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成功の秘密は信頼できるパートナーシップにあり

ライバル不在?IIJのインドネシア事業が立ち上がり好調な理由

2016年02月22日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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グローバル展開に失敗するIT企業が多い中、IIJがインドネシアで手がけているクラウド事業が好調だ。2億4000万人の人口を擁する巨大市場でありながら、「IT未開の地」だったインドネシアに挑むIIJの担当者にビジネスの概況と好調の秘訣を聞いた。

IIJはなぜインドネシア進出を目指したのか?

 外資系のクラウドが国内市場を席巻する中、グローバル進出に活路を見出す事業者も多い。「IIJ GIO」のブランドでクラウドサービスを手がけるIIJも、そのうちの1社。2012年にグローバルビジネスを任され、現在インドネシア事業を担当しているのがIIJの延廣得雄氏だ。

IIJのインドネシア事業を担当しているPT. IIJ Global Solutions Indonesia President Director 延廣得雄氏

 IIJは古くから幅広くグローバルに事業を展開しているが、メインはISPや通信事業。「お恥ずかしながら、20年前くらいから進出している米国以外、グローバルでの事業は立ち上がりに時間を要した」(延廣氏)という。これは基本的には国家戦略の影響を受けやすい通信事業の性格によるもの。実際、日本にも1990年代の通信の規制緩和を受け、外資系通信事業者は進出してきたが、現在までビジネスを継続しているところは少ない。「国営で通信事業をやっているところが多い中、外資系がきちんとしたビジネスを進めるのは難しい」と延廣氏は語る。

 そのため、近年はIIJも通信ではなく、SIやクラウドのような部分でグローバル進出を進めているが、ここでも課題はあった。「クラウドビジネスの場合、データセンターや回線のようなインフラ、クラウドを構築できる技術、運用を任せるためのリソースの3つが揃っている必要がある。グローバルベンダーであれば、インフラやリソースを買ってこれるが、われわれはそこまでの規模はない」と延廣氏は語る。

 日本のリソースを使い、現地の日本企業向けにサービスを展開しても、ビジネスはスケールしない。そのため、IIJの国際ビジネスとしては、やはり自社の技術と現地のリソースを用い、あくまで現地の企業に使ってもらうという戦略になる。「国内では競合が多いが、市場が広いので、なんとかやっていける。でも、海外に行くんだったら、トップとらないと意味がない。ある程度ポテンシャルのある地域が望ましい」と延廣氏は語る。

 こうした前提があって、進出先の候補としてインドネシアを考えてみると、まず人口2億4000万人と市場が非常に大きく、インターネットの利用率が高いという点が魅力的に映ったという。Facebookの利用率が世界第4位で、BYOD(Bring Your Own Device)は進んでいて、93%(VMware調べ)のユーザーが私物のモバイルデバイスを持ち込んで使っているという。「インドネシアはモバイルがBlackBerryからスタートしているので、とにかく仕事でもやりとりはチャット。メールを使うのはせいぜい見積もりを送るくらいしかない」(延廣氏)。

 一方で、国内にコンテンツがない、競合が少ないというのも特筆すべき事項だ。インドネシアは大手3社の通信会社のほか、中小合わせて数多くの通信事業者、独立系事業者がアウトソーシングサービスを展開しているが、「向こうでは『クラウド=VPS』で月額課金なので、ピュアなパブリッククラウドが存在していない。AWSやマイクロソフト、IBMなどの外資系サービスが存在しないし、日本の事業者もまだまだ」と延廣氏は語る。また、有線のネットワークが安定しておらず、停電が多いので、データセンターにシステムを置くという概念がないのもある意味ポテンシャルだったという。

インドネシアでうまくビジネスが立ち上げられた理由

 こうした中、IIJがインドネシアに進出できたのは、ひとえに現地にBiznet Networksというパートナーが見つかったからにほかならないという。

 2000年創業のBiznet Networksは自前の光ファイバーや無線LAN、データセンターを持つ通信事業者で、ISPやCATV事業なども手がける「ちょうどインドネシアのIIJのような会社」(延廣氏)だという。クラウド事業もあるにはあるが、物理サーバーにVMwareを突っ込んでそのまま提供するようなプライベートクラウドサービスだったため、IIJのようなパブリッククラウドの構築・運用技術はBiznet側でも必要だったようだ。

 2014年にIIJはBiznet Networksと提携し、合弁会社「PT. BIZNET GIO NUSANTARA」を設立し、2015年5月にクラウドサービス「Biznet GIO Cloud」をスタートさせる。「パートナーを得ることで現地でリソースを調達することができた。先方もわれわれの技術も必要だったし、トップ同士も仲いいので非常にありがたいパートナーシップ」と延廣氏は語る。

 合弁会社の設立による一番の成果は、人材面でのリソース調達が現地で可能になったことだという。そもそもインドネシア自体にITエンジニアの絶対数が少なく、いいエンジニアはスタートアップなどにどんどん転職してしまうという問題があった。合弁会社のPT. BIZNET GIO NUSANTARAで技術系の責任者を務めている田中三貴氏は、 「今のエンジニアはインフラではなく、アプリに行ってしまっている。新卒を採って育てても、会社をやめることに抵抗感がないので、5人中3人は辞めてしまう。オーバーハイヤリングをひたすらし続けて、いい条件で仕事を続けてもらうしかない」と語る。その点、今回はBiznet Networksのクラウド部隊をそのまま合弁会社に移管したため、スピーディに事業を立ち上げられたという。

PT. BIZNET GIO NUSANTARA Vice President of Technology田中三貴氏

AWSと同等のIaaSを国内インフラで提供

 現在、PT. BIZNET GIO NUSANTARAのBiznet GIO Cloudでは、セルフサインアップ・時間課金型のパブリックタイプ「GIO Cloud」とVMwareベースのプライベートタイプ「GIO Enterprise Cloud」という2つのサービスが提供されている。前者はファイアウォールやロードバランサーなどが標準搭載されており、インバウンドと1TBまでのアウトバウンドのトラフィック課金は無料で提供されている。「一番、安いコンピュートで1時間112ルピア(1円)くらい。現在はドルに対してルピア安なので、AWSと比べても安価に利用できる」と延廣氏は語る。

 最大のポイントは「リアルパブリッククラウドを作る」というコンセプトで、AWSと同等のIaaSをインドネシア国内で提供している点だ。今までインドネシアで仮想マシンを利用しようと思うと月額で1台1~2万円かかっており、非常に高価だった。そもそもIT機器が輸入品になるので、関税が高い上に納期が長い(最低2~3ヵ月)。しかも、市場が小さいため、規模の経済が効かず、コストを下げられないというのが大きな理由だ。

 そのため、インドネシアでもAWSのシンガポールリージョンを利用するユーザーは増えているが、シンガポールへ抜ける国際回線が細いため、遅延が大きい。しかも、2012年の大統領令で金融機関は国内にサーバーを保持しなければならないという。「ネットワーク環境がよくないので、金融機関にしても、スタートアップにしても、国内にサーバーがあることがすごいアドバンテージなんです。だからAWSと同じような内容・価格のサービスを国内で提供するという戦略でやっています」と延廣氏は語る。実際、国境を越えるAWSのシンガポールリージョンに対して、国内で提供しているGIO Cloudの場合は1/20程度の遅延で済み、事業者側に大きなメリットがあるという。

機材調達以外は苦労話はなし?

 昨年のサービス開始から半年で開設されたパブリッククラウドのアカウント数は約500ときわめて順調だ。日系企業は5%に過ぎず、ほとんどは現地企業。ITサービスも多いが、金融系が20%程度を占めているという。「金融機関は社内でさまざまなアプリケーションを開発しますが、プロジェクトが終わってもその開発環境は残さなければならない。こういうときにクラウドを使うというマインドに変わってきている」(田中氏)。コロケーションとの連携も可能なので、閉域なパブリッククラウドとして活用されることも多いという。

 苦労話を聞こうと思ったが、「申し訳ないんですが、機材の調達に時間がかかるくらいしかないんですよ(笑)」(延廣氏)という答えが返ってきた。「データセンターも、ネットワークも持っていないので、本来は他の事業者との調整が必要なんですが、パートナーのBiznet自体がインフラを持っているので、チャットを介してすぐに融通してくれます」(延廣氏)。インフラを保有してないにも関わらず、通信事業者のような柔軟性やスピード感を実現できているという。

 直近ではオブジェクトストレージやクラウドストレージ提供やルートボリュームのSSD化を実施するほか、2016年はバックアップやPaaS領域のサービス拡充を進めていくという。

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