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地域創生・創業支援に足りない場作りを担う「ちいクラ」と「No Maps」

札幌初の地域クラウド交流会でクリプトンとサイボウズの社長が対談

2017年05月31日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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5月24日、札幌市内のエルプラザで「第1回 地域クラウド交流会」が開催された。札幌初開催を記念し、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏とサイボウズ代表取締役社長の青野慶久氏の講演が行われたほか、起業家達のプレゼン大会も盛り上がった。

3つの「クラウド」を冠した交流会が札幌で初開催

 サイボウズの地域クラウド交流会(略称:ちいクラ)は「地域をチームにする」というスローガンの元、展開されている地域創生・創業支援プログラムだ。起業家を生み出す場作りと、場を作るコーディネーターの育成を進める継続的な取り組みとして、2015年に千葉県でスタート。2016年8月にサイボウズの新規事業として正式にスタートしたものだ。地域クラウド交流会を開催したい自治体や地元企業、地域人材、金融機関が実行委員会を組織し、サイボウズが運営支援と運営のために利用するkintoneを提供するという形で進められる。これまで全部で39回開催され、累積で5200名以上の参加者となっている。

すでに39回を数え、全国5200人の参加者となっている

 ちいクラの「クラウド」は「クラウドコンピューティング」「クラウドファウンディング」「クラウドソーシング」などのCloud/Crowdに由来している。基本的には起業家の応援を通じ、地域活性化を目指す地元密着型イベントとして展開。毎回5人の起業家が自身の事業に対するプレゼンテーションを行ない、kintoneを介して参加者が投票する。そして、参加費の半分を原資とした獲得数分の商品券が創業支援のために送られる。また、コーディネーター育成も大きなテーマで、満足度アンケートが高くないと2回目以降が行なわれないため、主催者側もまったく手が抜けない。

 記念すべき40回目になる札幌では初の開催。支援プログラムの第一号として2016年からすでに4回開催されている釧路市のちいクラに参加したメンバーがぜひ札幌でもやりたいということで、自治体や地元企業を巻き込んで開催されたものだ。JR札幌駅近くにあるエルプラザにはセミナー会場を埋め尽くす280人を超える関係者が集まった。

エルプラザを埋め尽くした280名以上の参加者

 イベントでは、地域クラウド交流会の説明や交流タイムのほか、5人の起業家達が3分プレゼンを披露。地元の情報発信メディアや若者の動画コンテンツ、体験型の企業研修、地元素材を使ったドッグフード、子供が集まれるゲストハウスなど、短い時間に思いを込めて、アピールを行なった。参加者はkintoneを用いた投票システムを用いて、イベントの最後に投票結果発表と商品の授与が行なわれた。

クリプトンとサイボウズが共通する「エコシステム」と「オープン性」

 今回はイベントに先立って地元企業であるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏とサイボウズ代表取締役社長の青野慶久氏による特別講演も開催された。

 先着で集まった参加者で会場は満員。しかし、開始時間が迫り、現れたのは伊藤氏だけだった。実は青野氏は千歳空港からそのまま電車で札幌に来ればよいのに、なぜか南千歳で釧路行きに乗り換えてしまったという。伊藤氏が軽く自己紹介からスタートし始めたところ、申し訳なさそうに青野氏が会場に到着。青野氏は「時間に余裕があったので、折り返せばいいと思ったら、次の駅がトマムで1時間止まらなかった(笑)」と北海道の広さを知らない苦しい言い訳で会場を沸かせる。

 さて、初音ミクの産みの親であるクリプトン・フューチャー・メディアは、大学職員だった伊藤博之氏が1995年に起業。「音で発想するチーム」をスローガンに音に関する事業を続ける中、2007年にヤマハの歌声合成エンジンを採用したソフトウェア「初音ミク」が大ヒット。ルールを守ることを条件として2次創作を解放した初音ミクはボーカロイドのまさに代名詞となり、ネットの新しいUGC市場を生み出した。

クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役社長 伊藤博之氏

 伊藤氏は、釧路の近くにある標茶町の出身。クリプトン自体も札幌で活動しており、地元への貢献を惜しまない。北海道を応援するキャラクターとして初音ミクの派生キャラクターである「雪ミク」を展開し、さっぽろ雪まつりで雪ミクの雪像を作るなどしている。また、地元のクリエイターが集まるカフェ、シメパフェ文化を推進する札幌パフェ推進委員会、札幌への移住者を応援する札幌移住計画など、地元を盛り上げるプロジェクトに深く関わっている。

 青野氏は、会うのが2年ぶりになるという伊藤氏について「世の中のコンテンツ産業をインターネット型にシフトしたすごい人。今までのようにコンテンツを囲うのではなく、開放してマーケットを作った。こういう会社が北海道にあるんです」と高く評価しつつ、自身とサイボウズについて簡単に紹介する。

サイボウズ代表取締役社長 青野慶久氏

 青野氏は愛媛県松山市の出身で、子供が生まれるたびに長期の育休をとるイクメン社長をしておなじみ。2017年で設立20周年目を迎えるサイボウズは、長らくグループウェアを専業で手がけており、現在は12拠点で650人規模にまで成長している。

 サイボウズは「世の中にチームワークをあふれさせる」ことを目的としており、株主総会でも利益は最低限しか確保しないことを明言している。「もっと楽しく働いて、成果出せるようなそんな世界を実現するため、チームワークをあふれさせることを目的にしている。だから、サイボウズ自体を大きくすることにはこだわっていない。これが(所帯も大きくないのに、市場をリードしている)クリプトンに共感する点。いかに自社で囲まないか、エコシステムに開放していくかを考えている」という。こうした中、日本全国の地域コミュニティが衰退を迎える中、地域でのチームワークの再生を目的に取り組んでいるのがちいクラになる。

札幌の雪まつりの雪像はもともとUser Generated Contents

 自己紹介を終えた青野氏はさっそく「起業まで進むクリエイターはいるのか?」という質問の口火を切る。すると伊藤氏は「趣味でイラストを描いたり、音楽を作っていたら、初音ミクのプラットフォームでプロになった人は何人もいる」と語る。クリエイターに門戸を開くという意味では、初音ミクは単なるプロダクトではなく、市場を切り開いたというのは間違った表現ではないだろう。

日本のクリエイターのレベルの高さ、層の厚さについて語る伊藤氏(左)

 海外との比較はどうだろうか? 「海外にもクリエイターはいっぱいいますが、日本人は変です。発想力が強烈だし、アマチュア層の厚さがすごい。いい意味で、おかしいです」と伊藤氏は指摘。狭い国土の、狭い部屋に、整然とモノを整理させる国民性がこうしたクリエイティブな国である日本を支え、札幌のような自治体でも市民のクリエイティビティを応援する気質がある。「雪まつりだって、もともとは大通公園に廃棄された雪でなんか作ろうかというのが起こり。その意味では、雪像はUser Generated Contentsなんです」と伊藤氏は語る。毎年9月に開催されているさっぽろオータムフェストも、広大な北海道のさまざまな特産物を一気に集めようという点では同じような試みだ。

 とはいえ、青野氏は単に北海道や札幌をお花畑的に褒めちぎりに来たわけではない。まずは「日本全国で面白いものはいっぱいあるし、職人さんは多いけど、プロデューサーが不在で、対外的な情報発信が下手というジレンマがある」と概説。札幌についても、「これだけブランドがあって、インバウンドビジネスで儲けていくにも絶妙なポジションにいるのに、福岡の方が盛り上がっている感じ。地元は保守的とか、ネガティブな意見が聞こえる」と、本来のポテンシャルを生かし切れていないと指摘する。

 さらにイクメン社長の青野氏は、1.03%という札幌市の出生率について「低すぎますよね。希望出生率は1.8とかでしょうから、子育てしにくいまちになっているということですよね」と突っ込むと、伊藤氏は若年層が少ない点を指摘。「大学進学と就職のタイミングで流出するタイミングが2回ある。男性が出て行ってしまうので、北海道は女性が多い」と伊藤氏は語る。

 しかし、課題が山積している地方には、さまざまな機会が埋まっているという。これは二人で共通した意見。伊藤氏は「残りたいけど、仕事がないという人は起業すればいいのに」、青野氏は「課題が多いということは、それだけ解決すべきチャンスが多いということ」と語る。人口200万人のまちなら、どこかに新しいことをやりたい人がいるのに出会う機会がないというのが現状。「いろいろなものが上から落ちてくるだけで、長老がいて、飲み会でも好きなところに座れないとか。既存のコミュニティはもはや面白くなくなっているということです」と青野氏が指摘する。

北海道版SXSW「No Maps」が狙う新産業のための出会いと技術の開拓

 伊藤氏は、開発のために予算が振ってくる北海道では、営業しなくても、仕事があると指摘。これは開発前提の時代からシフトする中で、大きく変革していく必要がある点だという。その反面、予算を共有するという意識があるため、敵対やしがらみ、派閥が比較的ないという点もあるという。この2つをうまく活かしていくことが今後の取り組みの鍵だという。

 こうした「つながる場所」という文脈の中に、ちいクラがあり、伊藤氏が実行委員長を務める「No Maps」があるという。No Mapsは札幌版のSXSWといえる地元密着型イベントで、第0回の昨年は映画祭と音楽フェス、インタラクティブのイベントを市内で分散的に開催した。「まちのあちこちで開催することで、興味のある人だけじゃなく、興味のない人も強制的に参加させてしまう。AIのカンファレンスとかも、役人や普通のサラリーマン、学生などに知ってもらう」と伊藤氏は語る。

昨年第0回が行なわれた地元密着型イベント「No Maps」

 今年の10月に開催される第1回には、自治体や地元企業など多くがスポンサーに名前を連ねており、北海道ならではの「しがらみのなさ」がプラスに働いている。目指すのは、人々の出会いを加速し、新しい産業を生み出すこと。「たとえば、自動運転車の実証実験とかどんどんやればいい。単に地元の企業がなにかをやるのではなく、東京や大阪の会社に実証実験いっしょにやりましょうといいやすいと思う」ということで、「技術の開拓」ができる北海道をどんどん盛り上げたいと抱負を語った。

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