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さくらの熱量チャレンジ

「さくらのIoT Platform」の進んできた1年をキーパーソンに聞く

小笠原、江草、山口の3人が語った「さくらのIoT」の軌跡と奇跡

2016年09月09日 08時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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量産にほど遠いα版からサービスをスタートした理由

 2016年2月、いよいよ「さくらのIoT Platform α」を正式発表に至る。特筆すべきは充実したアライアンスだ。競合となる可能性のあるAWSやソラコムを筆頭に、Yahoo!のmyThingsやコラボレーションの経験が乏しかった親会社の双日、事業会社として実績を積んでいるアパマン、スマレジやトレタのようなスタートアップ、小山薫堂さんが率いるオレンジアンドパートナーズ、BaaS(Backend as a Service)を手がけるウフルのMilkcocoa、IoTを強力に推進するソフトバンクなど多くのプレイヤーがさくらのIoT Platformに力を貸してくれることになった。「少なくとも立ち上げ時のうちのチームでは失敗しても、僕が悪者になればいい。そんな話を社内だけじゃなく、社外でもしてきたら、社外にもチームができた」とのことで、発表時にさまざまなアライアンスが生まれたのは大きな成果と言えるだろう。

 そして今回、さくらはα版の段階から手の内をさらけ出した。α版でパートナーとの協業を進め、フィードバックを受けながら機能を作り、β版で価格を作るという、今までのさくらと大きく異なるサービスの立ち上げだ。ソラコムのようにβ版・正式版を発表と同時にサービス開始という方法も可能なのに、あえて稚拙な段階からα版のサービスを披露した。

 正直、α版のモジュールは量産にはほど遠いレベルだったという。「コネクタ形状や物理的な強度の問題などに課題があったのは事実。組み込みの人たちにこのレベルのモノを見せるのは恥ずかしいというのも十分承知しています。実際、『本当にこれ出すのー?』という抵抗感はありました(笑)」と江草さんは語る。さくらのIoT通信モジュールに関しても「単なるモデム」と見られることも多く、サービスに関してもグローバルであまり例のないものだったため、誤解や理解不足から多くの質問がユーザーから寄せられた。

 しかし、小笠原さんはこのα版のフェーズは絶対に必要だったと確信していた。「DMM.makeを作った過程で、プロトタイピングができる人がいっぱいいるのもわかっていたし、プロトタイピングならα版でも十分使える。使う人がα版、提供する側もα版なら、この方法もありなんですよ」と小笠原さんは語る。IoTプラットフォームという“得体の知れない”サービスとそのコンセプトを、今までと異なるユーザーに理解してもらうためにも、α版の時間は絶対に必要だったようだ。

 こうしたさまざまな課題は量産前提のβ版の提供で解消される見込みだ。「現在はIoTに興味のある人にしか届いていない。β版ができるくらいから、本当に届けたい人に伝えていきたいと思う。β版は見たら、理解してくれると思う」と小笠原さんはアピールする。

提供中のα版の通信モジュール

サービスのドライブに必要だった山口さんの加入と、江草さんの執行役員就任

 正式発表の2月以降、さくらのIoT Platformのチームは江草さんを中心に実装を進めた。「Gitの履歴を見ていると、2月の発表時点ではまだコードは書いてなかった。まずはサーバサイドの環境を3月から僕と関根さんの2人でいかに運用に手間をかけず、足回りとして使いやすいかを重視しながら作り始めた」(江草さん)とのことで、DockerやMesos、Marathonなど最新のコンテナやDevOpsフレームワークを採用しながらサービスを構築した。プラットフォームとしては「組み込みエンジニアだったら、どういうモジュールが使いやすいかを考えて、シリアルのインターフェイスを作った。一方、Webのエンジニアで使いやすいものとしてHTTPベースのAPIを作った。両方の使いやすさを考えながら、サービスを構築しました」(江草さん)。こうして、Webエンジニア側からはAPIが、組み込みエンジニア側からはシリアルのインターフェイスが見える「IoTトンネル」のようなコンセプトが固まってきた。

 そして、サービス構築や事業運用を進めるために、さくらのIoT PlatformチームはネットワークやUI/UXに明るいエンジニア、事業のオペレーションに長けた人材、情報発信を積極化するための広報、α版のサポートなどを多くの人材を巻き込んできた。「当たり年かと思うくらいいい人材が集まった。やればできるのに任されなかったからできなかったというだけ。さくらはオペレーション偏重型の組織から切り替わるちょうど端境期で、このまま行けば任されない会社になっていた」と小笠原さんは語る。人材が3桁単位で増えたこの5年、さくらの人材も半分近くが入れ替わるタイミングで、まさに攻めの陣容が整ってきたわけだ。

 そして、4月を迎え、さくらのIoT Platformチームには2つの大きな出来事があった。1つ目は現在さくらのIoT Platformのリーダーを担当している山口亮介さんのジョインだ。

 昨年来、小笠原さんが求めていたのは「僕は立ち上げしかやらないので、続けてくれる人」だったという。その点、ニフティクラウドの立ち上げに携わり、長らく「エンジニアサポート CROSS」で実行委員長を務めてきた山口さんはまさに適任と言える。

 小笠原さんは2015年の12月くらいから田中さんが山口さんを誘い始めたのではないかと推測しているが、当の山口さんはあまり記憶がないよう。「田中さんからは呑み会のたびにうち来ない?って誘われるんですけど、その後、連絡が来ないんですよ(笑)。でも、自分からあの件どうですかって聞いて、『なんのこと?』って言われたらつらいじゃないですか」と振り返る。本格的に話が動いたのは2016年の2月。「CROSSが終わって、ニフティから出向したあとで、長期の海外出張の予定があったので、田中さんに一応聞いてみたら、『いやいやマジですよ』と言われたんです。おかしいよーって(笑)」と山口さんは振り返る。

さくらインターネット loT事業推進室 部長 山口亮介さん

 実はその時点で山口さんが答えを返してなかったら、別の人が来ていたという。「当時は継続的な通信費用が一番の課題だと思っていたので、大手キャリアから人を引っ張ろうと思っていた」と小笠原さんは振り返る。しかし、年末からいろいろ作っていく中で、重要なのはそこじゃないことに気がついた。むしろチームメイキングをきちんとできる人ということで、山口さんに白羽の矢が立ったわけだ。その後、田中さんと山口さんと3人で呑みに行って、4月にさくらにジョインすることになる。

 もう1つは江草さんの執行役員就任だ。「昨年の12月くらいに、今のさくらには技術やサービス全般を見る役割がいないという話、それをやるならチーム制のような組織がよいという話は田中さんにしていました。じゃあ、江草さんそれやりますか?と聞かれたので、やっていいならやりますとだけ答えました」と江草さんは振り返る。結局、3月に内諾を受け、江草さんは同社初の20代の執行役員に就任し、役職として技術全般を見ることになったという。

 「山口さんがIoTのリーダーになり、江草君が会社全体のサービスを見るようになった。僕はアライアンスチームを作って、さくら1社でできないことを他社とやる。1社だけでできることを考えても意味がない」と小笠原さんは語る。

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