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災害に備えて行政システムを手元にバックアップ

防災庁舎内にOpenStackクラウドを構築した富士市、その舞台裏

2017年07月20日 07時00分更新

文● 羽野三千世/TECH.ASCII.jp

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 静岡県富士市は、この2月、市庁舎内にプライベートクラウドのIaaS基盤を構築した。

 富士市の主要な情報システムは現在、隣接する富士宮市と共同運用するデータセンター(データセンターは市外に立地)に置かれており、市職員はシンクライアントを通じて住民情報や税務などのシステムとデータにアクセスしている。セキュリティの強化、業務の全体効率化を目的とした運用だ。

 しかしこの運用については、災害時などにデータセンターと市庁舎間の回線が切断された際に、業務が継続できなくなることが懸念されていた。特に、駿河湾に面した富士市は南海トラフ地震の想定被害地域であり、災害発生時でも業績を継続できる体制の整備が市の重要課題になっている。

富士市 総務部 情報政策課 主幹の山田勝彦氏

 「実際に、ネットワークの提供業者に確認したところ、災害で通信回線が切断された場合、復旧には2週間ほどかかると言われました。その2週間の行政運用をどうするのか、対策を考える必要がありました」(富士市 総務部 情報政策課 主幹の山田勝彦氏)。

なぜOpenStackだったのか

 そのような背景から、富士市は今回、市外のデータセンターで稼働するシステムを手元にバックアップする目的で、市役所の消防防災庁舎内にIaaSのプライベートクラウドを構築した(消防防災庁舎は、地震などが発生した際には災害対策本部が置かれる拠点。もちろん建物は免震構造であり予備電源も確保されている)。富士市がIaaSのテクノロジーとして採用したのは、オープンソースのOpenStackだ。

富士市役所の消防防災庁舎

 「今回のIaaS構築は市の情報化プロジェクトの一部ですが、プロジェクトの入札契約事業者であるNECに“オープンソースのIaaS基盤が欲しい”という要望を伝えたところ、OpenStackが最適であろうと提案をいただいて採用を決めました」(富士市 総務部 情報政策課 課長の深澤安伸氏)。

 当初からオープンソースにこだわった理由は、「中身が見えるから」(深澤氏)だ。トラブルが発生した際に、システムの中で何が起こっているのか把握でき、自分たちで手を出せるのがオープンソースの魅力だと深澤氏は語る。富士市の情報政策課は、LinuxやCloudStackなどを運用してきた経験があり、オープンソースの採用に抵抗感はなかった。逆に、メーカーが指定したハードウェアとメーカーが指定したハイパーバイザーがないと動かないようなシステムにこそ抵抗感があるという。

富士市 総務部 情報政策課 課長の深澤安伸氏

国内では初導入、NECの「Cloud Platform for IaaS」

 こうして、OpenStackベースのIaaSを導入するという方針は固まった。固まったものの、予算と必要スペックの折り合いをつけるのには難航した。

 富士市の住民記録や住民税に関するシステムとデータについては、もともと市庁舎内にバックアップサーバーが設置されている。このバックアップサーバーに市職員がアクセスするためのシンクライアントシステムと、住民記録・税関連以外のシステムのバックアップを、新設するIaaSに載せるというのが市の計画だ。「設計としては、Windowsが70インスタンス稼働する規模の想定でした」(富士市 総務部 情報政策課 主幹の大長剛二氏)。

富士市 総務部 情報政策課 主幹の大長剛二氏

 富士市の要望を受けたNECの担当営業・清水勝氏は、同社の国内外のOpenStack事例、OpenStack関連製品を調査。「OpenStackベースのIaaS構築は、国内ではスクラッチ開発の事例ばかりです。スクラッチはコストと時間的に、富士市の要件に合わなかった。そこで海外事例を含めて社内で検討したところ、新興国向けにクラウド基盤を構築した実績がある“Cloud Platform for IaaS”という統合型IaaS基盤製品が、富士市の要件に最もフィットするということで提案しました」(清水氏)。

 Cloud Platform for IaaSは、構築済みのOpenStack IaaS環境を提供するNEC製アプライアンス。ソフトウェアとしては、「Red Hat OpenStack Platform」、およびソフトウェア・デファインド・ストレージ「Red Hat Ceph Storage」が搭載されている。国内で導入したのは、今回の富士市が初の事例だという。

 Platform for IaaSは事前設計、事前検証済みのレディメイド型製品であり、機器納入からセットアップまで約1週間で完了する。今回は、市のプロジェクトの予算を使う都合上、契約とIaaSの実稼働開始までに時間的な制約があった。実稼働までのスピードも、清水氏がPlatform for IaaSを提案した理由の1つだ。富士市がIaaSの仕様と方針を固めたのが2016年12月。市庁舎に機器が納入されたのは翌年の1月中旬だったが、その年の3月にはすでにIaaSが実稼働していた。

NEC 清水勝氏

NECとレッドハット、コミュニティのサポートがあった

 富士市は目下、新設したIaaSにバックアップするべき業務システムを洗い出す作業を進めている。「市外のデータセンターと市庁舎間の回線が切れたとき、復旧するまでの2週間、行政業務を止めないためにバックアップしておくべきシステムはどれか、これから検討していきます」(山田氏)。データセンターで稼働する業務アプリケーションをOpenStackへバックアップするにあたっては、各アプリケーションベンダーとの間で仕様の確認や追加ライセンス費用の見積もりなどが必要で、作業は年内いっぱいかかる見込みだ。

 その間、現場でIaaSの運用を任された情報政策課の加藤小太郎氏と井口悟史氏は、実環境に触れながらOpenStackの勉強を進めている。「やはり、OpenStackのインタフェースはとっつきにくいです。でも、NECにはOpenStackをサポートする部署があるので、何でもNECに質問しています。NECを窓口として、レッドハットからも技術支援を受けられるので心強い」と井口氏。

富士市 総務部 情報政策課 井口悟史氏

 また、操作や運用スキルの習得にあたっては「OpenStackのコミュニティが提供するネットの情報が役立っています。実際に、いくつもの疑問がネット上で解決できました」と加藤氏は言う。コミュニティの集合知を得られるのは、オープンソースを活用することの醍醐味だろう。

富士市 総務部 情報政策課 加藤小太郎氏

バックアップシステム非稼働時の余剰リソースを有効活用

 富士市では、IaaSへのバックアップシステムの実装が完了したのち、現在庁舎内で動いている一部の業務システムもIaaSへ移行することを検討している。IaaS上のバックアップシステムは災害時用なので平常時はリソースが空く。このリソースを通常業務で有効活用したい考えだ。

 年度予算で運営される自治体は、年度途中でサーバーの増設が必要になっても買い増しや追加契約をすることができない。「これまでは、予備のPCや稼働中のサーバーに仮想環境を暫定的に構築して計画外の増設ニーズに対応していましたが、これだと、どのハードウェアで何が動いているか全体像が把握できなくなり、運用管理が煩雑になりがちでした」(深澤氏)。このような暫定的に増設する仮想サーバーのリソースに、IaaSのバックアップシステム非稼働時の余剰分を割り当てれば、庁舎内のシステム全体をOpenStackで一元管理できるようになる。

 今はまだ、OpenStackのアプライアンスが庁舎内に設置され、セットアップ完了した段階。自治体としては先進的な富士市のOpenStack活用のゆくえに今後も注目したい。「OpenStackクラウドを持つ自治体が全国に増えれば、地理的に離れた自治体間でディザスタリカバリーをしたりできますね」(深澤氏)。

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