まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第49回
アニメを変革する“3DCG”という刃――サンジゲン松浦裕暁社長インタビュー
劇場版公開中『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』がアニメに与えたインパクトとは?
2015年02月17日 17時00分更新
ベイマックスは凄い出来だけれど……
「僕たちは、彼らにできないことをやるべき」
―― 先日公開され人気を博しているベイマックスを、フル3DCGアニメという観点からはどうご覧になりますか? 東京が舞台のモチーフになっていたり、日本のアニメ的な要素が散りばめられているとされますが。
ベイマックス見た。こういうセミリアルな作品は、もちろん日本でも技術的に作れると思うけど、単純に今は作品規模的に太刀打ち出来なそうとか思っちゃう。この先、なるべく早く、僕たちサンジゲンも世界でこの予算規模や人材が集まってくる制作会社になりたい。コヤマシゲトさんgood job!
— 松浦裕暁@劇場版アルペジオ公開中! (@MatsuuraHiroaki) 2015, 1月 10
松浦 凄く綺麗だし、ホント良く出来てるなと思いますが、基本的には『トイストーリー』の頃から変わっていないですよね。……お金も掛ってますしね。
でも、あれが「ハイエンドアニメーション」か?というとちょっと違いますよね。やっぱりファミリー向けだなと。僕らの作っているようなアニメに比べるとフェチズムが少ない。
ベイマックスは素晴らしいと思うんですが、僕らが彼ら「セミリアル」と同じ方向を目指すのか?ということですよね。だから僕自身は全然焦ってはいなくて、例えば、日本でアレと同じ事をやろうとすると、そもそも作り手の人数が足りない。アルペジオDCのように20~30人で映画を作ろうという規模感では少なくとも今は無理なわけです。
―― そのあたりも含めて前回のインタビューでは「ガラパゴスでよい」というお考えを示されたわけですね。
松浦 そこに固執しているわけではありません。海外向けのアニメーションというのも考えなければなりません。ただ、アレをそのまま作りたいというわけではないんです。同じことやりたかったんだったら、ディズニーに入社した方が早いですから(笑)。
彼らにできないことを僕たちはやるべきで、1つはセルルックの延長上にあると思うんですよね。それがどのくらい市場で支持されるか、という問題はもちろんあるわけですが。009は国内でまずちゃんと支持されるということを目指しましたが、そろそろ僕たちは海外も見ていかなければならないと思っています。
フェチズムが求められるハイエンドなセルルックアニメだけでなく、子ども向け作品などを海外のパートナーと一緒に作ることも含めて、ですね。
新作パートが40分以上……しかしアルペジオDCは2ヵ月で完成
「アニメ制作のある種のゆるさ」を排した体制作りの結果
―― そんな松浦さん率いるサンジゲンですが、いよいよ劇場版アルペジオが公開となりました。ここまでの話を踏まえポイントはどういったところになるのでしょう?
松浦 制作体制は大きく変えました。テレビシリーズのときは初めてということもあり「転がりながらのゴール」でも構わないという考え方で臨みましたが、同じ事を2回やっても仕方がありません。そこで、テレビシリーズを経験していないディレクターを2人立てました。
―― テレビシリーズのときのような2.5班体制ではなかった、ということですね。
松浦 はい。ディレクター2名で2班体制です。そして、40分以上の新作パートがあるにも関わらず11月からスタートして2ヵ月で完成させました。僕が「絶対に年を越すな!」って厳命したんです。
現場には無理させましたが、スケジュールや予算が超過することが当たり前となってしまっている従来のアニメ制作のある種の「ゆるさ」を排したかった。アルペジオは劇場版もさらにもう1作控えていますし、一定の枠組みの中で、表現も追求しつつ、やれることをやれる体制を作り上げたかったということですね。
―― そこに強くこだわる理由は?
松浦 アニメってそもそもそんなに儲からないんですよ。作った作品が評価され、次の作品につながっていくのは楽しいけれど、スタジオ経営という観点からは「継続可能性」を追求しなければいけません。と同時に、スタジオの存在感を高めるブランディングもやらなければならない。つまり先行投資も必要です。
そのためにはアニメを作って、少しでも利益を出す体制が必要であり、皆がそういう意識を持っていないと、アニメスタジオは簡単に赤字企業になってしまうんです。
―― 実際、多くのスタジオが生まれては消え、を繰り返していますね。
松浦 大ヒット作が出れば……という運頼みではいけないということですね。大きく当たらなくてもちゃんと利益が出て、一定の評価を受けることができる、そんなスタジオになっていきたいと思っています。
今回はテレビシリーズの総集編という意味合いもあるのですが、かなりのボリューム(約40分)の新作パートも含まれ、新キャラも多数登場します。
総集編の部分は12話分を圧縮していることもあり、駆け足にはなっていますので、テレビシリーズを見ていない方、流して見ていた方は、ぜひブルーレイや配信サイトで復習して劇場に足を運んでもらい、新作パートをじっくりと楽しんでいただければと。
―― そのテレビシリーズでは結局イオナは何者なのか、といった謎は残りました。今回はその謎が解き明かされる、という期待をしていてよいですか?
松浦 どうでしょう(笑)。そこは秘密ですが、僕たちなりの決着をつけた映像を用意しましたので、続編含めぜひ楽しんでいただければと思います。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。デジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆などを行なっている。DCM修士。
主な著書に、堀正岳氏との共著『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』、コグレマサト氏との共著『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』(マイナビ)、『できるネットプラス inbox』(インプレス)など。
Twitterアカウントは@a_matsumoto
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