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開発者を勢いづけ、カメラ機能を強化し、Macにも波及効果を

WWDC 2014に見るアップルの3つの企み

2014年06月12日 11時00分更新

文● 林信行

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ウェアラブル・カオス(混沌)に終止符を打つ企業は

 本来ならこうした標準化の問題は、製品を提供しているメーカー同士が手を取り合って業界団体を作って築いていくべきだ。しかし、競争の激しすぎる今日の世の中ではそうしたことは期待しにくい。テレビや録画機器の連携を実現する規格も業界団体はあっても、実際にはうまく連携しきれないのが世の常だ。

 では、そんなウェアラブル・カオス(混沌)に終止符を打ってくれる会社はどこかと考えたとき、実は、ちょっと前までは筆者は「もしかしたらGoogleじゃないか」と思っていた。

 同社では、Android OSベースのウェアラブルを開発するための仕様を策定し、その中でヘルスケア機器も定めている。

 しかしよく考えたら、Googleはどちらかというと秩序を作るよりは、誰もが自由に多種多様なバリエーションを作れる、むしろ混乱を広げるベクトルの開発を応援する会社だったし、Android Wearの発表後の今もヘルスケア機器を規格統一していこうという話はあまり聞こえてこない(6月25日から開催のGoogle開発者会議、Google I/Oに期待したい)。

Android Wearの発表を受け、モトローラから「Moto360」(写真左)、LGから「G Watch」(写真右)が公表された

「HealthKit」が、歩みを進めるための第一歩かもしれない

 では、アップルはというと、筆者が上で述べたようなウェアラブル機器の問題を基調講演でまさに明言した上で、「HealthKit」という健康管理系デバイスのための連携ライブラリーと、そうした健康系の情報をiPhone上で参照するための標準アプリの画面イメージを披露してみせた。

健康系の情報をiPhone上で参照するための標準アプリの画面イメージ

 最初のHealthKitでは、もしかしたら、今出ているすべてのヘルスケア系デバイスの情報には対応しきれないという可能性は十分ありえる。だが、とりあえず叩き台ができたことで物事が先に進む。

 いずれ、種々雑多なヘルスケア機器が連携を始めて、もっと日々の暮らしの中で実用的な提案をする時代がくるのだとしたら、その第一歩は、おそらくこのHealthKitを含むiOS 8の発表だろう。

 もしかしたら、今から5年もすれば、こうしたヘルスケア系ウェアラブルは、もっと当たり前に使われるようになっているのかもしれない。その時代には、もしかしたら、ただ1個のウェアラブル機器だけではなく、リストバンドとメガネと靴、また体内に埋め込んだ血糖値モニターが、それぞれ情報を集めてiPhoneに送り、その上でiPhoneがHealthアプリや他社製アプリを通してより統合的な健康アドバイスをくれるようになっているのかもしれない。

 もし、そんな時代が本当にやってきたとしたら、その第一歩として人々が思い出すのは、Android Wearの発表ではなく、このWWDCでのHealthKitの発表なのかもしれない。

 ちなみに、こうした次世代のヘルスケア機器は競争が激しい分野だ。アップルがiOS 8をリリースする秋頃まで、3ヵ月近い猶予期間を用意したことで、最初の製品はiOS 8や新しいiPhoneが発表される秋頃までには出荷準備が整っているかもしれない。

 あるいは、中には既存製品にファームウェアアップデートをかけて、HealthKitに対応させてくるところもあるかもしれない。いずれにしてもそうした製品をアップルは応援してくれることだろう。

「その製品はこうデザインするものだ」というお手本—
「iWatch」は本当にないのか?

 と、ここまではヘルスケア製品の応援団という視点でアップルの考えを分析したが、一方でアップルがそうした会社にとって脅威になる可能性もあることも指摘しておこう。アップルは常に他社にプレッシャーを与え続ける会社だ。

 ヘルスケア機器メーカーの最大の応援団であると同時に、尻叩き役にもなって、あえて対抗製品のiWatch(正式な名前ではないが、便宜上アップルが出すと噂されているスマートウォッチをそう呼ばせてもらう)を後から出してくる可能性はそれなりにある。

 早ければiOS 8の発表と同じ秋頃、あるいはその少し後であれば、それらの機器の対抗製品として基本的なヘルスケア機能を備えた、iWatchを出してくることもありえると思う。

 いくつもの会社が、ただ技術的に低コストでできるようになったからといって、大したデザイン的工夫もせずに似たような機能の製品を作るのは無駄でしかない。そんな時アップルは、「その製品はこうやってデザインするんだ」という手本のような製品を自ら出してくることがある。

 初代iPodがまさにその好例だ。初代iPod発表前まで、アップルは他社製音楽プレーヤーの応援団で、iTunesには他社製ハードウェアのラジオ設定を行なったり、オーナー名などの情報を設定する機能も備えていた。

 ただ、他社があまり製品の改善に頑張らず、いつまでも工夫のないまま同じような製品を出し続けていたので、アップル自身が、「音楽を楽しむ」という本来の機能を最大限に活かして余計な機能を取り払った初代iPodを開発して、他社製品を駆逐してしまった。

2001年10月に発表された第1世代iPod。発表当初は、その頃流行していたシリコン音楽プレーヤーの単なるHDD搭載版と見なす声も少なくなかったが、半年ほど経つと他社製品をしのぐ人気を獲得した

「iTunes 2」は第1世代iPodと同時に発表された

 別にこれは他社の音楽プレーヤーの終焉ではなく、例えば録音機能や映像再生機能など、iPodにない特徴を備えた他社製品は生き延びることができた。

 アップルが万が一、iWatchを出した場合も同じだ。アップルはアグレッシブに最新機能を搭載して他社のチャンスを奪うことはせず、それよりはすでに誰もが提供している基本機能を、「確かにこれなら誰でも使う」と納得させる圧倒的なデザイン力で形にしてくることだろう。

 ヘルスケア機器のメーカーは、アップルがそうした製品を出す前に自社だけのユニークな軸や価値提案を確立できていないと困ったことになる。

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