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地味ながらリアルな顧客の声に向き合う姿勢を見せた「SAPPHIRE NOW 2016」

「SAPはすでにクラウド転換の“次”を見ている」SAP馬場氏

2016年06月13日 07時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 5月中旬、SAPが米国オーランドで開催した年次イベント「SAPPHIRE NOW 2016」。例年参加している筆者だが、今年のSAPPHIRE NOWは何かが違った。

 この数年間、SAPPHIRE NOWでは「SAP HANA」プラットフォームや「S/4 HANA」など、新製品のビッグな発表が続いてきた。しかし、今年はそうした派手な“花火”を打ち上げるよりも、より「顧客の声を聞くSAP」の姿勢が強調されていたように感じる。

 その変化の背景には何があるのか。SAPPHIRE NOWの会場で、SAPジャパンでバイスプレジデント兼チーフイノベーションオフィサーを務める馬場渉氏に聞いた。

SAPジャパン バイスプレジデント兼チーフイノベーションオフィサーの馬場渉氏

既存顧客のS/4 HANA移行を促し「世界中のERPをS/4 HANAに変えていく」

――まず、今年のSAPPHIRE NOWの印象はいかがですか。

馬場氏:良くも悪くも「質実剛健」、リアルな世界をきちっとみるというメッセージになったと思います。

 われわれは、これまで一生懸命、HANAがどんなに素晴らしいのかを顧客に伝えようと努力してきました。しかし、顧客と話していると「HANAとは何か(What)、なぜHANAなのか(Why)はもうわかった。ちゃんと移行したいので、どうやって(How)の部分を知りたい」という声が強くなっていることに気づきました。

 われわれは少し、「バリューをきちんと伝えなければ」と思い込みすぎていたのかもしれません。顧客はもう十分に価値を理解しており、すぐにでも移行を助けてほしいという顧客もあります。S/4 HANAの受け入れは、われわれの予想を上回るペースで進んでいます。

――登場時には疑問視する声もありましたが、S/4 HANAの採用は好調だということですね。

馬場氏:われわれの予想以上に売れている、という感覚です。新規の顧客はほとんどS/4 HANAを採用していただいており、時期尚早などという声はほとんどありません。ERPのような大きな基幹システムを全面的に作り替えるプロダクトを、顧客がためらわずに求めるという点も予想外でした。

 一方で課題もあります。新規顧客の受け入れは順調ですが、既存顧客のマイグレーションはまだこれからです。われわれはここを徹底的に支援し、世界中のERPをS/4 HANAに変えていく――このメッセージを伝えていきます。

 今回のSAPPHIRE NOWに向けた社内作業を通じて感じたことは、SAPの経営陣が全員同じ感覚を共有しているということです。経営陣だけではなく、サポート、営業、マーケティング、開発、みな同じです。全員が今年のSAPPHIRE NOWで、世界中のすべてのERPをS/4 HANA化するための施策を、それぞれの領域でやっていこうと取り組んでいます。

クラウド時代の買収では「リバースインテグレーション」戦略が正しい

――「Business Objects」がアナリティクスのブランドとして復活しました。Business Objectsは2007年に買収したBIベンダーですが、SAPはHybris、SuccessFactorsなどの買収も行い、それぞれブランドを残しています。買収と、その後の統合にあたってのポリシーは。

馬場氏:秀でた相手を買収し、買収した会社を取り込むのではなく、相手に対してリバースで統合していく“リバースインテグレーション”という手法をとってきました。たとえばBIなら、相手(BusinessObjects)の開発部門の下にSAPのBIを入れる。同じように、人事アプリケーションならSuccessFactorsの下に入れます。

 人事の例では、SuccessFactorsが元々持っていた技術(タレントマネジメント)は人事全体のほんの一部に過ぎませんが、そのSuccessFactorsの(開発部門やブランドの)下にコアのHRを入れました。AribaもHybrisも同じです。HybrisはオムニチャネルとECが主ですが、リバースインテグレーションにより、Hybrisがもっていなかったエリアを含めて全部がHybrisになりました。

 買収と統合のやり方としては珍しいかもしれませんが、これは正しかったと思います。特にクラウドの時代においては。

 競合の中には、すべてを統合してくっつけていくというアプローチをとるところもありますが、コアはシンプルな方が良い。われわれには現在、HANA Cloud Platformというミドルウェアがあり、その上に4つの分野(企業間ネットワーク:Fieldglass、Concur、Ariba、セールスとマーケティング:Hybris、タレントマネジメント:Fieldglass、SuccessFactors、そしてIoT)のアプリケーションがあります。SaaSアプリケーションは、現場で次々に変化する要件に対応するために四半期ごとのアップデートを行うが、基幹業務は年単位でよい。変化の少ない業務領域ではしっかりとしたデジタルコアを持ち、アジャイルにどんどん変化するところは“Best of Breed”でやる。これが、いまの時代は正しいのだと思います。

 業務アプリケーションの世界では現在、「使いたい時にすぐに使える」スピードが(品質や全体の標準化よりも)要求される部分と、そうではない部分とが共存している。これをどう管理するかが重要になってきています。

クラウド事業で収益を出せる理由は「HANAプラットフォームへの統合」

――クラウドベンダーの中には収益性が課題とされているところがありますが、APACJプレジデント(Adaire Fox-Martin氏)は「SAPはクラウドで収益を出している」と述べました。収益が出せる、出せない、この2つの道を分けているのは何でしょうか。

馬場氏:SAPはプラットフォームを標準化したのがよかったと思います。買収した製品のプラットフォームを標準化するのは面倒くさい作業ではあります。SaaSで売るならそのままで(標準化しなくても)よいという考え方もありますが、それでは原価が下がらない。われわれはすべてHANAに作り変えています。これは結構大変な作業で、実際にまだすべてが終わっているわけではありません。ただ、最終的にはすべてHANAにします。

 買収した技術に対してちゃんとマイグレーションプランを立てて進めており、それがかなり進んできて原価逓減している。Salesforce.comなど多くのクラウド企業はオラクルに巨額(のデータベースライセンス料)を払っているといわれていますが、われわれは自前の部品なので、原価を安くできます。

 原価だけではなく、販売コストも安い。クラウド企業最大のコストは、製品原価ではなく販売費です。われわれが買収したConcurにしても、SuccessFactorsにしても、大量の営業マンを雇い、営業とマーケに費やして売るというのがクラウドのビジネスモデルです。そのぶん、エンジニアや研究開発は少ない。ですが、SAPの場合は、1人の営業が全部売ることができます。これまでSAP製品を売っていた営業マンがConcurのサービスも売っています。直接財調達やSCMの話をしている営業担当が“間接材はAribaにしますか?”と、クロスセルができるわけです。これは、特定分野のみに特化したクラウドベンダーにはできないことです。

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