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トランプ大統領が恫喝してもアメ車が日本で売れない理由

2017年02月10日 06時00分更新

文● 井元康一郎(ダイヤモンド・オンライン

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2月10日から日米首脳会談が始まる。これまでトランプ大統領は日米の貿易不均衡の問題を取り上げ、ツイッターなどで日本の自動車メーカーを批判しており、これからも日本にアメリカ車の輸入を迫ると見られている。日本の自動車メーカーの経営陣にとっては、かつての日米貿易摩擦を彷彿させるような悪夢だ。もっとも、トランプ大統領がいくら恫喝したとしても、今さらアメリカ車が日本では売れると本気で思っている人は少ない。(ジャ-ナリスト 井元康一郎)

トランプ大統領に
翻弄される日本の自動車業界

「アメリカでは日本車が大量に走っているのに、日本ではアメリカ車はほとんど走っていない。不公平だ」――。

 ドナルド・トランプ大統領のこの文言に、日本の自動車業界は翻弄されている。

 日本側からは当然反論が噴出している。アメリカは自動車輸入に関税をかけているのに、日本はかけていない。アメリカで販売されている日本車の多くはアメリカで生産され、経済活性化や雇用創出に貢献している、等々。メーカー各社の首脳は決算会見などの席上で、「日米首脳会談でトランプ大統領にそのことを理解してもらえることを期待する」という趣旨の発言を行っている。

 自動車貿易で、日本側が不利なことこそあれアメリカ側にはないというのは至極正論だ。また、日本とアメリカでは国情があまりにも違いすぎ、アメリカ車が合わないというのも事実だ。だが、それを主張してトランプ大統領の理解を得ようというのは、いかにも外交下手の日本らしい、きわめて有効性の薄いやり方だ。

 世界各国のメディアがアンチトランプキャンペーンを張っている影響か、トランプ大統領はそういったバックグラウンドも知らないままモノを言っていると本気で信じている人が多い。大手新聞の社説でもそういう論調のものが日々出ている。

 しかし、ここは冷静になる必要がある。日本メーカーがアメリカで大規模な現地生産を行っているということは、ちょっと経済に関する知識を持っている人なら誰でも知っている。その程度のことを、タフネゴシエーターとして名を馳せた彼ほどの実業家が知らないということなどあり得るわけがない。

 トランプ大統領はそんなことは百も承知で無理難題を吹っかけていることはまず間違いない。そこに日本の正論を投げかけたところで「おお、そうだったのか。自分が認識不足だった」などという答えは出てこないだろう。

 TPP(環太平洋経済連携協定)からアメリカが離脱したことに伴い、これから困難な二国間交渉を行わなければならくなった日本側としては、なるべく波風を立てずにトランプ大統領の顔を立てておいたほうがいいという事情もある。

フェラーリより売れない
惨憺たるアメ車販売の実績

 トランプ大統領がゴリ押しする貿易の“結果平等”を実現する一番簡単な手は、アメリカにさらに投資して生産能力を拡大し、日本で売れているクルマの生産をアメリカに移管して日本に輸入するようにすることだ。市場規模からみて、アメリカへの輸出台数の3分の1も輸入できれば格好がつく。が、そんなことをしたら今度はただでさえ生産台数維持に四苦八苦している日本がボロボロになってしまう。

 日本側にとって傷が浅く、アメリカ人も大いに溜飲を下げられそうなのは、日本でアメリカ生産のアメリカンブランド車が一定数売れること。妥当性ではこれが一番なのだが、間の悪いことに、ハードルが最も高い道でもある。

 事実、アメリカ車の日本での販売は惨憺たるものだ。

 唯一、商売になっているものといえばフィアット・クライスラーのジープブランドだけ。GMはキャデラック、シボレーがそれぞれ月平均で50台程度と、スーパースポーツ専業のフェラーリより売れていない。フォードに至っては昨年、日本市場から撤退し、日本法人も解散ずみという有様である。

 ブランドイメージが低いこと。クルマがそもそも日本の道路事情や顧客の嗜好に合っていないこと。故障や工作不良が多かったという昔の粗悪品質のイメージを引きずっていること。加えて、日本と本国での販売価格差も欧州ブランドに比べて大きめ――と、いい材料が見当たらない。このアゲインストの風に逆らって、果たして日本でアメリカ車が売れるようになることはあるのだろうか。

 実は、アメリカ車にそのポテンシャルがまったくないわけではない。日本市場で販売が好調な輸入車は、日本車と異なる特質を持っているものが多い。日本メーカーが顧客のニーズに応えられていない分野をカバーする、まさに「ニッチマーケット戦略」でシェアを取っているのだ。

大排気量エンジンのマッスルカー
ストレッチリムジンにはニッチな魅力

 アメリカ車もまた、そういうニッチなニーズにマッチした特質を持ち合わせている。アメリカ車の特徴といえば、とんでもない大排気量エンジンを搭載した“マッスルカー”や、ド派手なデザインのクルマというイメージが先行する。

 実際、今日のアメリカ車のマッスルぶりは行き過ぎなほどで、スポーツグレードになると500馬力、600馬力も珍しくなく、中にはダッジのヘルキャットエンジンのように700馬力オーバーというものまで登場している。派手派手しいデザインのクルマも多い。

 しかし、アメリカ車の味わいはそういう世界だけではない。ハワイやサンフランシスコでリムジン送迎を利用したことのある人ならすぐにイメージできるであろうが、空気バネのサスペンションを装備し、高級ビジネスジェットのような騒音防止装置を持つアメリカの上等なストレッチリムジンに乗ると、メルセデス・ベンツの上級モデルともまったく異なる、外界と隔絶された“移動ラウンジ”体験ができる。まさにアメリカ風味である。

 ストレッチリムジンはあくまでカスタムカーだが、市販車でもそういうエッセンスを持ち合わせたモデルが結構存在する。クライスラーが以前日本でも販売していたミニバン「グランドボイジャー」は夜間、ドアロックを解除したときに白色LEDスポットライトや各部に埋め込まれた間接照明が室内を照らし出すようになっていた。その光の演出の華やかさは、さながらラスヴェガスのホテルのナイトクラブを彷彿とさせるもので、さすがラウンジ文化の国だと感心したものだった。

 もちろんアメリカ車の魅力はそれだけではない。ひとたび都市を離れれば、路面の荒れた道路を延々と走るというシーンもしばしばだ、そういうルートを大きなうねりも気にせず、しかも快適に走れるクルマのニーズは根強く、ピックアップトラックやSUVの人気が高い理由のひとつとなっている。たとえばアメリカ製のクルマとしては日本でもそこそこ受け入れられているジープ「チェロキー」はそういうニーズを徹底的に汲んだクルマで、老朽化した高速道路を走っても乗り心地はとても良く、プレミアムセグメントと呼ばれる高級車ジャンルのSUVを食いかねないくらいだ。

 20年前のアメリカ車はこうではなかった。性能は低く、燃費は悪く、品質も信頼のおけないものだった。が、今日のアメリカ車は当時に比べて飛躍的な進化を遂げている。ニッチマーケットである輸入車市場に割り込むだけの実力は備えているとみていい。

日本や欧州に対しては
「売る気」のない米国メーカー

 もっとも、それで実際にアメリカ車が今の何倍も売れるようになるかと言えば、その可能性は限りなく薄い。何しろ当事者であるアメリカの自動車メーカーが、日本やヨーロッパなど他国に売り込む気がまったくないのだ。

 日本から撤退済みのフォードはもはやお話にならないとして、キャデラックやシボレーを日本で売るGMも今やアメリカでの右ハンドルモデルの製造はやめ、日本やイギリスのような左側通行の国でも左ハンドルモデルだけを売るという有様である。ちなみにGMはドイツ車のオペル、フォードは欧州フォードと、右ハンドル車を用意できるディヴィジョンを持っているが、それでは「アメリカ産のクルマを買え」というトランプ大統領のゴリ押しの材料にはならない。

 日本での販売網が弱いのもネックだ。キャデラックの場合、正規ディーラーは17店舗しかなく、その大半が大都市圏。2月に2店舗新規オープンするとのことだが、それでもたったの19拠点だ。

 アメリカ車的なクルマが好きで、左ハンドルでも構わず、リセールバリューは低くても気にせず、ディーラーがたまたま近くにあり、アメリカ価格より相当高価……と、これだけ制約が多ければ、いくら商品にニッチとして受け入れられそうな部分があっても、到底売れるものではなかろう。フェラーリにも負けるという今の販売台数は、まさに実力値そのものなのだ。

 このアメリカの自動車メーカーの「やる気」のなさは、日本にアメリカ車を買えと迫るトランプ大統領にとっては“急所”と言える。日本側はアメリカ車を何台くらい売るかというミニマムアクセスについては絶対に回避すべきである。その上で、かねてからアメリカが不満に思っている日本のディーラー網の閉鎖性を少し緩めるなどの譲歩案を出すのは、相手を納得させるのに効果的だろう。

日本自動車メーカーの店頭に
アメリカ車を展示してみればいい

 トヨタ、日産、ホンダなどの店頭に、試しにアメリカ車を展示してみればいい。撤退したフォードのクルマも置いてあげればいいだろう。左ハンドルのみというのはいかんともし難いが、価格を本国並みに安くすれば、少しは顧客に振り向いてもらえるかもしれない。それで万が一アメリカ車の販売が伸びれば、相手の気も晴れてめでたしめでたしとなろう。

 売れなければ売れないで、ここまで便宜を図ったのに売れないのは「右ハンドルも作らないアメリカ車メーカーの怠慢が原因だ」と堂々と言い切ることができるだろう。そのときにトランプ大統領がそれでも無理筋を通そうとするか、ビジネスマン出身大統領として赤っ恥をかかされたことで「怒りの矛先」がアメリカ車メーカーに向くかは未知数だ。それまでには日本とアメリカのFTA(自由貿易協定)もフィックスされているであろうし、十分その時間稼ぎにはなるはずだ。

 暴言、放言ばかりが取り沙汰されるトランプ大統領だが、彼がやっていることの本質は1人あたりGDP5万ドル超、3億人以上の消費者を抱える巨大なアメリカ市場を“エサ”にしたビジネス交渉だ。そこに正論だけでまともにぶつかっていってはいけない。日本にとって今回のネゴシエーションは、ビジネスワールドにおける狡猾さを身につけるいいチャンスだ。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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