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石井英男の『研究室研究所』 第3回

この研究者・開発者がスゴイ!――大野修一氏

Gのレコンギスタの舞台“宇宙エレベーター”に惚れ込んだ男

2014年06月11日 11時00分更新

文● 石井英男

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クライマーの能力を競う宇宙エレベーターチャレンジ(SPEC)は、富士山を望む静岡県富士宮市富士裾野で開催されている(提供:宇宙エレベーター協会)

競技会を毎年開催中 すでに最高記録は1キロを超えている!

 宇宙エレベーター協会が、啓蒙・普及の一環として力を入れているのが、毎年開催されている宇宙エレベーターチャレンジ(SPEC)である。これは以前、宇宙エレベーター技術競技会と呼ばれていたもので、上空に係留したバルーンから垂らしたロープやベルトを昇降するクライマー(昇降機)の性能を競う

 宇宙エレベーターチャレンジについては、秋山文野さんのレポート記事を見ていただきたいが、2009年に開催された第1回では、ロープの頂上部の高度は150mだったが、毎年高度が高くなっていき、昨年開催された第5回では高度1200mを実現した。以前、NASAも似たような競技会を開催していたが、そのときの高度は1000mが最大であり、NASAの記録を更新したことになる。

 そこで、宇宙エレベーターチャレンジを始めたきっかけや今後の展開について、大野さんに訊いてみた。

大野 「飲み屋に集まって『宇宙エレベーターって良いよね!』っていう話をしていたんですが、それだけじゃ面白くない。海外も基本的にカンファレンスばかりなんですね。アメリカの宇宙エレベーター会議に行くと、NASAのジェット推進研究所の人とかボーイングの人とか、非常に優秀な人が趣味としてやっていて論文も出しているのですが、それ以上のことはやっていません。

 NASAが賞金を出していた宇宙エレベーターのクライマー競技会も2009年で終了しました。アメリカでは、宇宙開発もビジネスになるか否か元にして動きますので、お金にならないと敬遠するらしいのです。

 でも日本には、鳥人間コンテストとか、ロボコンのような土壌があるので、とにかくやりたいことをやろうと始めたのが宇宙エレベーター技術競技会です。

 これは宇宙と地上をつなぐテザーを登る機械“クライマー”の技術を向上させようという意図です。意外にも、垂直に張ったベルトやロープを自力で昇降する機械って、世の中にほとんど存在しないのです。近いものとしては、車椅子を載せて駅の階段を上がっていく機械や、枝打ちをする木登りロボットぐらいで、技術的にも立ち遅れているのですね。

バルーンで吊るしたテザーを伝って、自作のクライマーを昇降させる(提供:宇宙エレベーター協会)

 そして、宇宙エレベーター10万kmのうち、大気圏内はたった50kmで、基本的にここから上は環境的に変わりません。ただ、その50km内では雨が降り、風が吹き、雷が落ち、気圧が変わるという最も過酷な距離でもあります。この50kmを抜けられるクライマーの技術確立が必要なのです。

 2009年の高度150mを皮切りに、2010年300m、2011年600mと倍々になり、2012年は1200mに挑戦するはずが技術的にうまくいかず800m止まり。しかし昨年、1200mに成功しました。

 競技会の参加チームは、それぞれがクライマーを自作しています。参加者は大学生がメインですね。図書館に行っても、宇宙エレベーターのクライマーの作り方という本はありませんので、持ち込まれるクライマーはどれも個性的です。ですから、これが発達していくと、本物のクライマーを作るための技術的なベースになるのでは、というのが謳い文句です……本当は、面白いからやっているだけですが(笑)」

―― 海外からの参加者もいらっしゃるそうですね。

大野 「ドイツのミュンヘン工科大学の学生さんたちは今年の大会も来ると思います。彼らは、設計とシミュレーションをこなした後、製造に関してはマイスターコースの人や工場に頼むという分業制になっています。

 興味深いことに、ドイツのクライマーは非常に性能が良く、モーターや回路を変えたりして何年も使うのですが、日本の場合は、1台作って試験して性能が出ると、ほったらかして次のものを作るのですね。大体、1チームで年間3~4台作っています。

 2009年頃、時速40kmで昇るカナダやドイツチームのクライマーに驚いていたのですが、その後の国内の進歩が爆発的で、日本大学の入江研究室が作ったクライマーが2012年に瞬間最大で時速150kmを記録した後は、もうパワーゲームになりかねないからと、各チームは耐久性や、繰り返し往復するための再現性を追求し始めています」

すでにクライマーの最高時速は約150kmに達している(2012年時点)。その後、各チームの興味は耐久性と再現性に移り、回生ブレーキやコンピューターを複数台積んでの制御技術などが焦点になっているという(提供:宇宙エレベーター協会)

―― ベルトやロープも特別製だそうですね。

大野 「はい、帝人さんが作っているアラミド繊維のテクノーラという高価な素材を使っています。この素材は防弾チョッキなどにも使われていて、キモは耐熱が500度であること。というのも、クライマーはモーターがよく燃えるんです(笑)。燃えるたびに切れていては競技会にならないので、耐熱性も重要なのですね。

 それから、1000m級を上げるときに使う風船の直径は6.75mで、それを3~4つつなげていますから、もしロープが切れて飛んでいくとアウトなのです。なんといっても日本で最も多く飛行機が飛んでいる東京~大阪間の航路の下ですからね。ちなみに、風船には火薬を使った穴あけ装置を積んでいます

写真の通り、連結したバルーンの大きさはちょっとした一軒家並み。旅客機の航路と重なっていることもあり、安全確認は絶対に欠かせない(提供:宇宙エレベーター協会)

―― 今年は2km超えるのでしょうか?

大野 「じつは、1m上げるのに1万円ほどかかるんです。ヘリウムは現在高騰していますから、昨年はヘリウム代だけで170万円に上りました。仮に、高さを倍にすると全体で1800万円も必要になります。

 そこでおそらく今年は、高さに関しては昨年と同じく1200mになると思います。ただし、今度は往復競技にしようと。みんな耐久性やエネルギー効率を求め始めているので、何往復できるかという方向性になりそうです。もちろん、より高い高度、2km、5km、10kmへの挑戦準備も始めています。

 また、入門用として、タミヤのラジコンカーをベースにした、SPIDERという競技の開催も予定しています。こちらは、高校生が中心になると思います」

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