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「泊まれる本屋さん」、質素なのに若者が殺到する理由

2017年05月18日 06時00分更新

文● 待兼音二郎(ダイヤモンド・オンライン

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近郊在住のお客も
わざわざ泊まりにくる

 水族館や動物園のお泊まりツアーが人気を集めている。生き物たちと夜を過ごすという非日常体験が、それだけウケけているということだ。そして書店でのお泊まりイベントも、開催のたびに応募が殺到する状況だ。この流れを受けて、「本に囲まれて泊まれる」ことを売りにした宿泊施設が、日本各地でオープンしている。

 本好きの端くれであれば、出張や旅行にお気に入りの本を鞄に入れて、行き帰りの列車や宿でページを繰るひとときに至福を味わった経験があることだろう。そうした持参型の読書体験と、ブックホステルならではの宿泊体験はどこがどう違うのか? 施設を訪ね、経営者に取材をして考えてみた。

本に囲まれながら一夜を過ごせるとあって、旅行客はもちろん、東京近郊に住む本好きたちもわざわざ泊まりにくる、池袋の「BOOK AND BED TOKYO」

 このジャンルの草分けとなったのが、2015年11月に東京・池袋にオープンした「BOOK AND BED TOKYO」だ。開店から1年半ほどを経た現在でも人気が衰えるどころか、16年12月には京都の鴨川沿いに、17年4月末には福岡パルコ内に系列店を続々オープンさせる活況ぶりで、筆者も春先の金曜日に東京店を訪れてみたが、夕刻とあってかなりの盛況で、キャリーバッグ片手の女性客や、外国人旅行客が目についた。

 これはひと言でいえば、書棚に囲まれた本屋さんのような環境で宿泊できることを売りにしたドミトリー型の宿泊施設で、押し入れタイプや本棚一体型のカーテンで仕切る個室ベッドが用意され、後者なら平日3500円、休前日でも4500円(いずれも税別)という比較的リーズナブルな価格設定になっている。

 共同のシャワールームに無料Wi-Fi、オーブンレンジに湯沸かしポットなどもあり、都心に安く泊まりたいというニーズから見ても競争力はそこそこあるが、単なる安宿との決定的な違いは、閉店後の本屋さんを思わせる独特なムードの空間で本に囲まれる夜を過ごせることだ。

 書棚に3200冊の本が並んでいるほか(ぱっと見で洋書はその10分の1ほど)、壁際や窓側の長椅子の色合い、店内照明などにも意匠が凝らされ、本好き同士がリラックスして読書談義で静かに盛り上がれるエクスクルーシブな空間となっている。

 それもあってか、同店が公開している利用者動向は、多くの点で先入観をくつがえすものだった。まず男性3割に対して女性が7割を占めているほか、日本人・外国人旅行客の各33%に対して、都内近郊からの利用者も29%と、かなりの比率になっているのだ。これは宿泊の必要のない人がわざわざ泊まっているということであり、しかもその多くを女性が占めていることから、宿泊ニーズの掘り起こしという点でも興味深い。

古い温泉街にも
本に囲まれた宿泊施設が

 都市生活者が必要とする自宅や職場に次ぐ第三の居場所、すなわちサードプレイスとして評価されているということだ。これまでになかったお泊まり女子会の場と見ることもできるし、デイタイムのブックカフェとしての利用シーンまでも含めれば、本の宣伝の場としての価値も出てくる。

「BOOK AND BED TOKYO」の3店舗はいずれも大都市型の宿泊施設だが、古い温泉街の一角にひっそりとたたずむブックホステルもある。佐賀県の古湯温泉にある「泊まれる図書館『暁』」がそれだ。

佐賀県の古湯温泉にある「泊まれる図書館『暁』」。築110年の古民家を利用した宿だ

 建物は元美容院の古民家をリノベーションしたもので、明治末の建築様式も雰囲気作りに一役買っている。

 これは築110年の古民家を利用した宿で、縁側から陽射しが注ぐ、床の間や丸窓つきの書院造りの座敷に選りすぐりの書籍を重ね並べて、1日1組限定で、そこでの夜を過ごしてもらうというもの。ちいさな平屋の古民家とあって、宿泊のみの提供となり、風呂は歩いてすぐの立ち寄り湯(入浴券サービス)、夕食は事前予約か温泉街のスーパーなどで買っての持ち込みとなる(朝食は近隣のカフェの朝食券を進呈)が、そんな一見不利な条件下でも着実に客数を伸ばしている。

 宿泊料は、1名宿泊なら1万5000円だが、人数が増えるほど単価は安くなり、2名なら1人当たり9000円、4名なら1人当たり1万7000円といった具合だ(いずれも休前日には1人当たりプラス1000円)。また、デイタイムのカフェにも力を入れていて、冷めてもおいしい珈琲豆を福岡の専門店から仕入れて、本を片手にじっくり楽しみたいという、本好きならではの飲み方に心配りしている。

 この「暁」は、福岡市街でデザイン会社「カラクリワークス」の取締役を務める傍ら、本好きが昂じて「ひとつ星」という古本屋を14年に店開きした白石隆義氏が、読書好きにとってのさらなる別天地を作りたいという構想を発表し、クラウドファンディングで目標額を上回る186万円を集めたことで実現したもの。16年10月から営業している。

「都市型のホステルとは違って宿泊客を大勢集めて単価を下げることができず、また、間取りとの兼ね合いもあって、ゆったり過ごしていただくために『1組限定』は絶対に守りたい条件だったので、開業前には、お金に余裕のある50~60代の利用客が多くなるのではと予想していたのです。ところが、実際には20~30代が中心で、男女比では4:6ほどで女性が多くなっています」(白石氏)

温泉×本の組み合わせに
若者が価値を感じる

 なぜそうなったのか?その理由を白石氏は、宿泊に対する価値観の違いが原因ではないかと分析している。

 中高年が旅館全般に求めるのは名湯や、山海の珍味、客室の眺めと快適さなどだ。そんな価値観からみれば、「暁」は、いわゆるベッド&ブレックファスト・スタイルにしては割高な宿と映るかもしれない。しかし、選りすぐりの本に囲まれて1日を過ごすという付加価値は、他の宿泊施設には求めるべくもないものだ。

 さらに、風呂と朝食のために外に出なければならないという、一見マイナスの要素も、温泉街と宿を一体化して味わうことをプラスにとらえる感性を刺激できれば、プラスの価値観にも転じうる。そこに魅力を感じてわざわざ泊まりに来る若者たちがいるということに、この業態の可能性を感じる。

 白石氏は「暁」の構想段階で九州北部一帯の温泉地を訪ねまわった。そして古湯温泉を選んだことには理由がある。温泉街の人たちが、一緒にこの街を盛り上げていこうと温かく迎えてくれたことが何より大きいが、寂れかけた温泉街に新たな見どころを作り、「温泉×本」の相乗効果で町おこしにつなげたいという思いもあったからだ。

日差しが注ぐ縁側。開業前には、50〜60代 の利用客が多いのではないかと踏んでいたが、ふたを開けてみれば、20〜30代が中心だという

 筆者も本好きの端くれだが、ブックホステルという新たな業態がなぜここまで受けているのかが正直、腑に落ちない部分もあった。旅先で読みたい本が決まっているなら、その本を既存の宿に持ち込めばよいだけではという思いがあったのだ。

 その疑問を白石氏にぶつけると、帰ってきたのは意外な答えだった。

「それは、本をひたすら読み耽るための場所をイメージされているからだと思います。わたしたちが提供しているのは、本好きがすばらしい本と出会える場所、本に囲まれて幸福な時間を過ごせる場所です。ですから、1冊の本に深く向き合うというよりは、むしろ魅力的な本がいろいろとありすぎて目移りするうちに時を忘れてしまう、そんなお客さんの声のほうが大きいですね。『暁』は湯治の伝統のある温泉街という立地を生かし、『温泉×本』で宿泊体験を高めていますが、そのようにロケーションの特色を十二分に生かすことが不可欠だと思います。本のセレクションを極めるだけではいけないのです」(白石氏)

 ちなみにWeb検索してみると、この業態は海外では見当たらず、どうやら日本オリジナルの発想であるらしく、その点もまた興味深い。

 先にも触れたが、ブックカフェとしての利用シーンも含めれば、本の宣伝の場としての価値も見いだせよう。ネット書店の利便性に押されてリアル書店がショームーム化している現状に照らせば、単に本を探すだけでなく、本を巡って語らえるこのような場は、出版社主催の著者サイン会や宿泊型セミナーの会場としても活用可能だろう。

 ただし、消費者の興味は移ろいやすいものだ。ブックホステルでの宿泊体験が今放っている希少価値が、未来永劫輝き続ける保証はない。リピーターをつなぎとめ、新たな宿泊客を掘り起こすには何が必要なのか、今後もこの業態をウォッチしていきたい。

(待兼音二郎/5時から作家塾(R))


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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