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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第34回

【前編】『Wake Up, Girls!』監督 山本寛氏インタビュー

山本寛監督「アイドルが輝くのは数字重視じゃないから」

2014年07月11日 18時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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(C) Green Leaves/Wake Up, Girls!製作委員会

日本人は、アイドルに夢を託す

山本 当時、「がんばろう日本」が標語になりましたけど、むしろ頑張る以外に道がないというのかな。そういうことを日本人が意識し始めたと思うんです。

 震災後、復興はどうするんだ、エネルギー問題は、貿易赤字は、景気は……様々な問題について国民が自覚し始めて、将来日本は必ず良くなりますよとは誰も断言できなくなった。

 だから、なかなか結果を残せない、結果が見えない時代に「結果はどうなるか分からないけれども、ただもう今、頑張るしかないよね」という空気になっているんだと思います。

 アイドルが支持されるのは、「結果が見えないもの」だからだと思います。

―― アイドルが「結果が見えないもの」というのは……?

山本 アイドルって、100万枚売れたからすごいとか、東京ドームでツアーをやったからすごいとか、オリコンずっと1位だからすごいとか、数字で評価されるものではないんです。アイドルを支えているファンというのは、数字とか結果を求めていない

 先ほど、アイドルはエンタメ業界で数字を残しているというお話をしたばかりですが、「ももクロはなぜすごいのか?」を語るときに、数字を提示してもじつはあまり意味がないんです。ももクロはシングルではオリコン1位とったことないですし(※インタビュー時点)。

―― ファンにとって「すごい」という評価指標が数字ではないとすると、評価はどんなところにあるのでしょうか。

山本 「彼女たちがすごいのは、頑張りがすごいからだ」という、ふわふわした論評になってしまうのですが、ももクロを支持している人たちは本気でそう思っています。

 アイドルって「結果」じゃない。頑張っているという「過程」を見せるものだというのが、長年アイドルを見てきた僕なりの気付きです。

 結果よりも過程が大事というアイドルは、今の、結果が見えない日本に暮らす人々に、「なにはなくても頑張ろう」という励みになった。アイドルは、今日本人の精神的支柱になっているんじゃないかと思います。

 「元気をもらう」という言葉がありますけど、今の日本人にとって非常に大きなエネルギー源になると思うんです。若い人だって、なかなか頑張れない時代ですからね。古くさいかもしれないけど、元気をもらうことは一番大事だなと。

(C) Green Leaves/Wake Up, Girls!製作委員会

―― 若い人も頑張れない時代、ですか。

山本 僕はそう感じています。今の若い人の傾向として、自分ではあんまりがむしゃらに頑張れないというところがあるんじゃないかなと。

 たとえば、僕の周囲にいるアニメ現場の若い子たちも、将来なりたいものがある、なりたいという意志はあっても、僕はプロデューサー志望ですとか、演出ですとか、あまりそれを主張しないんですね。

 なりたいという意志はあるんですけど、そのために何をする、どう努力するんだと聞くと、いやあ、別にってなってしまって。演出だったら演出の本読みなよとか、コンテを描いて持ってこいとか、持ち込みをしろとかあるんだけど、そこまではやらない。

 僕の頃なんかは、会社に辞表バーンと出して、演出をやらせてくれ、さもないと会社辞めるぞっていうところまで行ったので。僕はまた特殊なのかもしれませんが(笑)、ただ僕の世代も、上の先輩の世代にそうしろって教わりましたから。「おまえアピールが足らないから、このままじゃ演出できねえよ」って教えてくれましたから。

―― ああ、そうですね。私がライターになった頃も、みんな競争でした。今は違うのかもしれないですね。

山本 欲というもののあり方がちょっと変わってきているんだと思います。若者が車を欲しがらなくなったとか、そういう流れと通底していると思いますけれども。

 現実は大変だという思いが強すぎるのか、結果を先にシミュレーションしてしまうのか、何かを犠牲にしても頑張って夢を叶えようという思いは強くなくて、自分の夢をわりと早く見切ってしまうところがあります。

 そういった叶えられなかった夢まで、アイドルに全部託すようになってるんですね。

―― アイドルというのは、普通の人が頑張る気力を失いかけた時代に、代わりに頑張ってくれる存在だと。

「アイドルは、自分の代わりに夢に向かって頑張ってくれる存在」(山本監督)

山本 そう思います。ファンのアイドルに対する感情というのは、もう疑似恋愛のレベルを超えてて、自分の叶えたかった夢、言わば人生を託している。このアイドルの子たちが夢を叶えようとしている。なら、自分の夢も乗せちゃおうという。

 よく言われる話なんですけど、だからこそアイドルはものすごく苦労しなきゃいけないし、恋愛がご法度なのは、俺の人生預かってるんだ、恋愛している場合じゃないだろう?っていう話なんです。

 アイドルの恋愛というのは、ファンにとってもはや恋愛感情じゃないんですね。自分の好きなあの子が誰かとくっつくのが嫌だという以上に、「俺の夢をどうしてくれるんだ」という。

 そうやって疑似恋愛の対象を飛び越えて、自分の人生に重ねちゃっている部分があるんじゃないかと思います。

お客さんは、成功した「結果」よりも
「苦労する過程」が見たい

山本 だから、今の時代のアイドルが、お客さんに提示する「物語」も大きく変わってきていると思います。

 昔は、かわいくキャッキャしている様子を見せるだけでお客さんに受けた。むしろ遠い世界の住人であることが夢を提供することにつながった。でも、今の日本では、アイドルたちが厳しい現実に翻弄されて、それでも立ち向かうという「物語」が支持されているんだと思います。

―― 現実に立ち向かうという物語、ですか。

山本 アイドルは「過程」が大事だとお話ししましたが、過程というのは、アイドルたちがまったく売れなかったところから、死にものぐるいで頑張ることで、だんだん応援してくれるお客さんが増えていくという「物語」なんです。

 AKB48は自分たちの歩んできた道を『DOCUMENTRY OF AKB48』というドキュメンタリー映画にして、苦労した過程をお客さんに見せているんですね。ももクロも、最初は代々木公園でストリートライブをやっていた。マネージャー運転のワゴン車にすし詰めになって車中泊しながら全国行脚した。そういう苦労と頑張りが伝説となって残っていく。

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―― 今のお客さんが見たいアイドル像は、苦労して頑張っていく姿だということですね。WUG!を制作するときには、どんなところにポイントを起きましたか。

山本 1つは、スタートをしっかりやることにしました。アイドルの何が一番大事かというとデビューなんです。デビューこそがアイドルの肝だと。お客さんは、デビューした瞬間を目撃したいんですよ。そこから成長する姿が見たい。成功したアイドルのゴールを見てもしょうがないわけで。みんな、スタートに飢えているんです。

 デビューというのは、アイドルの成長物語の出発点。だからWUG!では「デビュー」にこだわって、キャストも全員新人にしようと思いました。

声優ユニット『Wake Up, Girls!』

 2012年にエイベックスと声優事務所81プロデュースが共同で行なった全国オーディションによって結成された7人の声優グループ。アニメ『Wake Up, Girls!』の声優としてデビュー。歌、ダンスなどもこなし、各地でイベントに出演。

 メンバーは、吉岡茉祐(島田真夢役)、永野愛理(林田藍里役)、田中美海(片山実波役)、青山吉能(七瀬佳乃役)、山下七海(久海菜々美役)、奥野香耶(菊間夏夜役)、高木美佑(岡本未夕役)。

日本各地でのオーディションによって集められた新人声優7人のユニット『Wake Up, Girls!』

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―― キャストは全員新人な上に、全国オーディションまでしたそうですね。ずいぶん大がかりな仕掛けです。

山本 採用する時点から物語が始まるようにしたかったので。アイドルの結成の物語なら、やっぱりデビューをやらないと駄目なんです。すでに有名な役者さんではデビューにならないんです。お客さん的には「声をあてている“中の人”は、もうちゃんと軌道乗ってるしなぁ」で終わってしまうから。

―― 声を当てる声優とアニメのイメージを同じにしたかったのですね。

山本 はい。特にこのWUG!の場合は、アニメと声優の強いリンクは不可欠だと思ってやっていました。声優も同時にデビューさせたほうが、お客さんへの説得力が増すだろうと。物語性を徹底したということですね。

 もう1つのポイントは、泥臭くいこう、ということでした。

 そこで、島田真夢たち7人のアイドルの卵が、芸能界の荒波にもまれるお話にしました。最初は仙台の弱小プロダクションで寄せ集めみたいに始まって、ライブやるにもハコを借りるお金がない、自分たちでライブのビラ配りをしたり。

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