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猟師の「勘」をkintoneで地域の「集合知」に

畑を荒らすイノシシに情報戦で挑む、島根県益田市二条地区

2017年04月18日 09時00分更新

文● 重森大

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山あいの小さな集落では、鳥獣害対策に頭を悩ませることが多い。自家消費のために小さな農園を営んでいるような家庭も多く、売り物を作る農家のように積極的に防護策にコストや手間を投じたがらないという事情もある。そうした地区のひとつ、島根県益田市二条地区。山口との県境にある益田市の中山間部にある小さな集落だ。ここもイノシシやサル、シカの被害に悩まされていたが、猟師と地域住民が協力し、情報共有を進めることで効果的な対策を展開しているという。同地区を訪ね、話を聞いてきた。

被害がなければイノシシもサルも害獣ではない

 筆者が話を伺ったのは、益田市二条地区に住む竹田尚則さんだ。本業は測量士で、2000年に同地区に事務所を構えて開業している。祖父の代から猟師で、竹田さん自身も狩猟に必要な免許や道具を持ち、実際に猟に出ることもある。多くの猟師が獲物を自家消費するが、竹田さんは食肉処理業と食肉販売業の許可も得ており、自分や仲間が獲ったイノシシやカモ等の肉の販売も手がける。「じいさんの代から猟師をしよるが、四半世紀前くらいからイノシシが増え始めて、環境が変わってきた」(竹田さん)。害獣駆除の状況について尋ねると、竹田さんはこう話し始めた。畑の被害が増え始めた当初は、被害を出すイノシシを殺すために猟師が駆り出された。竹田さんの父親も、イノシシ退治に協力を惜しまなかった。

 「けど、どうも無駄な殺生しよるなあという気がしてしかたなかった。家畜以外の食肉処理、販売業の許可を持っとるけん、できるだけ命を無駄にせんよう食肉販売を始めたけど、そもそも殺す数を減らすことも考えんといけんと思うとった」(竹田さん)。

 害獣とは、人に害をなす獣という意味だ。人里に被害を出さなければ、他の野生動物と同様、駆除する必要はなくなる。「被害があるけん殺せという考え方から、防除を重視して被害が出んようにする。そうすればイノシシもサルも害獣じゃなくなる」と竹田さんは言う。しかし、その考えを浸透させ、さらに実行に移して効果を生み出すのは簡単ではなかった。

益田市二条地区の猟師・竹田尚則さん

防除の効果を知ってもらい、自己管理の意識を高めるための工夫

 防除の考えを浸透させるのが難しいのは、ITに少しでも知見のある読者なら想像がつくだろう。セキュリティ対策にコストが回らないのと同じことだ。被害にあってからイノシシを撃ち殺すのは、効果が見えやすい。一方で防除がうまく機能しているかどうか、その効果を実感してもらうのは難しいのだ。

 「1年目は全然浸透せんかった。道具だけあっても正しい使い方がわからんし、効果がわからんことに金やら手間やらかけてくれん。まず使い方の手本と効果を見せんといけん」(竹田さん)。竹田さんらは、公民館裏に電気防護柵の見本を設置した。また、実証に協力してくれた人たちの畑にも同じように防護柵を設置して、時を待った。

 そしてある日、近隣の畑が荒らされ、手塩にかけた作物をほとんど食い散らかされる被害が発生する。電気防護柵を設置した畑だけは、無事だった。一目でわかる効果に、被害を受けた人たちが次々と電気防護柵を設置し始めた。実証に協力してくれた畑や公民館裏の防護柵は、正しい設置例としても活用されるようになった。

 「イノシシが悪い、サルが悪いと言うだけじゃなく、被害が出るのは自己管理が足りんからという風に少しずつ意識を変えてもらった。そうした上で、次は二条地区にイノシシやらサルやらが近寄らんようにする作戦に取りかかった」(竹田さん)。

 重要なことは、野生動物の住む世界と人間の住む世界との境界をはっきりさせることだという。具体的には、野生動物が入り込もうとしたら煙火や威嚇射撃で追い返すこと、人が管理していない果樹をなくすこと。野生動物の動きを知らなければ効果的な対策を打てないこれらの作戦において重要なのは、情報戦略だ。そこで取り入れられたのが、kintoneだった。

猟師の経験と勘をkintone活用で地域の共有知に

 イノシシやシカなどを追ってきた猟師たちは、野生動物の動きを経験的に知っている。自分だけが知っている狩場の情報は、従来他人に教えるものではなかった。しかし二条地区の害獣被害をなくすためという目的のため、猟師たちは団結を進めていた。

 「イノシシやらシカやらは、ワタリと呼ばれる尾根づたいに移動しよる。その場所をベテラン猟師は知っとるけど、若い猟師には教えんのよ。自分で経験して学ぶものやけんな。それを、二条地区では全部明らかにしてもらえた。猟師の後継者が減ってきたことへの危機感もあったと思うけど、害獣被害を減らすっちゅう目的のために協力してくれたんやな」(竹田さん)。

 野生動物の移動経路だけでは、まだ情報が足りない。イノシシやサルが今どこにいるのかという情報と組み合わさって、始めて大きな武器になる。目撃情報を地図に落とし込み、それぞれの動物の移動経路と組み合わせて見れば、次に出没する場所を予測できるようになる。

 「明日あたりうちの地区を通るなっちゅうことがわかれば、煙火やら鉄砲やら準備して追い返すことができる。これを繰り返せば、あいつらは危ない地域を避けるように移動経路を変えよるんよ。最後は、うちの地区を通らんようになるはず」(竹田さん)。

 この作戦が効果を上げるためには、情報の数と精度、そして共有のスピードが求められる。「紙の地図に情報を集めても、それは過去の情報の集約にしかならん。今の情報をすぐに見えるようにせんといかん」と竹田さんは言う。Kintoneが力を発揮しているのが、この場面だ。

 地域住人には、動物の目撃情報や鳴き声を聞いたという情報を積極的に挙げてもらう。それを竹田さんらがkintoneに集約して、猟師が対応する。各公民館のモニタで気軽にチェックできるようにしてあるので、近隣の畑の持ち主も、重点的に対策すべきタイミングがわかり、防除の効率も高まった。

自分たちでやるという意識、身の丈にあったツールがkintoneだった

 「まだ実証期間で、今年(2017年度)から徹底的にやっていこうと言うとるけど、もう効果は出始めとる。うちの地区の被害が減った代わりにこれまで被害の少なかった地区に影響が出始めた。動物がうちの地区を避けて移動経路を変え始めたっちゅうことよ」(竹田さん)。

 もちろん、自分の地区の被害がなくなればそれでいい、という訳ではない。今は近隣地区からも手法を学びに来る人が増えた。その場合は手法や知見を惜しみなく公開しているという。防除を徹底するエリアが増えれば増えるほど、人間の住む世界から野生動物を追い出して山の周りに包囲網を築ける。実績を広めて、情報共有を含めた協力体制が大切だ。

 「近隣地区から援助の要請があっても、対応しやすうなった。GPSで情報が上がって来て地図に表示されれば、自分の知らん山でもスマートフォンの地図だけで行けるようになったけんな」(竹田さん)。

 こうした活動に携わっている猟師は、竹田さんを含めてみなボランティアだ。自分たちの地区を守り、近隣地区にも協力し、手弁当で鳥獣害対策を進めている。情報を自分だけの物にせず共有し、情報を活用して対策を打ち続けていかなければ、いずれは自分たちの身に被害が降りかかるとわかっているから、猟師も危機感を持って取り組んでいるのだという。

 Kintoneによる移動経路追跡だけではなく、猟師としての技術継承も活発化しているとのこと。かつては長年かけて自分で掴み取るものとされた狩場の情報や狩猟のコツなども、年配の猟師が若手猟師に包み隠さず教えるようになった。おかげで、3年はかかると言われるわな猟で、1年目の若手が獲物を捕らえることもできたそうだ。

 「行政が必死になっても、地区の人が情報やら対策やらの重要性を知らんと、効果的な対策なんかできん。逆に行政に頼ろうっちゅう考えを捨てて自分らで地区を守らなって考えるようになれば、情報も共有するし、自然と協力体制もできてくる」(竹田さん)。

 情報共有にITは便利だけど、大仰なものも特別な機能もいらない。高齢化が進む猟師でも使える柔軟性、小さな自治体でも導入できる手軽さの方が重要だ。その点でkintoneは二条地区の要件にマッチしたのだろう。もちろんITは鳥獣害対策の一部を担っているに過ぎないが、「情報を共有すれば効果を高められる」という実績を地域の人々に実感してもらう入り口としても機能したのではないかと、竹田さんの話を聞きながら考えさせられた。

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