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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第54回

本編も特典もスマホやタブレットで――Viewcast開始の背景をアニプレックス高橋ゆま氏に聞く

「もう金塊を付けるしかない」ほどのアニメBD特典合戦に革命

2016年07月25日 18時10分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII.jp

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既存ビジネスを侵さない周到な仕掛け
「これは視聴サービスであって、配信サービスではない」

―― 先ほどポスターの話も出ましたが、店頭での宣伝予算を削って、Viewcastのような新しい領域に投資するという話でもない?

高橋 それはまったくないですね。単純に出費としては上乗せです。

―― なるほど。現状は仮説に基づく完全なる投資ですよね。このサービスのすごいところとしてまず挙げられる点だと思います。NetflixやHuluなど定額見放題サービスが相次いで登場するなか、それらとの位置づけという意味でもいろんなチャレンジがあったのではないかと思うのです。

高橋 当然リスク、ハレーション(=強い光があたって周囲がぼやける現象から転じて、大きなインパクトのある取り組みが他のビジネス領域に影響を与えるの意)といった懸念があったのも事実です。特に配信ビジネスとの関係性ですね。様々な部門から有志に集まってもらった理由も、そういったハレーションを防ぎたかったからです。ただ現状、その懸念は現実のものになっていません。

 検討の段階で繰り返し確認されたのは、“これはビデオパッケージの購入を前提とした、視聴環境の選択肢を増やすサービスである”ということです。そもそものお客さんのアプローチとして、「パッケージを買うか、それとも配信で見るか」というのは別軸の観点だと思っているんです。おサイフ事情もあるでしょうし、作品にどうおカネを支払うかという動機が違うのかなと。

―― たしかにモードがまったく異なりますね。

高橋 そもそもウィンドウが異なりますので、そこはバッティングするシェアとしてほぼないだろうなと。あと、あくまで購入前提でありながら、PCを非対応にするというのも、ハレーションを防ぐための1つの判断でした。

―― PCだと再生映像を比較的容易にキャプチャできてしまいますからね。

高橋 そうなんです。それに比べるとスマホやタブレットはコンテンツの保護についてはとても優秀です。あと単に、パソコンで観る=家にいるとき、がほとんどだと思うので、外での視聴(スマホやタブレット使用)だけを考えた利便性の高いUIにしたいという考えもありました。もう1つ、ハレーション防止策として、弊社の物販サイト「アニプレックス+」のユーザーアカウントと紐付けました。

 これは私的視聴に限らせていただく(不正利用を防ぐ)ためです。不特定多数の方に(汎用的なIDの使い回しによって)視聴されてしまっては、配信も含めた周辺ビジネスへのネガティブなインパクトは避けられません。「アニプレックス+」のユーザーアカウントは名前や住所等の個人情報が含まれていますので、それを自ら広く拡散しようとする人はあまりいないかなと。

 こうしたロジックで、先ほどお話したような概念を固めるための“ガワ”作りもかなりキチッとやりましたので、とてもスムーズにViewcastをリリースすることができたと自負しています。

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いったん利用を始めてしまえば、サービス自体の終了時まで有効

―― そのガワに関わる部分として、ダウンロード回数の上限や、シリアルコードに有効期限があるのは個人的には気になりました。パッケージは実際はそうでないとしても、感覚としては一生モノとして購入するユーザーが多いわけで、そことはちょっと相容れない部分はありませんか?

高橋 その点は誤解がありまして、まず2年というシリアルコード有効期限は、ダウンロードやストリーミングのサービスを受け始めることができる、その手続きのための期限です。一度手続きすればその後そのサービスを利用できる権利は――Viewcastがなくなってしまわない限り――ずっと有効です。有効期限内にダウンロードいただいたデータの視聴は、商品発売から2年1日後でも視聴可能ということですね(ストリーミングに関しては検討中)。

 商品のバックオーダーは1年半ほどでほぼゼロ、つまりその商品を求める人に行き渡ります。その1年半でほぼすべてのお客さんにViewcastへの案内ができたと考え、そこから手続きを行なう時間的猶予を半年設けさせていただいた、というのが2年という期間に決めた理由です。手続き期間に制限を設けないと、作品ごとに(手続きに備えた)配信インフラのコストが掛かり続けてしまいますので、それはご容赦いただけたらうれしいです。

 ダウンロード回数の10回に関しては、ストリーミング回数を無制限にしたうえで、機種変更の期間がベースになっています。平均して1つの端末を2~3年くらい使う人が多い。Viewcastは1つのシリアルコードで5台の端末まで対応可能、掛け算すると「2年×5台=10」です。

 お一人で5台の端末を持っていて、それをViewcastサービス期間の2年内にすべて機種変更する方は少ないと思いますが、ご家族分など含めても10回というのは十分だと思っています。もし「足りない」という声が多ければ、システム側で変更も可能ですので、まずは10回とさせていただいた、ということですね。

 仮に私たちが“配信”サービスを始めていてこんなことを言っていたら、いまさら何を言っているんだ、ということになってしまったと思います。でもパッケージ購入を前提とした“視聴”サービスなので、ビデオメーカーとしてビジネス上の線引きがきちんとできた、という風に捉えていただければと。

前回のインタビューは、宣伝プロデューサーの視点からネットの可能性に深く言及するなど記憶に残るものだった

ESTではなくViewcastを立ち上げた理由

―― なるほど。この手のお話で、回数や台数についての制約はもちろんのこと、サービスの終了や運営会社の存続について言及されることは希なので、逆に誠実な印象を受けます。ところで、本編映像は物理的なパッケージで入手するという考え方と、たとえば『機動戦士ガンダム サンダーボルト』で行なわれているEST(Electronic Sell Through/視聴期限を設けない配信)のようなスタイルもあります。一気にそこまで推し進めるという議論はなかったのでしょうか?

高橋 まず、配信サービスではなく視聴サービスを作るべきだという前提がありました。もちろん私もサンダーボルトを買って観ました。利便性も高い、広義の配信サービスで新作を見るという優位性はあると思います。でも、先ほどの話にも出ましたが、自分の中でそのモチベーションと、商品を買って観たいというモチベーションって、ちょっと違うんですよね。

 やはりパッケージって、もちろん映像商品ではあるのですが、そこに付随する特典や読み物、コメンタリーなどを含めて、モノとして持っておきたいというモチベーションが私の中では強いんです。だから、ハレーションの件も踏まえ、あくまで“視聴”サービスということに留めたいなと。

 仮に私たちがViewcastというインフラを作って、そこに作品を組み込んでいく、ということを進めてしまったら、強いハレーションが起こると思うんです。サービスアプリではなく、“作品アプリ”にした理由のひとつもここにあって、あくまで“作品”が主体、作品に視聴サービスを足す“だけ”にしたかったです。

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