このページの本文へ

推進役の慶大准教授に訊く

ゴミ収集車をまちの“眼”に――藤沢市のIoT活用例

2016年10月21日 07時00分更新

文● 川島弘之/TECH.ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 ゴミ収集車を街の眼にする。そんな取り組みが、神奈川県藤沢市で進められている。

 市街地の環境情報を収集したいが、街の至るところに観測ポストを設置するのにも限界がある。ならば、移動体にセンサーをつけたらどうか。発想の転換で着目したのが、毎日街をくまなく巡回する「ゴミ収集車」だった。

 IoT技術を活用し、街の環境情報を測定・データ収集する「スマート藤沢プロジェクト」。その推進役を担う、慶應義塾大学 環境情報学部の中澤仁准教授に狙いを訊く。

中澤仁准教授

データを集める難しさ

 環境情報学部は、さまざまな学問の叡智を結集して実社会の課題を解決すべく、1990年に開設。中澤准教授は主にスマートシティなどの研究をしている。その定義によると「スマートシティとは空間から情報を収集・処理して、もう一度空間にフィードバックすることで、人間が便利になったり、楽しくなったり、安心・安全を享受できたりするもの」。その中では、IoT技術が欠かせない技術となっている。

 慶大 湘南藤沢キャンパスに勤務する中澤准教授は、大学と藤沢市が協定を結んでいることもあって、自身が培ってきたIoTのノウハウを活かして、何か街の役に立てないかと、幾度となく市と課題を共有していたそうだ。

 特に印象的だったのが、環境部門の「大気汚染物質を詳細に測定したい」という課題。同市では、PM2.5をはじめとするさまざまな環境情報をWebサイトに公開しているが、大気汚染物質の測定器は5カ所のみ。収集する情報にはムラがあった。

 これなら知見が活かせる――。そうして、環境情報のデータ収集・見える化を行う実証実験「スマート藤沢プロジェクト」がスタートする。最初の検討課題は、どうやって市内全域の環境情報を集めるか。「スマートシティでは、とにかく沢山情報を集めるのが基本ですが、この“集める”というのがなかなか難しい」と中澤准教授。

 欧州では、2万個以上のセンサーを街のあらゆる場所に取り付けている事例もあるが、これは莫大な資金援助があってのもの。藤沢市では現実的ではない。そこで考えたのが、移動体にセンサーを取り付けるアイデアだ。それだけなら珍しくないかもしれないが、ユニークなのは「ゴミ収集車」に着目した点である。

切り札はゴミ収集車

 「藤沢市では、地区ごとのゴミ置き場ではなく、家庭の前にそれぞれゴミを捨てると持っていってくれる“戸別収集”を採用しています。それこそ毎日くまなく人が住んでいるところを走るわけです。1個のセンサーでカバーできる範囲を広げるために最適でした」(中澤准教授)

 計測しているのは、GPS、加速度、紫外線(UV)、気圧、温湿度、PM2.5。当初はラズパイとWiFiルーターで計測するも、WiFiルーターが高価なことと設置スペースの問題で、途中からぷらっとホーム社の「OpenBlocks IoT Family」を採用した。部品が1個で済むほか、インテルプラットフォームなのでコンパイルなどが容易というメリットがあったそうだ。SIMスロットも備えるため、通信にも困らない。

車体上部に各種センサーが取り付けられた藤沢市のごみ収集車

各種センサーの入ったボックスと OpenBlocks IoT BX1

ゴミ収集車で情報収集

 試験運用が始まったのが2年前から。2016年5月頃からは市内を走るゴミ収集車100台すべてにセンサーを取り付けた。センサーからデータを取得する傍ら、より高精度なデータ収集の方法も模索している。「移動体にセンサーを付けるとそれほど高い精度でデータが収集できず、キャリブレーションが必要ということが分かってきました。たとえば、固定測定器の近くを通ったときにズレを補正し、補正されたクルマとすれ違ったクルマのズレも補正する。そんなことが100台体制となったので実現できそうです」(中澤准教授)

「スマート藤沢プロジェクト」概要図

街中をくまなく巡回するからこそ

 併せて、車体下部に全天球カメラを装着し、道路状況を把握する試みも検討している。まだ実験・検証中だが、道路状況を撮影し、簡単なアルゴリズムで解析するだけで、たとえば白線の掠れなどが容易に特定できるという。「建前としては職員が人海戦術で調査したり、住民に連絡してもらうことになっていますけど、白線が消えかかっているだけで連絡してくれる人は、まあ、ほとんどいませんよね(笑)」

 現在、市の職員が道路の破損、らくがき、ガードレールのへこみ、犬の糞などの写真を取ってラベルを付けている。そこから道路の「正常な状態」を定義しており、将来的には全天球カメラで撮影した画像が正常な状態から逸脱している場合に、「不具合発生」をリアルタイムに通知するなんてこともできるそうだ。

ゴミ収集車で路面監視。全天球カメラで道路を撮影している

 藤沢市にとっても、GPSによってゴミ収集車の現在地が把握できるのは嬉しいようだ。「ゴミ収集車は担当地区が割り当てられていて、実際のコース取りは運転手の経験に頼っているそうです。たとえば、ゴミ収集が遅れていたら、隣のコースからヘルプにでたりしますが、そういった連携がしやすくなりました。また、道路工事で急きょコース変更を余儀なくされることもあるんですよね。そうなるともうどういう経路が最適か分からなくなるそうです。そういった場合に、最適なコースを割り出して指示を出すことも可能になるかもしれません」(中澤准教授)

空間と人の情報をかけ合わせて

 これらはまさに、街中をくまなく巡回するゴミ収集車ならでは。ゴミ収集車が街の眼や耳となるわけだ。ただ、中澤准教授はさらにその先を見据えている。

 「現在、藤沢市鵠沼という地域で人から得られる情報も収集しています。鵠沼は昔からの漁村や、最近できた新しい地域などがあって、コミュニティが分断してしまっているんです。しかし、津波が来ると大変な地域なので、なんとかコミュニティを復活できないかと。そこで住民同士の笑顔を共有するSNSを作ったんです。普段笑わない人が笑っているだけで、それを見た人も思わず笑顔になっちゃいますよね。そうやって誰かの笑顔を見て誰かも笑顔になったということも共有するようにしました。すると自然とコミュニケーションが増えていって。さらに活動量計なども使って、たとえば血圧を図ると点数が入るようなゲームのような仕組みも作りました。すると、楽しみながら健康に興味をもつようになり、“測定する”という動作から市役所も生存確認が容易になった」

スマホなどから人情報も収集

 「ここからさらに空間・環境情報や、Webから収集される情報も組み合わせることで、この人は花粉が多くて、かつ湿度が高いときに体調が悪かったり、寝付きが悪いという解析ができると考えています。これこそスマートシティと呼べるものなんですよね。空間と人の情報を両方とも集めるのが非常に重要。現在はどちらかだけを取っている人は沢山いても、その両方に目を向けている人はあまりいないんです」(中澤准教授)

 ゴミ収集車のプロジェクトも含め、今後も規模を拡大しながら、実証を進めていく方針だ。

■関連サイト

カテゴリートップへ

ピックアップ