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NHK広報局のエンゲージメントと接客の違い

スタバは100万人フォロワーとなれ合わない

2014年08月23日 07時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)/アスキークラウド編集部

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スターバックスはドミナント戦略でブランド力を強めた。ソーシャルメディアではフォロワー数の多さが目立つが、 既存店の上客からの要望を吸い上げ、店舗を強化する手段として利用。ただ数字を追い掛けるだけのソーシャル運用は、宣伝費をドブに捨てているようなものだ。

Dominant Beans

 居酒屋が軒を連ね、喫茶店は路地裏にわずかだけ。スターバックス(スタバ)は、業界で「コーヒー砂漠」といわれた東京・神田にコーヒーチェーンとして出店し、見事成功をおさめている。

 「神田にはファストフード系チェーンがなく、マクドナルドに見捨てられた場所。そこで成立するスタバはさすが」と、業界紙「外食日報」の菅則勝編集長もスタバの経営手法を絶賛する。

 2004年度から昨年度までの10年間で、スタバの国内店舗数は551から1034店にほぼ倍増した。既存店のてこ入れを図った時期もあったが、2011年就任の関根純CEOは新規出店による成長に再びかじを切っている。スタバは日本進出当初から銀座、青山など都心の一等地に目をつけてきた。既存店のある地域でも、好立地なら出店。近隣のコーヒー需要をことごとく獲得していくドミナント戦略を採ったのだ。

 近年は郊外やサービスエリアなどにも出店しており「スタバ空白地帯」は都内では江戸川区や荒川区などに限られている。関根CEO就任以来、売り上げとリピート率は前年同月比で成長続き。ドミナント戦略が功を奏し、商圏内の客を支配した様子が見てとれる。

 近くにライバル店があっても、ロゴが視界に入ればファンはスタバを選んでしまう。ドミナント店は、強いブランド力のあるスタバや有力コンビニチェーンにしかできない戦術に思えるが、実はテクノロジーでも補える。

 国内で実証実験が進んでいる「iBeacon」(アイビーコン)だ。

 アイビーコンはアップルが開発した近距離無線技術。アイフォーンを持った客がアイビーコンサービスを提供する店の近くをり掛かると、セール情報やクーポンが表示される。普及が進めば、別の店に入ろうとした客にクーポンを送り付けて「客を奪う」装置にもできる。

 すでに飲食店などで導入が始まっており、大規模チェーンでなくても集客効果があるという。だが、成功には初期段階で協力してくれるファンが欠せない。そこで注目されているのはソーシャルメディアだ。

 スタバが実店舗で培ったブランド力はネットにもあらわれる。ツイッターのフォロワー、フェイスブックの「いいね!」、ウェブサービス「マイ・スターバックス」会員はいずれも100万を超えた。


フォロワーは多いが基本は「接客」

 しかし、重要なのは数字ではない。

 ソーシャルメディアに詳しいコンサルタント会社ISSUNの宮松利博社長は「企業の投稿は通常、タイムラインに流れる全投稿の3%程度にすぎない。フォロワー数だけ増やしても、結局は広告を打たなければリーチできないはず」と話している。

 海外でも数字=利益の単純な構図は見直されつつある。例えばザ・リッツ・カールトン・ホテルは、50万人近いフェイスブックのファンを特に増やさないことに決めた。同社のアリソン・シッチ・グローバルPR担当副社長は、ウォールストリート・ジャーナルの取材に、目的を顧客の行動調査に変更したと語る。

 スタバの強さは数字ではなく、顧客との接し方にある。

 スタバのソーシャルメディアは新商品の情報発信がほとんど。13万人にフォローされるNHK広報局のように、顔文字を使い友達のような「なれ合い」はしない。あくまでソーシャルは店舗と地続きと考え、客の聞き手に回っている。

 スターバックス コーヒー ジャパンマーケティング担当の長見 明氏は3年前、広告関連イベントで「エンゲージメントといった言葉を使わず接客をどうするかと考えてお客さまと会話すればいい」といい、接客目線でソーシャルを運用するという方針を話していた。

 接客目線のネット活用は、マイ・スターバッスが始まりにして本流だ。

 目的は要望の吸い上げ。経済学者パレートの法則によれば2割の上客が8割の利益を生む。上客が抱える課題を解決すれば、店舗をさらに強化できるのだ。『スターバックス再生物語』(徳間書店刊)で、スターバックスのハワード・シュルツCEOは「革新とは、商品を見すことではなく、関係を見直すこと……(中略)……お客様からの提案は、対話へとつながる扉である」とも述べている。

 「クーポンをばらまいたりず……(中略)……お客様に語ると同時に耳を傾ければ、お客様は私たちについてきてくれる」(同書)


目的ではなく結果が数字になる

 企業は4億8000万人の会員を持つLINEも使い始めている。レディースアパレルのオルケスは、セール情報をLINEで配信すると前週比で売り上げが50%アップしたという。だが、プラットホーム主体で数字を追い掛ける限り状況は変わらない。新たな広告手法が現れ、以前と同じ煩悶を繰り返だけだ。

 スタバの強みはあくまでセイレーンの歌声よろしく、客を呼び寄せる実店舗の魅力にある。

 IT業界では「セブン-イレブンは来年にもアイビーコンで実店舗への集客を始める」とささやかれている。だが、新しい技術が「水増しフォロワー」と同じく、売り上げを生まない集客になっは意味がない。ついファンになってしまう雰囲気を、ソーシャルメディア、実店舗、ネットショップを通じて醸し出す努力が必要なのだ。


アスキークラウド2014年10月号(8月23日発売)より転載。

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