10月中旬での辞任を表明したため、定数7名に対して残りはイエレン議長とパウエル理事、ブレイナード理事の3名になる。上院で任命プロセスが進んでいるクォールズ氏が加わっても4名であり、しかも来年2月にはイエレン議長の任期が満了となる。

 しかし、FRBが大手金融機関に対する監督責任を持ち、金融システムの安定策(マクロ・プルーデンス政策)でも大きな役割を担うとしても、本来なら、金融規制の緩和は、むしろ通貨管理庁(OCC)や連邦預金保険機構(FDIC)といった他の監督当局の仕事に関わる部分が大きい。

 しかもこうした機関は文字通り政府の一部門だから、大統領が自由に人事権を行使することができる。次のFRB議長が金融規制の緩和にどのような考え方を持っていても、トランプ大統領は、自身の意向を実現することは難しくないはずだ。

 一方で、筆者が訪米して会った市場関係者や有識者らの間で、「緩和的な金融環境の維持」というトランプ大統領が次期FRB議長人事で重視するもう一つの条件のことが、あまり触れられなかったのも奇妙に感じた。

 先に見たように、FRBの理事に多くの欠員が生ずる状態にある下で、トランプ大統領は自らの意向に沿った人物を議長や理事に任命することで、金融政策への影響力を行使しやすい立場になる。

 それは、先進国で定着している金融政策の独立性を最も直截な形で損なうことになるからだ。それでも、市場関係者や有識者が現時点で強い懸念を示さなかったのは、トランプ大統領の意向にかかわらず、また、誰が次のFRB議長になっても、利上げを含む金融政策の「正常化」が極めて慎重なペースで行われると確信しているのだろう。

 こうした見方は、米国の基調的な経済成長率が一段と低下したのではないかという懸念にも裏打ちされている(図1)。

◆図1:FRB議長候補の代表例(FRB関係者)

 金融政策の独立性を、FRBが実際に問われる局面は、現在の「正常化」を終えたあと、次の景気後退局面での金融緩和を経て、そのあとの景気拡大に対する利上げ局面だろう。

 その時には、より先鋭な形で、政権とFRBとの対立が表面化するかもしれない。しかし、それは相当先のことだし、トランプ大統領の任期中ではない可能性も高いわけだ。

米金融政策の独立性への疑念
国際金融市場が不安定化する懸念

 だがしかし、それでは、次のFRB議長がトランプ大統領による二つの条件-つまり「緩和的な金融環境の維持」と「金融規制の緩和の促進」-を受け入れても、少なくとも当面は大きな問題は生じないと言ってよいだろうか。

 その答えは、国内だけに関して言えば「Yes」であったとしても、海外も含めれば「No」だろう。

 つまり、FRBの金融政策における独立性に疑念が生ずることは、ドル相場や長期金利を通じて、国際金融市場の不安定化に繋がる恐れがある。

 また、金融規制を国際的に調和させるうえでの、FRBの果たす役割を考えれば、米国が「国内優先」の発想で金融規制の緩和を一方的に推し進めることになれば、規制緩和に慎重な欧州などとの間で様々な軋轢を生み、グローバルな金融規制の先行きを不透明化することとなるだろう。

 コーン氏とイエレン氏という二人の有力候補の可能性が顕著に後退する中で、米国内ではFRBの元理事であるケビン・ウオルシュ氏やニューヨーク連銀総裁のウイリアム・ダドリー氏といった実務家や、ジョン・テイラー氏やグレン・ハバード氏といった研究者を含め、再び様々な候補が語られる状況になり、FRB議長の人選は不透明さを増している(図2)。

◆図2:FRB議長候補の代表例(研究者)

 しかも、これらの候補がトランプ大統領の「二つの条件」を満たしているかどうかも、現時点で必ずしも明らかではない。

 FRB議長は(議会の承認の下で)大統領に任命される枠組みである以上、次期議長が、大統領や政権の意向とまったく無関係でいられることは難しい面はある。

 それにしても、経済界や市場関係者は大統領や政権に対して、どういう人材がいまFRB議長としてふさわしいのか有効なメッセージを出し得るはずだ。

「トランプ大統領の影」を払拭するような議長人事になるのかどうか、これから世界が注目することになる。

(野村総合研究所 IT金融イノベーション研究部長 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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