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“ゼロ”から立ち上げた育成プログラム「社会全体のモデルケースを目指す」

高専初「サイバーレンジ」も、都立産技高専のセキュリティ人材育成が目指すもの

2017年05月29日 07時00分更新

文● 谷崎朋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 4月4日、東京都立産業技術高等専門学校の品川キャンパス(以下、都立産技高専)において、サイバーレンジの内覧会が行われた。「サイバーレンジ(Cyber Range)」とは、疑似的なサイバー攻撃シミュレーションを体験しながら、攻撃の手口や防御方法を学ぶ実践的な演習システムだ。防衛省や企業、大学などでも採用が進む同システムを、高専で3年生から3年間、常設講義として実施するのは同校が全国初となる。

サイバーレンジ演習の教室で行われた「内覧会」の様子

 今回の内覧会には「情報セキュリティ技術者育成プログラム」の履修生たちも参加した。都立産技高専では、昨年からスタートしたこの育成プログラムを通じて、これからの社会が必要としているサイバーセキュリティ人材の育成に、積極的に取り組んできた。

 本稿では、この育成プログラムを立ち上げ、運営してきた指導教員や、自らセキュリティ啓蒙イベントを企画、実施した履修生たちに話を聞き、そのチャレンジの裏側を追った。

攻撃シナリオに基づいて「手を動かす」サイバーレンジを授業に導入

 まずは冒頭でも紹介した、サイバーレンジシステムの導入について紹介しておこう。

 都立産技高専が導入した「CYBERIUM」は、小規模環境から大規模環境まで(仮想CPUコア数10~1000)幅広い演習環境に柔軟に対応し、攻撃シナリオに基づいて、基礎から応用まで手を動かしながら学ぶことができる。具体的に学べるスキルは、攻撃手法や攻撃の特定、防御/対策の方法、マルウェア解析などだ。

 ものづくり工学科、電子情報工学コースの情報セキュリティ技術者育成プログラムの履修生は、3年間、最新の攻撃シナリオを取り上げた演習で基礎力や実践力を強化し、最終的には自ら仮想イントラネットワークの構築や、演習シナリオの作成までできるようになることを目指す。そのために、コンピューターやネットワークの仕組みを含む全体視野でセキュリティを考える力を養う。

 学生のスキル取得状況は「成長スキルマップ」にマッピングされ、学生の得意分野や補強が必要なジャンルを可視化してくれるため、教員はそれに応じて教材を選ぶことができる。同校にはCYBERIUM用のサーバーラックが1セット設置されたほか、ノートPCは、講義を受ける学生全員に行き渡るよう、サイバーレンジシステムにのみ接続できるマシンとインターネット接続用マシンが、それぞれ25台ずつ用意されている。

サイバーレンジ演習用のサーバーラック

演習で学生が使うノートPCを保管するラック

 この日、情報セキュリティ技術者育成プログラムの履修生を含む参加者たちは、CYBERIUM構築に携わった富士通ラーニングメディアのセキュリティ教育総監督、佳山こうせつさんの解説に熱心に耳を傾けた。質疑応答では、授業外で自主的に学べるコンテンツはあるかという質問も挙がり、佳山さんは「たとえば夏休みの課題として、チームごとに作ったイントラ環境を互いに攻撃し合い、どう守るか考える演習を組むのも楽しい」と提案した。

 「ガジェットやツールはたくさんあるので、先生と相談しながら、みんなの実習環境を広げていきたい。サイバーレンジが良い経験の“場”ときっかけの“場”になれば嬉しい。これから学生たちと一緒にシステムを成長させていきたい」(佳山さん)

まったくの“ゼロ”から始まった育成プログラム

 それでは少し時間をさかのぼり、都立産技高専が立ち上げた情報セキュリティ技術者育成プログラムとはどんなものか、そしてなぜそれが必要だったのかについて見ていこう。

 情報セキュリティ技術者育成プログラムは、昨年(2016年)4月に開講した。講義は週2回、通年60コマ(1コマ90分)。通常のカリキュラムに“足し算”する形で組み込まれたため、他コースの履修生よりも授業数が多くなる。加えて、春休みや夏休み、放課後には警察庁やセキュリティベンダーなどの講話が開催されるなど、かなりハードなプログラムである。

 それでも学びたいと履修を決めた第1期生の現4年生は16名。加えて、今年4月からは14名が同プログラムに進んでいる。4年生の岩立稜佑さんは、履修の理由をこう述べる。「入学当初は、将来システムエンジニアやプログラマーになるんだろうなと漠然とイメージしていた。育成プログラムが開設されると聞き、セキュリティについて色々調べていくうちに、これこそ自分がやりたかったことだ、もっとちゃんと勉強したいと思うようになった。こんなに『何かやりたい』と強く思ったのは初めてだった」。

 同プログラムの立ち上げは「情報インフラの安全/安心を担保する技術者の育成において、都立産技高専がどう貢献できるか検討したことが始まりだった」と、指導教員の1人である小早川倫広さんは説明する。

東京都立産業技術高等専門学校の品川キャンパス

 都立産技高専は元々、2006年に東京都立工業高等専門学校と東京都立航空工業高等専門学校が統合してできた高専だ。機械システム工学コースや電子情報工学コースなどが品川キャンパスに、航空宇宙工学コースやロボット工学コースなどが荒川キャンパスに設置された。特に情報系の教員が揃う品川キャンパスで、コンピューターサイエンスをコアにセキュリティ教育を充実させたいと声が上がるのは必然だった。そうして2014年10月、渡辺和人副校長をヘッドに据え、小早川倫広さんを含む教員4名と事務員1名で、プログラム立ち上げプロジェクトがスタートした。

 とは言うものの、セキュリティ専門の教員がいるわけではなく、学習到達目標(スキルセット)をどう設定すればよいのか、そもそも何から手を付けるべきかが見えてこない。そこで、小早川さんと若手教員の1人である岩田満さんは、時間を捻出しては内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や企業、大学などへ出向き、セキュリティ教育に必要なものは何かを必死に模索した。サイバーレンジの存在を知ったのもそのときで、プログラムのイメージはより具体化されていったという。

 「2015年は1年間、話を聞きにひたすら歩いた」。そう振り返る小早川さんは、数々の助言を自分たちが目指すプログラムに落とし込み、予算確保で都立産技高専の設置者である公立大学法人首都大学東京の事務局などの説得に走り回った。かくして、情報セキュリティ技術者育成プログラムが完成した。

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