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人工知能は教育をどう変える? 徹底対談 第1回

品川女子学院 漆校長×人工知能プログラマー 清水亮

【対談】人工知能は教育をどう変える? 2020年に向けた日本の「学び方」と漆紫穂子校長が気づいたこと

2016年11月17日 17時00分更新

文● イトー / Tamotsu Ito

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AIを研究すると、人間の意識の仕組みがわかってくる

漆 私、AIにホルモンの概念を入れるって話が面白くて。

清水 文系の人はみんなそう言いますね。ホルモンとサーカディアンリズム(体内時計)を持ち込む話ですね。これはやっぱり、女性の研究者じゃないとなかなか言い出せないことですごいなと思いました。

漆 心ってなんだろうって考えたときに、人間の心って結構ホルモンに支配されているというか、特に女性ね。今、私55歳なんですけど、更年期を通ってきてるので、性格が変わっちゃったぐらいになったときあったんですよ。

 そうすると、「私ってこんなに怒りっぽくて意地悪だったんだな」と思ったときに、性格とか心というのはすごいホルモンに支配されてるな、と気づいて。その経験から、心って何だろう、AIって何だろうとかいろいろ考えたりしました。あのお話は面白かった。

 あとは、サイコパスって、またこれも興味がありまして。サイコパス度、心がないかのように、あまり対人関係について配慮しないようなサイコパス的な素質というのはグラデーションになっていて。本当のサイコパスという人は、(それこそ)猟奇殺人とかしちゃったりするんだけど、どんな人にもちょっとずつ要素があるって話を聞いたことがあって。もしかしたらものすごいサイコパス度の高い人って、AIとすごく近いのかな、なんて。

清水 そうなんですか(笑)。

漆 いろいろ考えないでバッと判断できるとか。最近本当にAIと人間の境目、心のあり所の境目ってなんだろうと考えるようになりました。

清水 確かに。特に「よくわかる人工知能」の中盤は心や意識の話が多いですからね。とにかく視床下部にある「腹側被蓋野」を刺激したら人の恋心を支配できますよ、と言われちゃうと、人間ってそんなもんなんだって感じでしたよね。

漆 意識が受動的だって話(慶應義塾大学 前野隆司教授の「受動意識仮説」)もあったじゃないですか。あれも考えさせられて。難しいけど面白かったです。

清水 自分がやったことに対して、後付けでつじつまを合わせる、という作用が意識にはあるという話ですね。意識は海馬でできてると言われてるんですけど、情報が海馬を通ったときに、ちょっとしたいろんな断片的な情報を見て、後付けでつじつまを合わせるから夢って不可解なものになってくる、というふうに解釈できるわけです。その不可解からいうと、やる気スイッチみたいな話になっても、「実際にやらないと、やる気スイッチは入らない」という話あるじゃないですか。

漆 それわかるなー。

清水 実際にやると、やってるという自分を肯定するようなつじつまが合ってくるわけです、たぶん。

漆 わかる。私、トライアスロンやってまして、8月にコペンハーゲンでアイアンマンレース、完走したんです。おかしいでしょ、55歳の校長が一日に226キロ泳いで、自転車漕いで、走ったら、ちょっとおかしいですよね。ところがやり始めると、つじつまが合ってくるの。なんか私、すごい意義のあることしてる、みたいな感じになってきて。だからわかりますよ、それ。

清水 逆に言うと、軍隊式の、動かされるとやっちゃうみたいな、ああいう洗脳教育みたいなやつができちゃうのも、なるほどなって感じじゃないですか。

漆 人間にも機械と変わらないようないろんな仕組みがあって、そういうことを知ってることって、大事なのかなと感じました。

清水 「よくわかる人工知能」を書いていて思ったのが、結局のところ、解剖学的に考えたときに、人間ってとことん機械なんですね。ただ単に部品が生物というか、生体組織なだけであって。シリコンじゃないだけで、機械。

 実際、ディープラーニングの恐ろしいところというのは、あんまり根拠がないところなんですよ。人間や動物がこういう構造だから、こんな感じでやったらうまくいくんじゃないでしょうか?程度の根拠しかなくて、それを真似したら結構似たようなものができちゃうことに、むしろ僕は恐怖しか感じないんです。人間って上等な気持ちでいたけれど、上等な気持ちになるような意識が追認的に働いてるだけであって、実際には昆虫と変わらないような行動原理で動いている。「お腹空いたな」とか「眠いな」とか、そんなんで動いてんじゃないかな、というような実感があります。

 次に行きたいと思いますが、本書に出てこない話ですけど、僕は「知能サイボーグ」というのを最近テーマで考えていて。2001年ぐらいに「Natural Born Cyborgs」(邦題:「生まれながらのサイボーグ: 心・テクノロジー・知能の未来」)という本がアメリカで出まして、2015年に春秋社が日本語版を出版しました。

 この本が何を書いてるかと言うと、人間と動物の主な違いは、道具を使えることだと。道具を使えることが、人間と他の動物の違いなんだよ、という話なんです。これが面白いのは、人間って特別な存在という考え方をするじゃないですか。ところが人間の知能って、そんなに他の動物と比べて、めちゃくちゃ高いかどうかっていうと、結構厳しくて微妙なわけです。脳の神経細胞の数とか大きさとか。もちろん確かに多いんですよ。でもその多さでここまで違うかというと……。

 人間の半分の脳のサルがいたとして、そのサルが人間の半分の文化的生活を送ってるか、といったら送ってないじゃないですか。何かどこかでスレッショルド、日本語でいえば「閾(しきい)値」、要はハードルがあるはずなんです。たとえば、教育ってひとつのサイボーグ化の方法だと思うんですけど、数学ということを考えても。品女ができて100年くらいですよね。

漆 91年。

清水 創立91年、すごいですね。100年前の人たちがどういうことをやってたかと言うと、大正時代なので「生まれながらのサイボーグ」の中には出てこないんですけど、幾何学が取り入れられたのって明治後半なんです。ただ昭和・戦前のこの時代って、実は数学教育はものすごく進んでたらしいですね。でも、よく考えたらこのときって、まだほぼ教えてることが和算なんですよ。鶴亀算とか。今の小学校はわかんないけど、僕の頃はまだ残ってました。

 和算だったにもかかわらず、世界一の高機動戦闘機のゼロ戦とか世界最大の戦艦であるヤマトとか造れたわけですから、ものすごい技術力が高かった。第二次世界大戦が終わると、GHQが占領下の国を見に来て「なんで戦争に勝った我が国より、お前のところのほうが数学力高いんだ」と驚いた。

 これはこいつら放っておいたらまた何を企むかわからん、と思ったらしく、もっとロクでもないことを勉強しなさいみたいな学習指導要綱に変わったらしいんですね。天皇陛下を頂点とする価値観を教えるのをやめさせるという大義名分で、実は数学力や理数系の能力を削ぎ落とすことが真の目的だった。それで、日本の数学力が落ちちゃった。要するに僕の小学校、中学校時代の先生とか両親とかは、ある意味で戦後の愚民教育みたいなのを受けてるとも言える。

 ところがコンピューターが出てきて数学力がないと国家としてマズい、という危機意識から昭和52年に、急激にまた難しい詰め込み型教育が復活するんですね。そうすると、高度な詰め込み型教育を愚民教育受けてる人たちが教えるんで、まったくうまく教えられない……とある文献に書いてあったことなんですけど(笑)。とすると、僕の子供の頃に先生方の数学力が信じられないくらい低く見えた理由はそれだったのか、と思いましたね。

 要するに、元々高度な教育を受けてない先生が、突然難しいことを教えようとしても「そもそも、俺の時代は学校でこの内容をやってない」みたいな先生が続出して、それで教科書丸読みとか、理解してないのに子供に教えるみたいな先生が続出したせいで、僕ら詰め込み世代というのは、先生に頼らず塾に行ったり、自分で参考書読んだりして、ひたすら概念を自力で獲得しない限りは上に行けないという世代になった、らしいんです。それで今度子供たちがどんどん落ちこぼれるから、これはまずいということで、ゆとり教育が生まれた、という話。

 そう考えると、100年前の13歳と、今の13歳って、全然扱える道具が違うわけです。当然100年前の品女で三角関数を教えていたとは思えない。

漆 思えないですね。

清水 品女は授業が進みすぎてますけど、iPad使ったりMac使ったりした授業も(多くの学校では)ないわけじゃないですか。そこで獲得できる能力とか、行使できる実力というのは、まったく現代とは違うわけですよね。そうすると実は教育って、一番大きな道具である可能性、つまり人間をサイボーグ化するときに一番重要な道具である可能性があるんじゃないかな、と思うわけです。品女の場合、新しい取り組みを山ほどやってるんですけど、どれが一番変わってるんですかね。起業体験プログラムとか変わってるんですね。

漆 学校の中だけに頼らない、外の力を借りてるというのが大きいかなと思って。中1が今、enchantMOONを全員持っててプログラミングで使ってます。あれ、面白いですね。渡しておくと自然と、なんかできちゃうんですね、子供ってね。

清水 はい。子供って基本的に天才なので、説明いらないんです。大人は「使えない」と言う人もいるけど、退化した人類なんですよ。別にenchantMOONがいいというわけじゃなくて、どんな変なものでも使いこなすのが、子供なんです。どんな良いものを与えても、使いこなす前に「俺の知ってる世界と違う」って言っちゃうのが大人。それは、さっきの過学習してしまって使い物にならなくなったあとの人工知能みたいなものかもしれません。若い頃は、ちゃんとロス(エラー率)が下がっていくんだけど、年とってくると、「俺の知ってる世界、ここだけだから、ここでいいや」と殻に閉じこもってしまう。そうなっちゃうと、どんどんバカになっていっちゃう。

漆 新しいものをとりあえず入れてみると、子供たちが反応したり、逆に無反応だったりとそこからいろんなことがフィードバックされますね。(品川女子学院の)「企業コラボ」「総合学習」というのは、企業の社員の人たちと一緒に共同開発をしたりするんですけど、そういうのをやると、大人だと学習し過ぎていて固まっているところの概念が、子供はルールを知らないから新しいことが出てくるんですね。冷蔵庫を伝言板に使おうかとか。大人は、「いや、そんなこと言ったら、製造の人に怒られる」とか、そっちの方を考える。それを見ていると子供が大人に与える影響も大きいな、と思いますね。

品川女子学院の企業コラボの一例。キユーピーの公式サイトより。

清水 僕、実はね、遺伝学的な影響も無視できないなと思っていて、そもそも遺伝学って、大量の交配を繰り返すことによって、いい遺伝子をつくるために今まで何十億年も我々進化してきたって話じゃないですか。

 そうすると、100年前だと3世代違うので、今の子供って、100年前の子供よりも、10%ぐらい賢くないとおかしいんですね、生まれつき。基本的にはそういうことのはずなんですよ。品女の場合は偏差値も上がってるので、さらにレベル上がってるかもしれない。ただそういう世界の中で、僕がいつも思ってるのが、子供のほうが常に正しいってことなんです。ただ、学習が足りないから、反社会的なことやるときもあって、そういうときには懲らしめないといけないんだけど、基本的には子供というのは僕の想像を常に超えてる。

 僕は今もやってますが、プログラミング教室を通じてたくさんの子供に教えるなかで、彼らが理解できないというのは、本当は僕が悪いんですよ。残念ながら劣った人類である僕は、最先端の人類である今の子供にやっぱり勝つことはできなくて、僕らがわかる範囲で頑張って教えてあげるしかない、というふうに思ってるんです。

 一番僕がそれを思ったのが、人工知能を子供に教えたときです。今年の8月に10歳から19歳まで、人工知能を教える、というのをやってみたんです。

漆 ここにいるかもしれませんよ(笑)。

清水 それがすごくよかったなと思ったのは、子供って想像を絶する使い方をするんですよ。

漆 ああ、わかる。

清水 たとえば、今日来てる人も思ってると思うんですけど、人工知能で簡単にできることって画像を分類するだけじゃんと。ネコが映った写真を分類できるって話を例に出すと、よく言われるのは、「ネコをネコだってわかるのは俺だってわかるし、うちの子供だってわかる。それどこがすごいのよ?」

 でも、子供に触らせると全然違って、「これ、こういうふうにやると、それがピカチュウか、ジバニャンか、AIがわかるんだよ」と言うと、ものすごい興奮するんです。「えー!! すげえ!」と。彼らに1週間好きに使っていいよ。夏休みの間、さくらインターネットさんのご厚意で、ずっと子供たちに、(さくらインターネットのサーバーリソースを)使わせてもらったんですけど、そうするとどんどんサーバーに変てこなものがアップロードされる。

 一番僕が感銘受けたのが、レタスとキャベツとブロッコリーを識別する人工知能をつくろうとした子ですね。「人工知能、どこまでできるんだ、僕はそれが知りたいんだ!!」みたいな感じで。ああ、やっぱり子供はいいなって思いましたね。僕は思いつかないです。それをやろうとも思わないし。

漆 それもわかる。家庭科の時間に、最近ほんと食育やらないとまずいなと思うのは、レンコンとサツマイモが、外から見ただけじゃ、区別がつかない子がいるんですよ。

清水 それ、僕も判別できるかあやしいですよ(笑)。

漆 白っぽいサツマイモもあるじゃないですか。確かに言われてみればそうで、最近カット野菜で売ってるから、少人数の家庭だと、まるごと野菜を見たことがない子がいる。

清水 それを人工知能に勉強させようというモチベーションが僕には浮かばない。その電気代、いくらかかると思ってるんだろう(笑)。1台2キロワットですからね。

漆 でもわかるようになった?

清水 わかるようになりました。

漆 じゃないと、料理できないもんね、AIがね。

清水 これは結構、うちの会社の中でもざわついた学習データセットでした。

漆 レタスとキャベツ、どうやったらわかるのかな。遠目に見たらわかんないですね。人工知能って結局、視覚だけですか。聴覚もあるのかな。

清水 なんでもできるんですけど、これまで一番難しかったのが視覚なので。だから視覚ができるようになったということが今、注目されてます。

漆 でも嗅覚、味覚、触覚はダメでしょ。

清水 それはダメですね、今のところ。

漆 そのうちわかるようになるのかな。ロボットのセンサーとかつけてやったらできるようになるんですかね。

清水 触覚はたぶんできるんですけど、嗅覚は……。嗅覚もちょっと研究されてるんですけど、ものすごい酒臭いとか、そういうのはいけるんですけど、微妙な匂いというのはまだセンサーが開発されてないので、難しいというふうに言われてますね。

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