まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第54回

本編も特典もスマホやタブレットで――Viewcast開始の背景をアニプレックス高橋ゆま氏に聞く

「もう金塊を付けるしかない」ほどのアニメBD特典合戦に革命

アニプレックス最大の強みはパッケージングの企画力

――　あくまでViewcastはパッケージに付随した視聴サービスである。したがって、配信サービスへの作品提供もこれまで通り行なう、ということですね。パッケージ実商品だけでは達成できなかった（特典その他も含めた）利用シーンの拡張だと。

高橋　その通りです。家で観るか、外でも観られるかの違いだけ、ですね。

――　しかし、特典映像や副音声まで含めてというのは、かなり思い切った拡張だと捉えられるかと思います。先ほどのコストのお話とも絡みますが、そこにはどんな狙いがあるのでしょう？

高橋　非常にシンプルで、社内の有志とディスカッションするなかで、皆が「そのほうがいいよね。お客さんもうれしいよね」という意見だったということです。サービスとしての価値という点でも、本編だけの視聴サービスならば、ウチは後発です。そうした先行サービスは沢山ありますから。

　さらに言うと、映像商品の発売を事業の中心に据えたとき、ではその商品の魅力ってなんだろう？ というところに立ち返ったんです。つまりアニプレックスという会社の優位性、ビジネスを支えているものは何だ？ と問われれば、それは“商品企画力”だと思うんです。作品そのものへの興味は前提として、お客さんは、本質的にはその商品企画力に魅力を見出して、私たちがご提供するパッケージを手にとっていただけているはずだ、と。

――　映像だけではなく、パッケージングの企画力ということですね。

高橋　そうです。それならば、そのすべてをデバイスを通して届けるべきだろうと。たとえば特典CDは、外で楽しもうとするとソフトをインストールし、PCでリッピングして、スマホをUSBでつないで……といった具合じゃないですか。ちょっと手間ですよね。ブックレットなどもみんな本当は外でも読みたいんだけど、折れたりしたらイヤだし。

　でも、そうした特典にこそ、アニプレックスのパッケージメーカーとしてのこだわりが詰まっているので、触れていただく機会を増やしたいという思いがあるんです。

　映像の場合も、オーディオコメンタリーを家で、ソファーに座りながらじっくり――という楽しみ方はもちろんするのですが、それを外でも容易に楽しめたら素敵かな、ということですね。

↑アニプレックスの商品企画力をわかりやすく示す例が『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ！』のBD完全生産限定版。B5判の百科事典のような分厚いパッケージに、200ページを超えるムック本、60ページのイラスト集など豪華特典が詰め込まれている。が同時に、高橋氏の語る“物理的な仕様の限界”が見え隠れすることも確かだ。

限界が近づく特典合戦「あとは金塊でも付けるしかない」
Viewcastでもう一度無限の可能性を切り拓く

高橋　じつはViewcastに期待していることにはもう1つあって、それは商品企画に対するイノベーションが起こせるのではないか、ということなんです。

――　ほう！　それは興味深い視点です。スマホやタブレットで観られるということで、特典の位置づけが拡張されるということですね。

高橋　商品としての魅力が上がれば、興味を持つ方が増えると思うんです。今までのパッケージというものの変遷を振り返ると、あるタイミングから“特典”というものが付き始めたわけです。キャラソン、サントラ、ブックレット、特典映像、ゲームなどなど……映像商品というものは、生まれ落ちてから様々な進化やイノベーションを経て成長してきたんです。

　そして現在、おそらく物理的な仕様としてはもう限界に近づいています。これ以上は金塊でも付けるしかない（笑）

――　たしかにこの10年ほどでものすごく充実した感はありますね。最近ではイベント参加抽選券の封入で、イベントのユニークさを競う方向に向かっているようにも思えます。

『心が叫びたがってるんだ。』のViewcast特典として、パッケージ同梱が困難な800ページ超の絵コンテを採用

高橋　Viewcastを介することで、そこを突破して、新しい商品企画にチャレンジできると思うんです。

　たとえば、『心が叫びたがってるんだ。』ではリリース後に絵コンテが追加で見られるようになりました。パッケージ商品には付いていないものですし、846ページもありますからお送りするわけにもいかない。もらっても大変ですよね（笑）

――　（笑）テレビリモコンでページ送りするには厳しい量ですが、タブレットでの閲覧には適していますね。

高橋　これまで物理的に封入できなかったモノをお客さんに届けられる。そして、後から特典を増やしていくこともできる。新しい曲、音声、あるいは選べる特典も可能になるわけです。

　たとえばアイドル作品であれば、好きなアイドルの曲をダウンロード……とか、店舗ごとに異なるアイドルの特典イラストをシリアルコードで提供することだってできるでしょう。

　こういった具合に、今まで考えもしなかった商品企画が実現できるとわかった途端、アイデアはあふれ出てくるわけです。無限の可能性があるようにすら思えます。

――　なるほど。そうなると先ほどの部門を横断した有志が集まったことが活きてくるわけですね。これからリリースされる作品のパッケージは、Viewcastが使えることを前提に商品企画されていく可能性もある、と。

高橋　そうですね。仕事は増える一方ですが（笑）、ファンの皆さんに楽しんでいただける、さらなる発想が生まれてくると思います。