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日本一の梅生産地を支えるうめ研究所

2017年07月24日 17時00分更新

文● 菅健太郎(チョーヤ)/ 編集●ナベコ

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みなさま“うめ”はお好きですか? うめ干しは日本人になじみがある食材のひとつ。青うめを漬込んだ梅酒も人気ですね。実はうめ生産の現場では変革が起こりつつあります。チョーヤ梅酒の菅健太郎氏による梅酒についての最新動向を連載で届けします。

全国でも類を見ない梅専門の研究機関 “うめ研究所”

 和歌山県は梅生産量の全国シェア65%(2015年)を占める日本一の梅の産地です。中でも2015年に世界農業遺産に認定された和歌山県の南に位置する“みなべ・田辺地域”は梅栽培400年の歴史を持つ、まさに梅の聖地です。かの有名な“南高(なんこう)”もここで誕生しました。

 今回ご紹介する“うめ研究所”はそんな梅の聖地“みなべ・田辺地域”の山の上、梅畑を見晴らせる抜群のロケーションに存在する、全国にも類を見ない“梅専門”の研究機関です。

 ここでは歴史ある地元の梅産業をさらに発展させるため、3ヘクタールもの試験圃場(ほじょう)を使って以下の4大テーマについて地域と連携した様々な技術開発が行なわれており、2015年には天皇皇后両陛下も視察に訪れられた研究機関なのです。

■うめ研究所の4大テーマ
 1.高品質安定生産技術の開発
 2.新品種の育成
 3.新加工商材の開発
 4.エコ農業の推進

 私は「日本の梅を世界に広める」という夢の実現のため、2年前からうめ研究所へ定期的に通い最新の栽培技術や品種などについてご指導いただいていますが、ここで働く研究員の方々と接していると梅にかける情熱がものすごく伝わってきます。それもそのはず、彼らはどうしても梅の研究がしたくてたまらずこの研究所へ集まってきた11人のプロ集団なのです。私もその情熱に次第に心を奪われ、ぜひ読者の皆さんにもご紹介したいと思い筆を執りました。

梅の研究を行なうための抜群の環境

 うめ研究所の最大の強みはユーザーである梅農家さんとの物理的距離が近いことです。研究所で得られた結果はすぐに梅農家さんに伝えて実証してもらい、フィードバックを受け、改善を重ねるといったリーンな研究スタイルが実現されています。ではこれから実際に行なわれている研究技術をいくつかご紹介したいと思います。

新品種の開発

 梅は江戸時代後期頃から品種改良が盛んに行なわれ、日本国内で約300種類の品種が確認されています。大きく分けると花の鑑賞を目的とする“花梅(はなうめ)”と実の採取を目的とする“実梅(みうめ)”に分けられます。

 うめ研究所では地域の梅産業の活性化のために実梅について様々な品種改良が行なわれています。品種保存園と呼ばれる畑には多くの組み合わせの交配を行なうことができる100品種以上の梅の木が植えられています。

 目標とする新品種の特徴(果実品質が良い、病気に強い、環境ストレスに強いなど)を持つ種子親(母親)と花粉親(父親)を選び、花粉親の花粉を種子親の花のめしべにつけることで交配します。交配した花が果実に成長すると種をとって蒔き、苗を育てます。苗を調査用の畑に植え、実際の農園と同じ環境で栽培し、目標とする特徴を持っているかを数年かけて調査します。

 そして、最も優れたものが選抜され新品種となります。このような流れで、交配から新品種ができるまで約10年の歳月がかかります。これまでうめ研究所では、新品種として豊産性の“NK14”、β-カロテンが多く、果皮と果肉が橙色になる“橙高(とうこう)”を生み出しています。橙高についてはその鮮やかな色を活用した加工品開発を進めています。

 さらに、うめ研究所では、大学と連携して育種のスピードを加速できるような新技術の開発にも取り組んでいます。果実品質、収量性、耐病性などに関わる遺伝的な要因に見当がつけば、種が発芽した直後にDNA情報を調べるだけで、優良な新品種候補の選抜ができるようになります。

梅畑の土壌タイプに合わせた最適施肥量を調べるライシメータ

 和歌山県の梅畑は古くから山の斜面に沿って造成した15度以上の傾斜園地が多いのですが、このような畑は作業負担も大きく、近年は山を削って大規模に造成した新規造成園地や水田を転換した園地が増加しています。

アスキーエキスパート チョーヤ第1回 アスキーエキスパート チョーヤ第1回
アスキーエキスパート チョーヤ第1回 アスキーエキスパート チョーヤ第1回

 そのため、ひと口に梅畑と言ってもその土壌の種類は大きく異なります。農作物の栽培には養水分の管理が非常に重要なので、それぞれの土壌の特性に合わせて、肥料や潅水の量と頻度を調節しなければなりません。うめ研究所ではライシメータという実験装置を使って、それぞれの土壌特性に合わせた最適な施肥量と潅水量をシミュレーションしています。ライシメータとは金属製又はコンクリート製の大きな容器に土壌を充填し、様々な環境条件のもとで植物を生育させ、植物重量や流出物質量などの計測を行なう実験装置です。

 うめ研究所のライシメータは3.7ミリ四方のコンクリート製容器で、それぞれの容器に4種の異なる梅畑の土壌(褐色森林土、黄色土、灰色低地土、岩屑土)を充填しています。そこに梅の木を植えて、投与した水と肥料のうち、梅の木に吸収されずにコンクリート容器底部から流れた量の割合を定量し、土の保水力や保肥力を特定します。この調査により、各土壌に最適な施肥量と潅水量がわかります。過剰な施肥、灌水を防ぎ、低コストかつ樹体生育に適した養水分管理法の確立に役立っています。

早期多収を目指した樹形改造

 うめ研究所では就農者の高齢化に対応した作業負担を軽減する樹形や、新規就農者のために苗木を植えてからできるだけ早期に多くの果実が採れるような樹形の研究が行なわれています。通常、梅の木は新しく苗木を植えてから収益が見込める収穫量が得られるまでに7年程度かかるため、早く収益を上げることが必要な新規就農者にとっては、この期間をできるだけ短くしなければならないのです。

 通常の梅の木は開心自然形と呼ばれる、主幹を短くし、2、3本の主枝を斜めに立てる樹形が一般的です。

 この樹形は樹齢15年ほどの成木になると大型になるのですが、若樹齢時は着果量が少ないうえに、樹が大きくなるため10アール当たり30本しか植えられません。また、樹高も高くなるため、収穫や剪定などの作業に脚立が必要となり、管理に労力がかかります。そこで検討されているのが主幹形と呼ばれる樹形です。主幹形は高さ2.5ミリ程度の幹を地面に垂直に立て、幹から水平方向に長さ80センチ程度の着果枝を伸ばします。

 主幹形は開心自然形に比べてコンパクトなサイズなので、10アールあたり120本程度の植え付けが可能です。このように樹形をつくることで、7年目には1本当たりの収穫量が20キロ得ることができ、10アール当たりで換算すると2.4トンと通常の6倍となり、早期から安定した収量を得ることができるのです。

迫りくる温暖化に対応した様々な研究

 読者の皆さんも最近の温暖化は実感されていると思いますが、梅の栽培においても受粉、病害の発生などに温暖化の影響が出てきつつあります。うめ研究所では既に温暖化への対応技術について10年前から取り組んでおり、幾つかの成果が出ています。

 まず、受粉についてですが、梅は自家不和合性と言って同じ品種の花粉では実ができない品種が多いのです。そのため、梅畑には一定数の授粉樹と呼ばれる花粉を与えるための異なる品種の木を植えます。この授粉樹には実がなる木と同じ時期に開花する木が選ばれています。しかし、最近の温暖化の影響により、徐々にその開花時期にずれが生まれており気候変動に対応した新たな授粉樹の選定が必要となります。梅の花芽は、まず低温にあたることで冬の眠りから覚め、続いて高温にあたることで蕾がふくらみ、花が咲きます。梅は品種によって開花に必要な低温と高温の蓄積量が異なります。うめ研究所では、和歌山県の主力品種“南高”に必要な温度の蓄積量を明らかにし、開花予測モデルが作成されています。今後は他の品種の予測モデルを作成し、開花時期のずれを前もって予測できれば気候変動に対応した授粉樹の選定が可能になると考えられています。

 また、農産物の病害は外観を損ね、価格価値を下げてしまいます。梅の場合は黒い斑点が発生する黒星病(くろほしびょう)と呼ばれる病害があるのですが、この黒星病は病原菌の胞子が雨によって拡散し、果実に感染することで起こります。温暖化による集中的な降雨により今後発生が増加すると予想されています。うめ研究所では新品種開発のための交配で得られた苗を対象に、黒星病耐性を10年間にわたって調査した結果、“南高”より2倍強い耐病性を持つ新品種を開発、“星高(せいこう)”と名付け2015年に登録出願をしました。

 この“星高”の母親は“南高”なので品質が“南高”に近く、病気にも強いため減農薬栽培にも適しています。このため今後の有望品種として期待されています。

 このように、うめ研究所では個人や企業単位では取り組めないような長期的な視野に立った梅の研究が行なわれ、研究者と農家の方々とが近い距離で情報を共有し改善を重ねることにより、日本一の梅の生産地の農業を支えています。私たち食品会社の役割はこうした技術開発の努力によって育てられた心のこもった梅をしっかりと消費者へ伝えることだと思います。伝えることによりブランドをつくり、そのブランドが次世代の梅農家さん達の暮らしを支えることが日本の梅文化の継承につながると信じ、これからも走り続けたいと思います。

■関連サイト
チョーヤ梅酒

 

筆者紹介─菅 健太郎(すが けんたろう)

著者近影 ─菅健太郎

チョーヤ梅酒株式会社。神戸大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。チョーヤ梅酒入社後、国内で梅酒の販売に奔走するもBtoBビジネスにおいて、消費者に伝えることの難しさを知る。製造部にて梅への情熱に溢れる多くの生産者や技術者から刺激を受け、日本の梅を世界に広める新ブランド『蝶矢』事業を考案。現在、生産技術部門長を務めながら新事業立ち上げに向けて活動中。経済産業省“始動Next Innovator2016”選抜メンバー。

 

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