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ヨーロッパ系言語最強を目指す、プロジェクト・グーテンベルク・カナダ

『ナルニア国物語』全巻も読める、フリー文献サービス

2014年03月27日 11時00分更新

文● 84oca

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 プロジェクト・グーテンベルク・カナダ(PGC)は、今や世界有数の規模に成長した民間の電子アーカイブである日本の青空文庫がプロジェクトモデルにしたことでも知られる米国のプロジェクト・グーテンベルク(PG)のフランチャイズの一つです。しかし、その活動は単に「PGのカナダ版」と言うだけに留まらない可能性を秘めています。

プロジェクト・グーテンベルクは、著者の死後一定期間が経過するなどして、米国で著作権の切れた名作などの全文を電子化し、インターネットに公開する計画。マイケル・S・ハートが1971年に創始したとされ、最初のテキストはアメリカ独立宣言、後にインターネットに発展するコンピューターネットワークのノードのひとつだった、イリノイ大学の大型汎用コンピューター「Xerox Sigma V」を使ったとされる。

PGCが単なる「カナダ版プロジェクト・グーテンベルク」に留まらない理由

 PGCは2007年7月1日(カナダの独立記念日)に開設されました。

PGCのトップページ。英語とフランス語で「著作権延長反対」のアピールが掲載されており、下にスクロールさせて行くと新着順および著者名アルファベット順の掲載文献一覧がある。氏名が赤で表示されているのはカナダの人物、緑で表示されているのはその他の国の人物。

 その設立動機は大きく分けて二つ存在し、一つはカナダの作家やカナダで出版された歴史的文献をジャンルにこだわらずデジタル化して公開すること。そして、もう一つはカナダの著作権法が現在もなおベルヌ条約の最低基準とされる「個人の死後または法人の公表後50年」であることを最大限のメリットとして活かし、1990年代に欧州連合(EU)と米国が繰り広げた著作権保護期間の延長合戦で受け入れが不可能になった作品を米欧に先駆けて公開することにあります。

 特に後者は2001年にオープンしたプロジェクト・グーテンベルク・オーストラリア(PGA)が開設から3年後に米豪自由貿易協定でオーストラリアの著作権保護期間が延長され“開店休業”同然の状態に追いやられた経緯もあり、PGCは英語を公用語とする国家では英語文献の受け入れと公開が最速で可能な電子アーカイブとして大きな存在感を発揮するようになりました。さらに英語と同じくカナダの公用語であるフランス語、そして公用語にこだわらずEUでは著作権保護期間内で公開が不可能な作品を含めてドイツ語やスペイン語の文献も公開準備が進められるなど“ヨーロッパ系言語最強の文献ソース”を目指して収録範囲を貪欲に拡大し続けています。

 日本では環太平洋経済連携協定(TPP)で参加国に著作権保護期間延長が義務付けられて青空文庫がかつてのPGAと同様の窮地に追いやられるのではないかと言う観測がかねてから存在しますが、PGCでも同様の危機感を強く抱いており、トップページの冒頭において英語とフランス語で「著作権延長反対」のアピールと「カナダを始めとする交渉参加国の政府に延長拒否を求める意見を送って欲しい」と言う利用者への呼びかけが掲載されています。

米欧で公開不能のものを含め約1500タイトルを収録

 PGCでは開設から7年弱で提携サイトを含め、約1500点の文献が公開されています。代表的な収録作品には、今月15日に角川つばさ文庫から完全版の新訳が発売されたルーシー・モード・モンゴメリ(1874-1942)の『赤毛のアン』(1908年初版)を始めとする諸作品(1923年の『可愛いエミリー』以降の作品は米国のPGには収録されていない)はもちろん、カナダ以外の作家が書いたタイトルではヒュー・ロフティング(1886-1947)の『ドリトル先生』シリーズは全12巻中1-4・7-9巻の7巻分(米国のPGは最初の2巻のみ)、また今年になって公開されたばかりの作品ではC・S・ルイス(1898-1963)の『ナルニア国物語』全7巻があります。

 モンゴメリやロフティング、C・S・ルイスのような日本でも有名な作家だけでなく、生前はアガサ・クリスティ(1890-1976)と並んで人気があった女流推理作家のパトリシア・ウェントワース(1878-1961)を始め日本では余り紹介されていない人物の著作も数多く収録され、また公開準備が進められています。ちなみに『ナルニア国物語』全巻がEUで公開可能になるのは2034年、米国では2059年以降の予定であり、米国の本家PGにはC・S・ルイスの作品はデビュー作となる1919年刊の詩集『囚われの魂 Spirits in Bondage』しか収録されていません。

PGC公開作品の校正作業用サイト

DPCのトップページ。画面をスクロールさせると作業中のタイトルが校正中(Now Proofreading)、公開準備中(In Progress)、完成(Complete)の3段階に分けてリストアップされている。

 PGCでは米国の本家PGと同様に、書籍や冊子単位の文献ソースを中心に受け入れています。そのため、青空文庫と異なり単行本未収録で雑誌やアンソロジーのみに掲載された作品は余り公開されていません。

 PGCや提携サイトで公開される文献の校正作業はDistributed Proofreaders Canada(DPC)と言うサイトで行われますが、DPCは利用者登録(無料)をすれば誰でも校正作業に参加可能です。作業はスキャンされたページの画像を見ながらOCRを通した際に生じた誤字の修正、斜字(イタリック)や見出しのタグ付けなどのフォーマットを経てHTMLやPDF、EPUB、txtなど複数の形式でファイル化を行う最終段階や校正参加者間のディスカッション、情報交換がこのサイト内で行われます。

 DPCの参加者は作業ごとに大別して以下の5通りに分けられます。

  • Contents Provider(提供係、CP)……文献の画像データを提供する
  • Proofreader(校正係、PR)……CPが提供した画像データを基にOCRで出力したtxtデータの誤字を元のデータと照合して修正する
  • Formatting-Proofer(清書係、FP)……校正作業を3周して誤字・脱字をなくした状態のtxtデータにタグを付ける等の清書作業を行う
  • Project Manager(進行係、PM)……作業全般の進行責任者
  • Post-Processor(投稿係、PP)……完成したファイルの公開責任者

 ここからは、筆者が実際にCPとして文献の画像データを提供した流れに基づき説明を行います。筆者は昨年の秋に1928年にオーストラリアで刊行された『幸福な放浪者 The Happy Vagabond』と言う本のデータをDPCに提供しました。

マーガレット・フェインとヒラリー・ロフティングの共著『幸福な放浪者 The Happy Vagabond』(1928年)の表紙。

 この本は20世紀初頭のオーストラリアを舞台にイングランド出身の自由移民であるトーマス・タッカーが行く先々で遭遇した人々の人間模様を描く連作短編集で、前述『ドリトル先生』の作者であるヒュー・ロフティングの長兄で1915年にオーストラリアへ移住したヒラリー・ロフティング(1881-1939)とその夫人であるマーガレット・フェイン(1887-1962)の共著となっています。弟のヒューが世界的に有名であるのに対して兄のヒラリーはオーストラリア以外ではほとんど存在を知られておらず、オーストラリアでは共著者の著作権が存続しておりPGAでは2033年以降でないと受け入れ不能なため20年早く受け入れ可能なPGCで公開することが再評価につながるのではないかと考えたのがこの本を選んだ理由です。

 文献を入手して全ページのスキャンデータ(挿絵等が無い限り白黒のPNGで作成する)を作成したら、最初に著作権状態の確認作業を依頼します。DPCのサイト内ではこれまでに作業を行った文献やその著作者のリストが公開されているので、そこに掲載されていればそのままプロジェクトの第一段階へ移行します。掲載されていない場合はCPが外部の典拠(人名事典や新聞の訃報など。Wikipediaや個人ブログしか無いような場合は却下されます)を示して「個人の死後または法人の公表後50年」を経過していることをフォーラムかダイレクトメッセージでCPコーディネーターに説明し、承認が得られればプロジェクトが立ち上がります。

 『The Happy Vagabond』の場合、カナダでは2012年末に著作権保護期間を満了しているのですが日本では共著者のフェインが戦時加算中であり(現行法では)2022年5月下旬まで著作権が存続する予定です。このようなカナダでは著作権保護期間を満了していて日本では著作権が存続している作品を提供する場合は、戦時加算("WWII lost penalty"で通じます)について説明を一言入れておくことをお薦めします。

PGC掲載作品の多くは日本でもほぼ同条件で利用可能

 最初に述べたように、PGCが収録している英語やフランス語文献の中にはイギリスやフランスではなお著作権が存続しているものが多いため、どの収録文献にも冒頭に「あなたがお住まいの国でこの作品の著作権が存続している場合はファイルをダウンロードしないでください」と言う注意文が掲載されています。しかし、日本の場合は今後どうなるのか不透明であるにせよカナダと同様に著作権の保護期間が原則として「個人の死後または法人の公表後50年」であり1953年以降に公表されたものならば完全に、それ以前に公表されたものは戦時加算(文献の公表時期によるが、大半は10年と5か月)が経過していれば同条件で無償の利用が可能です。

 日本ではまだPGCの認知度がそれほど高くないので翻訳を始めとする掲載文献の活用やソースの提供はほとんど行われていませんが、20世紀末に米欧が争った著作権延長合戦の影響を受けずに来たカナダを拠点にすることでヨーロッパ系諸言語の電子図書館としては奇跡的とも言える環境を利点に急成長を遂げているPGCの今後の動向に今後一層の注目が集まるのは間違いないでしょう。

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筆者紹介: 84oca

 1975年、兵庫県姫路市に生まれる。商工組合事務局勤務を経て2012年にウェブライターとして活動を開始。興味のある分野は文学、知的財産権、アーカイビングなど。Twitterアカウントは@84oca。

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