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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第41回

後編 『ケイオスドラゴン』企画 太田克史氏(星海社COO)インタビュー

たとえ失敗しても「変えようとする側」でありたい

2015年12月19日 17時00分更新

文● 渡辺由美子 編集●村山剛史/ASCII.jp

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(C)混沌計画/「ケイオスドラゴン赤竜戦役」 製作委員会

奈須きのこの単行本帯に「50万部突破」とは絶対に書きたくない

太田 出版社として、もういちど「長い商売」をする、できるところに立ち返りたいと思っているんです。

―― 長い商売というのは?

太田 「作家売り」です。お客さんから見たら「作家買い」ですね。愛着を持って追いかけてくれるような、熱心なファンを作りたいなと。

 今はすごいスピードで作品が消費されて終わってしまいます。たとえばキャラクター人気だけで推していくと、即効性はあるけれど、ブームが終わるのも早いんです。せっかく作った作品がすぐに終了してしまう状態は、作る側にとっても、ファンにとっても、うれしくありません。

 そこでチャレンジしたのがアニメ『空の境界』でした。原作の全7章をそのまま7部作として単館上映するという。

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―― 『空の境界』も、『ケイオスドラゴン』と同じく、知る人ぞ知るタイトルでしたね。たとえばTV版を放送するなどして、タイトルの知名度を上げてからとはお考えにならなかった?

「『空の境界』は、後にTVアニメとしても放送はしましたが、最初からTV版22分の尺に合わせて作ろうとしたら、どうしても原作を改編することになってしまう。それはしたくなかった。原作通りにやりたいという一念でした」(太田氏)

太田 全7章から成る『空の境界』は、各章で物語の長さが異なります。それを忠実にアニメ化するには、TVシリーズよりも劇場版のほうが向いていたんです。

 1章が40分、2章が30分、3章は1時間半……劇場版の作り方としてはかなりイレギュラーだったと思いますが、お客さんには各章ごとにまとまった物語を堪能していただきたかったんです。

 じつは作品タイトルの知名度についても、アニメ業界の方から言われました。

 「いくら奈須きのこさん原作でも、『Fate』シリーズと比べると『空の境界』はマイナーコードだから難しいんじゃないか」って。でも、僕はいけると思いました。「奈須さんはマイナーメジャーの帝王だから、こういうやり方のほうがかえって良いんです」と答えたのを覚えています。

 フタを開けてみると、数少ない劇場には奈須きのこさんと『空の境界』のファンが、大勢来てくれました。劇場に人が殺到しすぎて、大変でしたけれど。

―― どうしてお客さんがたくさん来てくれたのですか。それは作家さんが「マイナーメジャー」ということと、何か関係があるのでしょうか?

太田 ファン層が「濃い人」ばかり、ということですね。

 前売り券を買った上で山梨から交通費かけてとか、ちゃんと気合いの入ったお客さんなんです。ネットで見ましたよ、「これは俺への挑戦状か」みたいな書き込みを。それで「よし、行ってやるわ」と応戦してくれる。そんなお客さんが全国からたくさん集まってくれました。

―― 濃い人というのは、作品に対する愛着が強いのですか?

太田 作品だけでなく、作家への愛着がすごくあるんです。マイナーコードと呼ばれる作品には濃いファンがついている。マイナーなものにつく濃いファンの心理というのはよくわかるんです。なぜなら僕自身がそうだから。「俺だけが、奈須きのこのことを世界でただ1人わかっている」というような。

 だからこそ、売り方を間違えてはいけないんです。

 あの人の作品って、宣伝をだーっと流したらダメなんです。特に、単行本の帯に「何万部突破!」って付けることは絶対にやりませんでした。普通の販促としては、何万部突破という告知をタイミングよく打っていくほうが売れます。なぜなら人口としては「50万部突破した作品なら読んでみよう」という人のほうが多いから。

 でも、僕の好きな作家はそうじゃないんですよ。

 何万部突破と言った瞬間に、「あ、俺と同じような自意識の人間が、何万人もいるんだ……」と冷めてしまう。俺だけが奈須きのこの良さをわかっていると思っていたけれど、結構みんなわかっているんだとなったら、何か冷めちゃうじゃないですか。

 それはサービスじゃないですよね、そういう作家さんのファンにとってみると。

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―― 「長い商売」は作家に紐付いている、と。コンテンツ消費のスピードが上がっている今の時代に、「長い目での作家売り」というのは可能なんでしょうか?

太田 スピードが速い時代だからこそ、作家売りがいいんです。

 作家で売り出していくのは時間がかかるし大変ですが、長く売れるんですよ。ファンは、1回作家のことを好きになったら、次もその作家の作品を買ってくれる。僕はこれが商売の本道だと思うんです。「“作家を売る”に徹しましょう」をずっとやってきたし、これからもやりたいと思っています。

 アニメスタジオでも、近年は丁寧に作ったところがブランドを確立しています。ユーフォーテーブルやシャフトなどもそうですね。作家性で愛着を持った人がずっと作品を買ってくれる

 『化物語』のときがそうでした。当時作ったキャッチが「西尾維新×新房昭之×シャフト」。シャフトさんと新房さんの名前が挙がれば、これからはこの3者が携わった物に関してはお客さんが認知してずっと売れるはずだから、と。

―― 作家名で追いかけてくれる「居着きの客」を作ることが、ブランディングにつながっているということですね。

(次ページでは、「一蓮托生になるように、製作委員会を2つ作った」)

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