出版社とどう向き合うか?
―― 『ナナのリテラシー』の見せ場の1つが、先生自身を投影した登場人物が、出版社と対峙する場面です。
みそ 「“鈴木みそ吉”が、マンガのなかで『うーん』と悩むところは、実際に悩んだ部分ですね。僕自身はもうちょっとドライな性格なので、多少誇張はありますが」
―― 作中ではかなり迷いながら、最終的に出版社に既刊のセルフパブリッシングを宣言することを決断していますね。
みそ 「やはり多くの作家はそこで迷いますからね。でも、赤松健先生のJコミなどのお陰で、かなりやりやすくなったと思います」
―― しかし、先ほどのお話で、新人だとなかなかそういうわけにはいかない?
みそ 「自分自身で全部やろうと思わずに、利用できるところを利用する、という考え方が良いと思いますね。おそらく、これからは電子の新人賞などいろんな動きが出てくると思うんです。みんなコンテンツが欲しいわけですから。
出版社だって紙だけじゃなく、いろんな媒体で、才能のある新人が欲しく欲しくてしょうがないわけですよね。何かの拍子で一個当たれば、『進撃の巨人』のような大ヒットになるわけですから。
利用できるものは利用して、そこで出せるものは出す。ただし、そのとき契約で全部持って行かれないように、絶対的にこの権利は渡しちゃだめだよっていうのを常識にしたいですね。電子の出版権は作家が持ってOKで、そういう事を出版社に言っても構わないんだと」
―― 先日、電子書籍にも出版権を認める方向で著作権法が改正されました。あくまでも個別の契約が優先されますが、出版社が電子書籍も含めて権利を確保したいという意向は見え隠れしますね。
みそ 「あれはホントに酷い話で、この件に対しては僕は声を上げていくべきだと思っているし、作家はしっかりしないといけないと思う。今話したように、これから先、多くの作家が、ぎりぎり1000人の読者と共に生きていくみたいな状況に向かっているのに、そこで大きな出版社を食わせる余裕はないんだよ!と」
―― 確かに、出版社も電子書籍に対する取り組みは強化はしていますが、個々の作家がきめ細かく対応しているようなことができるかというと疑問ですね。
みそ 「彼らはITが専門でもないしね」
―― 『ナナのリテラシー』では、紙版と電子版でセリフを変えていると、あとがきで明かされていましたね。
みそ 「あれは編集部から『ここだけは変えて欲しい』とお願いされたんですよね(笑)。出版社を救わないというところがどうしても引っかかったようで。『大きな出版社は救いませんが作家を救います』と、『よりマイナーな…カルトな作家を救います』って大分意味が違ってきちゃうんですけどね。
じつは、あの回は前半のネームもごっそり変えています。始めは出版社に対して厳しい話を、がーっと描いたんですね。打ち合わせでは通っていたところなのに、絵にすると、ごっそりボツになって。出版社が全体的にシュリンクしてしまうということと、電子書籍がもたらす変化に鈍感な編集者が多くて、それが競争力を落としているんだ、というようなところが引っかかったようですね」
―― なるほど。では、Kindle版はいわば未修正版ということになるわけですね。
みそ 「そうそう。そっちは僕が出版しているわけだから、責任は僕が持つし。ほかにも細かなネームもいくつか直しているんですよ」
―― それに対して出版社から何か言ってくるといったことはないんですか?
みそ 「ありません。
ただ、『ナナのリテラシー』は電子版は好調に推移したんですが、“紙の本”が売れないのが、みんなショックでした。総編集長の奥村さんも担当編集さんも来て、『ちょっと頭痛いんだけどさ』『紙が思ったより売れないんだよ』って。
担当編集さんから聞いた話だと、当初『3万部いこう』という声に対して、『いやちょっと怖いから2万部で様子を見て、すぐに増刷という形のほうがいいだろう』という意見が出て、結局初版2万部だったんですね。そしたら蓋を開けてみたら、最初の1週間で紙は1万部しか動いてないんだよなって。
この状況だと2巻、3巻の刊行が難しくなっちゃうかもしれません。連載を長く引っ張っていくことができなくなる。紙の単行本が売れないっていうのはそういうことなんですよ。ただ、3巻まで紙で出したら今度、4巻以降自分で出すって選択肢が出てくるはずです。読者も3巻くらいまで読んでくれたら、続きは気になっちゃうじゃないですか(笑)」
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ナナのリテラシー 1 (ビームコミックス)鈴木みそ(著)KADOKAWA/エンターブレイン
―― なるほど、確かに。『限界(ギリギリ)温泉』も最後は駆け足な感じでしたので、そうやってしっかり続きが読めるのなら、というのはありますね。
みそ 「そうそう、あれも、もう一冊くらいならいけますよね(笑)。『ナナのリテラシー』も“離陸”はできちゃっているから、その可能性はあるなあと。もしかしたら、これからぶわっと風に乗って舞い上がるかもしれませんが(笑)。
そういった方向も視野に入れながら、紙の連載が終わっても、続けたいという意志があるなら描くことはできる。そこが僕のなかのぎりぎりやれる、自分でコントロールする連載っていうのはそっちの方向じゃないかな、と。
そういう意味では“パブリッシング”としての紙の本や雑誌の利用の仕方っていくつかあると思うんですね。連載終了後、クラウドファンディングを組み合わせるとか、結構増えていくんじゃないかな。とにかく初っぱなから電子でやると死にますからやめたほうがいいと思います(笑)」
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限界集落(ギリギリ)温泉第一巻鈴木みそ(著)鈴木みそ
限界集落(ギリギリ)温泉第二巻鈴木みそ(著)鈴木みそ
Q:カニバリズムは生じていないのか?
A:現状では紙・電子両方ないと読者に発見してもらえない
―― 電子は好調だったのに、紙はあまり売れなかったというのは、よく言われる“紙と電子がカニばる(互いの売上を食い合う)”現象ではないのですか?
みそ 「僕のコアな読者は、もちろん電子で買う人も多いけれど、結構紙で買っていただけているはずなんですよ。紙から電子への過渡期ならではの、両方を嗜むお客さんというべきかな。
僕の読者ってちょっと変わっているな、と思うのは、電子化してEPUBファイルを配信したりすると、きっちり確認してくれるんですね。どのOSで見られたか、あるいは表示できなかったかとか、すぐ返事が来るし。
ツイッターで言及される量を見ても、紙で3万部出したくらいか、それ以上のリアクションが、電子で800部しか売れていない本なのに、すごい勢いで飛び交っている。『ああ、これは売れてるな』って手応えを感じますが、売上部数はその程度なんです。熱心な読者が繰り返し呟いてくれているわけです。ファイルの検証も楽しんでいただいているわけですね」
―― カニバリがないとして、紙と電子の売上の相関関係は見出したりはされていますか?
みそ 「それはまだ分からないですね。
先ほど『ナナのリテラシー』の紙のほうが最初の1週間で1万部しか売れなかったと言いましたが、同時期の電子の販売部数は2000部だったんですよ。で、2000っていうのは数的にも大きくないし、2000部増えたくらいで、全体でみれば1万部が1万2000部になっただけで大きな影響は正直ない。
その後、アマゾンのおすすめセールで3000部売れて、それによって引っ張られて、最終的に今それが6000部までいった。電子だけで見ると6000部ってかなりの数字で、これ、金額的に計算すると170万円くらいなんですよ。
で、紙の本も(最初に刷った)2万部が売れました。印税はだいたい130万円くらいになります。すると、すでに電子のほうが、紙の印税を超えている。数は2万に対して6000ですが、その6000はおすすめセールがなかったらお客さんはおそらく買わなかっただろうし、紙の本を2万部撒いても書店ではめったに見かけることがないでしょう。僕の本はレジ横には置かれないですから(笑)。
電子の場合、“発見のタイミング”として流れてくるツイートが機能している。書店に並んでいるのと、ツイートが流れてくるのって本質的には同じなんですよね。
みな豊富に情報が与えられていて、紙と電子とどっちにしようかなっていう段階だとカニばると思うんですけど、現状、書店さんだけでは自分の本を見つけてもらうだけの情報量として十分ではない。ツイートのようなネット上に流れてくる情報も大事なんですよね。
もちろん、こういう傾向がさらに強まれば、『紙を買わなくていいかな』となって、だんだん書店から離れていくということになるかもしれませんが」
―― そのあたりの話もぜひ『ナナのリテラシー』で読みたいです。
みそ 「後半そういう話にしちゃうかもしれません(笑)」
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