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kintoneな人 ― 第4回

新しい形のSIを模索する2人にとってのkintoneとは?

定額制SIにチャレンジするジョイゾー四宮夫婦のkintone夫婦善哉

2017年06月01日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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kintoneを用いた定額制SI「システム39」を手がけるジョイゾーを立ち上げた四宮靖隆氏と、夫の片腕として対面開発の現場に経つ四宮琴絵氏。長らく感じてきたシステム開発の矛盾やパートナーから見たkintoneの魅力、定額制SI立ち上げの背景、地方創生の取り組みなどを夫婦に聞く(インタビュアーTECH.ASCII.jp 大谷イビサ)

ブラックな仕事と離婚の危機を乗り越えて

大谷:お二人のなりそめの前に、ビジネスプロフィールをお聞かせください。

靖隆:僕はロータスノーツを運用するSIerの情シスからスタートしています。その後、お客さん相手の開発の仕事がしたいと思って、前職となるSIerに転職し、関連会社の案件で出たばかりのサイボウズガルーンのシステム構築を手がけていました。

ジョイゾー 代表取締役社長 四宮靖隆氏

大谷:では、もともとはガルーンだったんですね。琴絵さんの方は?

琴絵:私は夫と同じ前々職の会社に営業事務で入ったのですが、上司に「営業事務は若いうちだけだよ」と言われ、手に職を就けるため、入って2年目くらいにシステム部に異動しました。一応、新人と同じような研修は受けましたが、いきなり現場に放り込まれた感じ。「テーブルの正規化しておいて」と言われても、「教わってもいないのに、いきなりできません!」みたいな(笑)。

靖隆:その会社でわれわれは出会うことになるのですが、部署は違っていました。妻の部署は、ガチガチのウォーターフォール開発をやっているところでした。

琴絵:はい。最初は社内で開発していたのですが、途中からはお客様のところに行って、ヒアリングして、設計書書いてましたね。プログラマーと話しても、意見がかみ合わないでもやもやするので、お客様のところで「このボタンは必要ないですよねえ」と仕様確認している方が楽しかったです。今から考えると、このときの体験がkintoneにつながっていると思います。

大谷:で、ご結婚なさると。まあ、三枝師匠じゃないので、ご結婚までの詳細はいいんですけど(笑)、琴絵さんは仕事をお辞めになるんですよね。

靖隆:そうです。寿退社でもなんでもなく、知り合いとともに新しいシステムの会社に移ったわけですが……。

琴絵:ひたすら残業で、ずっと終電でした。社長が広告代理店の人で、新しいシステムを作るという夢の実現に疲弊して、下請けの人たちも大変な感じでしたね。

大谷:けっこうなブラックだったんですね。

琴絵:はい。前々職もブラックな感じだったので辞めたのですが、転職した会社もけっこうブラック(笑)。夫の仕事も忙しくて、出産後の数年は本当に大変。離婚の危機でした(笑)。

ジョイゾー エンジニア 四宮琴絵氏

大谷:その間、夫の方はそのまま琴絵さんも務めていたSIerで仕事していたんですよね。

琴絵:そうです。ただ、転職後私はすぐに出産になったんです。当初は子供ができても仕事に復帰する予定だったんですけど、子育てを始めたら、これって仕事と片手間じゃできないぞと思い、そのまま専業主婦になりました。

これは夫にもよく言われるんですけど、私って仕事が大好きで、やり始めると集中してしまうんです。両立なんてできないから、専業主婦になったんですけど、つねに仕事に戻りたいと思ってました。

ダメ人間にならないために起業を決意

大谷:その後、靖隆さんがジョイゾーを立ち上げるわけですが、そこまで経緯を教えてください。

靖隆:前職の会社は忙しいのに加え、業績もあまりよくなかったんです。会社の雰囲気も悪くなってきたので、そろそろ違う仕事に移ろうかなと。だから、元々独立するつもりはなくて、ほかの会社への転職を考えていたんです。

大谷:なぜ自身で会社を立ち上げることにしたんですか?

靖隆:辞めるという話を上司にしたら、せっかくガルーンの構築を長らく手がけてきたのであれば、独立してそれを続ける方がいいのではないかというアドバイスを受け、確かにそうだなと。実際、同じ業界の同じような会社に転職するのであれば、市場が変わったら、どのみち業績が傾いてしまう。転職と独立でリスクは同じですが、独立した方がリターンは大きいと考え、1年くらいは個人で仕事をしてました。その後、1年後の2010年に会社としてジョイゾーを立ち上げました。

大谷:個人でやってみた感想はどうでした?

靖隆:そのときは前の会社からサイボウズの仕事を受けられたので収入的には安定していました。だから正直堕落してた。3ヶ月くらいは知り合いと平日にゴルフとかしてたので、このままじゃ俺ダメ人間になるなと(笑)。

大谷:「これじゃあかん」ということで会社にしたんですね。

靖隆:そうでう。会社としての体裁を整え、きちんと人をとって、前職の会社に依存しないビジネスを始めないとと思ったのが、法人化したきっかけでした。

大谷:どんなビジネスをやろうと考えたんですか?

靖隆:やりたくないことは決まっていて、SIはいやでした。やっぱり早朝から終電まで仕事漬けだったし、お客様からはしょっちゅう怒られるし、あのビジネスはないなと。逆にクラウドのビジネスはやりたいなと思っていて、当初はAWSとかも少しやったんですけど、AWSのインテグレーターを見て、今から始めても追いつけないなと思いました。さて、どうしようと考えていたときに、サイボウズがcybozu.comのビジネスを始めたんです。

大谷:2011年の末ですよね。

靖隆:もともとガルーンをやってたし、クラウドビジネスやりたかったし、ちょうどよかった。だから、kintoneが出てくる前は、サイボウズ Officeのクラウド移行とかを手がけてました。

青野社長の意気込みと国産クラウドの期待でkintone専業へ

大谷:その後、いよいよkintoneに関わるわけですね。

靖隆:はい。kintoneはリリース前に少し見せてもらいましたが、テーブルとテーブルにリレーション貼って、クエリもかけられますという本当にWeb版のAccessという感じでした。もともとデジエが好きだったというのもありましたし、なにより簡単。お客さんの満足度も高かったので、kintoneなら行けるなという感触がありました。

その後、証券会社のガルーン案件で、サイボウズの後迫さんとの出会いがあり、正式リリースを経てkintoneを本格的に手がけるようになった感じ。まだAPIもルックアップもなにもなかったですが、とにかくkintoneをやる会社もなかったし、kintone一本で行くことに決めました。

大谷:kintoneに関しては、どこらへんに期待があったんですか?

靖隆:cybozu.comを始めたときに「残りの人生をkintoneにかける!」と言われた青野社長の意気込みと、国産クラウドへの期待ですね。今もそうですが、クラウドは外資系がメイン。基盤やサービスを自らきちんと作っているベンダーがいなかったので、自らやるというサイボウズは応援したかったし、いっしょに成長させたいという思いが強かったですね。

大谷:とはいえ、当時はカスタマイズもできないし、そもそもSIはやらないと決めていたんですよね。kintoneでどんなビジネスを想定していたのですか?

靖隆:kintoneのアプリ作成や導入相談を始めてわかったのですが、kintoneのSIだったらいいなと思いました。お客さんの満足度も高いし、われわれもやっていて楽しい。なにしろうちの社是が「Enjoy IT」。ITって怪しくないし、正しく使えばきちんと効果が出るモノ。kintoneだったら、この社是に合うなと思いました。

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