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しまなみ海道が「サイクリストの聖地」になった理由

2017年02月23日 06時00分更新

文● 待兼 音二郎(ダイヤモンド・オンライン

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国内のみならず、海外からも多くのサイクリストが訪れるしまなみ海道。「サイクリストの聖地」となった背景には、愛媛県知事を始めとする行政側の努力があった。

3年で自転車通行量は倍増
「サイクリストの聖地」に

 広島県の尾道から愛媛県の今治まで、8つの島々を9本の橋でつないだ「瀬戸内しまなみ海道」(以降「しまなみ海道」)は、国立公園でもある瀬戸内海の多島美が味わえることから「サイクリストの聖地」として、いまや国内のみならず海外からも多くの人が訪れるまでになっている。

国内のみならず、外国人からも人気があるしまなみ海道。自動車道の脇に、自転車道が整備されているというインフラの充実度ももちろんだが、知名度アップに貢献したのは周辺県や市の尽力がある

 広島県尾道市では、2014年に同市を訪れた観光客のうちサイクリング客が13万2535人、外国人が13万1646人と、それぞれ前年から45%、40%の大幅増となった。

 そして愛媛県今治市の外国人宿泊客数も、14年が1万953人と、前年の1.5倍、3年前の1.8倍に伸びている。また、しまなみ海道沿線の15年の自転車通行量も、3年前からほぼ倍増したことが判明している。まさしくうなぎ上りの好調ぶりだ。

 世界遺産、小京都、昭和レトロ、美肌の湯…日本全国の自治体や地域が、そうした売り文句で集客を試みている。近ごろではご当地グルメや、映画ゆかりの“聖地”など、一風変わった切り口も増えてきた。しかし、サイクリングを売りにしてここまで成功した例となると、はたして他にあるだろうか?

 ひと口に「しまなみ海道」と言っても、全線を走れば70kmほどにもなる長大なコースだし、広島県尾道市・愛媛県今治市間の県境という行政の壁が全行程のほぼ中央に存在する。加えて、サイクリングの楽しみ方は本格的なロードバイクでのスポーツ走行から、シティサイクル(いわゆるママチャリ)での散歩感覚の寄り道走りまで、それこそ千差万別だ。安易なアイデア先行の観光振興策では、確実に失敗しそうな事案とも思える。

 しまなみ海道の成功は、行政の壁を越えた自治体間の協力や、民間の活力を柔軟に取り込む気風があってこそのものだ。現在の成功に至る経緯を、関係各氏に聞いた。

インフラは充実していたが…
開通当初の知名度は低かった

 しまなみ海道(西瀬戸自動車道)は、瀬戸中央自動車道、神戸淡路鳴門自動車道に続く本四架橋の3本目のルートで、1969年に3ルートの着工が決定して以降、75年12月着工、79年5月供用の大三島橋を皮切りに7つの橋が順次着工され、99年5月に最後の3橋がつながって開通となったものだ(各島内自動車道の建設が終わって尾道~今治間の全線が高速道路でつながったのは2006年4月)。

 本四架橋の他の2ルートとは違い、広島県の向島、因島、生口島、そして愛媛県の大三島、伯方島、大島と、住民の多い島と島をつなぐ生活道路を兼ねるものとして計画されたため、自動車道とは分離された原付・自転車・歩行者道が、それぞれの橋に最初からついてきたのが大きな特徴だ(新尾道大橋のみはこれが存在せず)。

 そのため、橋~島内のサイクリング道は、広島県側が1980年から、愛媛県側が89年からと、早い段階から部分的に開業しており、99年5月の自動車道開通と同時に、尾道~今治間の「瀬戸内海横断自転車道」も全通。各島に拠点を配してのレンタサイクル事業も広島県側と愛媛県側の両方で始まった。

 このように当初からインフラはある程度充実していたのだが、99年の開通時点では、しまなみ海道の知名度は自転車愛好家の間でもまだまだ低かった。首都圏や京阪神から遠く、サイクリストへのアピールに課題があったのだ。

 しかし、ここで光るのは、当初からレンタサイクルでの橋をまたぎ、県境をまたいでの乗り捨てが可能だったことだ。それには、68年に姉妹都市となって以来の尾道市と今治市の活発な交流が素地としてあった。

「今治市は2005年1月に、尾道市は06年1月に、いわゆる平成の大合併で現在の市域になったのですが、それ以前には島ごとに自治体がひとつ、あるいはふたつという程度に分かれていました。しかし、姉妹都市交流を取っ掛かりにした瀬戸内しまなみ海道振興協議会(愛媛・広島両県知事が顧問)を県をまたいで結成し、意見交換をするなかで、11年度頃からしまなみ海道という資源を活用し、自転車による観光振興に取り組もうという機運の高まりや共通の目標が生まれました。ただし、近年の大きな流れを作ることができたのは、現愛媛県知事のおかげです」(今治市観光課サイクルシティ推進室 中田尚雄氏)

愛媛県知事の尽力で
周辺自治体との協力が加速

 当初は、しまなみ海道はあくまで道路という位置付けで、観光資源たりうると考える人は少なかった。しかし、前述の意見交換などを通じてその着眼が広く共有され、自治体や県をまたいでの協力態勢が出来上がったのだ。

 そのキーパーソンとなったのが、サイクリングによる観光振興を先導していった中村時広・愛媛県知事だ。10年にに就任した中村知事は「愛媛マルゴト自転車道」という構想を打ち出し、しまなみ海道を有する菅良二・今治市長とタッグを組むことで、しまなみ海道を「サイクリストの聖地」に、そしてその効果を県全域に広げようとしている。

 また、07年に就任した平谷祐宏・尾道市長も、就任初年に自転車用品メーカー・シマノを訪ねて協力を取り付けるなど精力的で、さらにマウンテンバイク愛好家でもある湯崎英彦・広島県知事も加わり連携が加速。県境の垣根を越えての協力態勢がますます緊密になっていった。

 そして何より大きいのは、世界的自転車メーカーGiantの創業者で会長(当時)の劉金標氏が、12年5月にしまなみ海道を訪れ、みずから自転車で走破したことだ。これを機に人気は世界的なものとなった。

 しまなみ海道のサイクリング環境で特筆に値するのは、前にも述べたように公営のレンタサイクルターミナルが各島にあり、橋をわたり、県境を越えての乗り捨ても可能なことだ(追加料金が必要)。一般的な観光地のレンタサイクルでは近所のひと回りがせいぜいだが、おかげで多彩なコース設定が可能になった。

提供:瀬戸内しまなみ海道振興協議会
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 さらにレンタサイクル利用者数増加の追い風となったのが、ジャイアントストアの開店だ。そのジャイアントストアは12年4月に今治店、14年3月に尾道店がオープンし、アルミやカーボンのロードバイクのレンタルまでが広く可能になった(他に、THE RED BICYCLES ONOMICHIという尾道のショップでもレンタル可能)。東京や大阪から愛車を輪行袋に入れて運ぶのは億劫になりがちだから、本格的なロードバイクが現地で借りられて、片道だけの乗り捨て利用(こちらも要追加料金)も可能というのは、需要喚起効果が絶大だ。ロードバイクの潜在ユーザーへの試乗機会提供という側面でも優れている。

JR四国や佐川急便…
民間企業もサービスを強化

 ただし、しまなみ海道へのストア出店は、最初から決まっていたわけではない。その契機となったのは、Giantの劉会長がかねてから抱いていた「日本で走りたい」という思いだった。

「Giant Japanが候補地を日本全国で検討し、いくつかのコースの資料を揃えて、北海道にしようかという話になっていたのです。ところがそこに、11年3月の東日本大震災が起きてしまい、計画が仕切り直しになりました」(ジャイアント 広報・PRイベント担当 渋井亮太郎氏)

 そこで浮上したのがしまなみ海道だった。渋井氏自身が08年に走ったこともあり、自転車走行の妨げとなりがちな海からの風も東京湾岸よりもむしろ穏やかなほどであることから、11年11月に現地を視察。それからわずか2ヵ月での出店決定となった。そして12年5月には、前述のように劉会長が来日し、しまなみ海道を走破した。

「JR四国さんが非常に協力的でして、おかげで駅構内という絶好のロケーションにストアを開店できました。賃料や儲けなどよりも、一緒に自転車文化を盛り上げることを重視してくださった結果です」(渋井氏)

JR四国の駅構内にあるジャイアントストア。民間企業が協力的なことも、サイクリストたちの呼び込みに役立っている

 民間企業同士が互いに協力しあっていることも、しまなみ海道の特徴であり強みだ。客室に自転車を持ち込めるようにしているホテルも多いし、佐川急便は「しまなみ海道手ぶらサイクリング」と銘打って、前夜泊のホテルから当日泊の宿まで荷物を当日配達するサービスを展開している。

 また、今治の四国本島側にあるサンライズ糸山や今治側のしまなみ海道沿線の道の駅などには、700cサイズのタイヤチューブ自動販売機まである。いずれもサイクリストのニーズをきめ細やかに汲んだものだが、自転車に乗らない人にはなかなか気づけない要素もあり、心遣いに感心するばかりだ。

 民間サイドが何かに挑もうとする際に、それを阻む壁になりがちなのが行政サイドだ。ところがしまなみ海道では、広島県側と愛媛県側が県を超えて手を結び、まず、愛媛県がサイクリストの聖地化という大方針を打ち出し、広島県がこれに同調した。そしてそれをベースに民間がアイデアを出し合い、もてなしの心がさらに一段上のもてなしを生む好循環が出来上がった。観光振興の成功例として、大いに参考にできるのではないだろうか。

(待兼音二郎/5時から作家塾(R)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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