確定申告前に本書を読んでおくと、書類づくりの励みになる

確定申告前に読みたい 森博嗣さんの生々しすぎる印税話

盛田 諒(RyoMorita)

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『作家の収支』(幻冬舎新書)821円

 作家といえば印税生活。売れっ子作家はどれくらい儲かっているものなのか。森博嗣さんが書いた『作家の収支』(幻冬舎新書)がおもしろい。初めから終わりまでカネの話ばかりなのだ。しかも徹頭徹尾冷静で、研究論文を読んでいるような気にさせられる。

 収入編である第1章の見出しからしてすごい。「文章はいくらで売れるか?」「原稿用紙1枚でいくら?」「時給でいうといくら?」「単行本と文庫の印税率」「翻訳されたらいくらもらえる?」「ブログだけで年収1000万円」など。出版社が焦ってしまいそうなほどあけすけだ。

『すべてがFになる』印税6000万円以上

 気になる印税について。代表作『すべてがFになる』は累計78万部。「ノベルスで約1400万円、文庫で約4700万円の印税であり、この1作で、合計6000万円以上をいただいている」(本書より)。ちなみに「60時間ほどが制作時間になる」ため「時給にすると100万円だ」。

 ちなみに『F』が売れたときの印象は「こんなマイナな作品なのに、意外に売れたな」「世の中にはオタクが意外に(僕が予想している以上に)多いのだな」というものだったと振り返っている。

 中盤に進むと、もっとすごい。「講演をするといくらか?」「ラジオやテレビに出たらいくら?」といった「その他の雑収入」、さらに「作家の支出って?」「資料代と交際費」「衣装は駄目だが自動車は経費」などの支出まで、確定申告ですかというほど洗いざらい記述していく。

 「雑収入」として景気がいい話だと『F』のアニメ化について。当時、同シリーズ10作の合計発行部数は350万部だったが「アニメ化の告知がされたときには、その数が385万部になっていた。35万部も増えたのだ。僅か半年間で、19年間の総部数が一割増しになった」そうだ。

ポルシェは償却資産で経費になった

 一方、作家の支出という想像しづらい領域について。作家というと「資料」「取材旅行」などが想像できるが、森さんにかぎってそれはない。

 「僕は資料も取材も事前に用意する必要を感じない。ネットにつながったパソコンで書いているのだから、資料も取材もネットで充分である。印刷書籍としての辞書もいらない。作家というビジネスにおいて『経費』というものがなくなってしまう。経費がなくなると、収入は全部所得になるので、多額の税金を取られることになる」(本書より)

 そりゃそうだという感じだが、パソコンや事務用品など経費の類は一応ある。たとえば「仮想秘書」ことオンライン秘書サービスもその1つ。公式サイトの管理、スケジュール管理、ファンレターの仕分けなどをまかせて1ヵ月に2~5万円を払っているという。

 そのほかの経費については「執筆時にはコーヒーを必ず飲んでいるから、コーヒーの豆とコーヒーメーカは経費で落としても良いだろう」「ポルシェを新車で買ったことがあるが、償却資産で経費になった」などとさらさら書いている。

 なお税金は「税理士さんに年間で35万円ほど支払っている」。確定申告は「最初の数年は、自分で確定申告をしたのが、これがもう大変で大変で嫌になってしまった」そうだ。

収支がわかればその人がわかる

 ただしこれ、フリーランスにとって“実践的”な本では決してない。本書のタイトルは『作家の収支』だが、「まえがき」に自分で書いているとおり、森さんはかなり特異な作家だ。

 森さんは理系の研究者で、国語が全科目の中で最も嫌い。小説も年に2~3冊しか読まない。作家デビューは30台後半。小説を書いた理由は、趣味(鉄道模型)のためにおこづかいが必要だったから。金儲けのために小説を書いていると最初から公言している。

 「僕は、キーボードを叩いて文章を書く。1時間当りに換算すると6000文字を出力できる」「小説の執筆は、僕の場合、頭の中の映像を見て、それを文章に写す作業である」という言葉からしても、作家というか物語のプログラマという感じが近い。

 収支にしたって、これだけ稼いでおきながら「稼いだ額(税金を惹かれたあとの額)の半分も使えていない」という。作家業の引退後は残りのお金を「自己年金」として生きていたいと書いている。

 「食べることや、着ることや、飲むことなどに興味がないし、博打もしないし、同性異性に限らず人づき合いをしないので、金の使い道がない。当然ながら、投資にも興味がない。現金は利子のない預金にしている。(銀行倒産時に全額が保護されるため)」(本書より)

 森さんのような悟りの境地に至れる気はしないが、収支にはその人が生々しくあらわれる。確定申告前に本書を読んでおくと、すこしは書類づくりの励みになるかもしれない。経費の記入欄なんかを見ているとき、きっと森さんのことを思い出すはずだ。

 なお書籍の後半では、大量消費時代の崩壊によってベストセラー中心の出版ビジネスが立ちゆかなくなっている状況と、今後の業界の展望について、かなり踏みこんだ話をしている。ここが目からウロコでおもしろいので、ぜひご一読を。

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