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Data and Decision Making

「人間は人間らしい仕事をすればいい」の大ウソ

2014年04月24日 07時00分更新

中野克平/アスキークラウド編集部

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 コンピューターが普及すれば、人々はつらい仕事から解放される。人間は、想像力を発揮するような仕事をすればいいじゃないか、という議論がある。この種のもっともらしい話は、たいていの場合は少し前の時代の賢人の言葉が人口に膾炙されるうちに、元の文脈を離れて語られている。

「人間は人間らしい仕事をすればいい」の原典は、おそらく土光敏夫氏の次の言葉だろう。

人間には人間らしい仕事を、そのために機械がある。
自分には自分らしい仕事を、そのために仲間がいて、組織がある。

 土光敏夫と聞いてももうピンとは来ないかもしれない。私が子どもの頃にはまだご存命だったが、子どもの私にはメザシが好物のヨボヨボのお爺さん、という印象しかなかった。もちろん、こんな言い方は大変失礼で、石川島播磨重工(現IHI)や東芝の社長を務め、国鉄や電電公社、専売公社の民営化を決めた「土光臨調」の会長だった超大物財界人である。

呉 IHI夜景 by 頂戴 様。
IHI呉事業所

 土光氏は東京高等工業学校(現東工大)出身の造船技術者であり、徹底した合理化で知られる経営者である。「機械」はタービンのような力仕事を自動化する機関の意味であり、コンピューターのことではない。機械でやったほうが安上がりな仕事はなくなるとか、人間がやったほうが安い仕事は残るとか、そういう文脈で語られた言葉ではない。あくまで経営哲学として、従業員が、自分がいて、仲間がいると思い、その関係性によって組織を強固にし、そのための道具として機械を活用していこう、と言っているのだ。

 アスキークラウド6月号では、米MIT Technology Review誌から、Data and Decision Makingをテーマにした5本の記事を選び、翻訳した。どの記事も、データによって人間の判断を置き換えたり、補助したりする方法やその結末について述べている。

 もし人間は、コンピュータが真似できないような、想像力を発揮するような仕事をすればいい、と思うなら、いま何が起きているのか知っておいたほうがよい。数値による判断、言い換えればビジネスに科学を持ち込むアイデアは1950年代には始まっていた。この人はお金を返してくれるだろうか。身なりはきちんとしているが、ちょっとオドオドしているのは緊張のせいか。そういう想像力を銀行の貸し出し業務で融資課長が発揮することはなくなり、誰にお金を貸すべきかをFICOスコアと呼ばれる指標でコンピューターが判断するようになった。結果、サブプライムローンの焦げ付きから世界経済が破綻しかけた。機械が判断するようになったせいで、人々は不幸せになったのだ。

 一方、IBMのコンピューター「ワトソン」はクイズ番組では優勝した。だが、現在のワトソンは画像認識も音声出力機能もない、専門分野のキーワード検索ツールに過ぎない。医者の判断に役立つような仕事はまだできず、IBMは必死に改良を続けているという。次世代のワトソンは特定の癌の診察に使えるレベルに達するというから、機械によって職業が脅かされているのは単純作業ばかりではなく、医者のような専門職も同じなのだ。

IBM WATSON
IBM WATSON

 機械は人間を模倣して進化しており、その意味では「人間らしい領域」は小さくなる一方だ。想像力とか決断力とか、人間らしそうな領域に自分らしさを見いだしても、やがて機械に侵食される。そもそも機械のせいで小さくなる人間らしさは、機械と人間をコストや生産性でしか比較していない点で「人間らしさ」というよりはただの座標である。

 機械を使えば似たようなモノはたくさん生産できる。しかし、それだけでは他社と条件は変わらない。ビジネスそのものを考えるのは人間だし、働きがいのある組織を作るのが経営者の仕事のはずだ。「人間には人間らしい仕事を」とは本来、そういう意味だろう。「人間にしかできないこと」は何か考えても、そこに答えはない

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