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日本のベンチャー投資文化は25年遅れている

2014年02月04日 07時05分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)/アスキークラウド編集部

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シリコンバレーの歴史は1950年代、トランジスターの発明にまでさかのぼる

アスキークラウド2014年3月号 特集連動インタビュー

 グーグルもフェイスブックもドロップボックスも、市場を席巻するクラウド企業はみな米国生まれのベンチャーだ。なぜ日本のベンチャーからは世界企業が現れないのか。新生銀行グループの新生企業投資と協同でベンチャーファンド「フェムトグロースキャピタル」を創設し、世界の投資トレンドに詳しい磯崎哲也氏は、原因に投資ビジネスの「生態系」の発展の遅れを挙げる。


――米国と日本の投資文化は何が違うのか?

 米国と日本のベンチャーの違いが、文化や人間の遺伝子レベルで全く異なっていることに起因していると思っている人がいるが、私は、両国に根本的な違いはなく、単にベンチャー投資の歴史が四半世紀ズレてるだけなんだと思う。米国では証券取引の自由化が1975年に始まり、すでに約40年の歴史があるが、日本では、証券の自由化は1999年7月の金融ビッグバンから始まって、まだたった15年ほどの歴史しかない。

 昔、孫正義さんが「米国で流行しているものを日本に持ってくれば成功する」という「タイムマシン経営」を唱えていたが、ご存知の通り、ITなどの技術やビジネスは今はすでにそんな甘い話ではなく、世界同時進行で新しい変化が発生している。しかし、ベンチャーのファイナンスにおいては、この日米間の格差は良くも悪くも今後10年程度は解消する見込みはなく、まだまだタイムマシン経営ができる。つまり、今後日本のベンチャー投資で発生することは、米国でこの40年に起きて来た変化の意味を考えれば、かなりの確度で見通せる可能性が高いし、非常に大きなチャンスがあると思う。

 現時点で切ってみると、米国のイグジット(exit:投資の回収方法)に占めるIPO(上場)の比率は非常に低く、M&A(企業間買収)によるイグジットが9割以上だが、日本は未だにイグジットの大半がIPOである。「アングロサクソンは狩猟民族だからM&Aが好きなんだ」といったことが言われるが、全く根拠がない。なぜなら、米国も1980年代初頭のイグジットはIPOがほぼ100%で、30年かけてM&Aが増えてきたからだ。

 買収は「文化」というより、通信の「プロトコル」に近い。つまり、相手も同じ「言葉」を話していないとM&Aはうまくいかない。会社は金さえあれば買えるものではなく、「会社って売ったり買ったりできるのか?」「それって非倫理的なことなんじゃないのか?」という基本からはじまり、ビジネスの理解、株式譲渡・株式交換といったスキーム、課税、買収後の従業員のインセンティブなど、多種多様な経験と知識が必要とされる。こうした経験や知識、相場観などをもった経営者やアドバイザー、弁護士、税理士などが双方で「同じ言葉」を話して初めて、会社を売る側と買う側の思惑がうまく一致することになる。M&Aが増えないと経験や知識は増えないし、経験や知識が無いとM&Aが起こらないという「ニワトリと卵」になっているので、M&Aの数は一朝一夕には増加しない。

ソフトバンクグループ孫正義代表はかつて、米国で成功したビジネスモデルは日本に遅れて入ってくるという「タイムマシン経営」を唱えていた


――経験値としてとくに重要なのは?

 合併後の人の融合だ。例えば、買ったはいいが事業の鍵になる「キーマン」が抜けてしまった、では困ってしまう。働きがいのあるポストを与えるとか、ストックオプションを用意するとか、どうやったらうまくいくかというのを米国でも長年試行錯誤してきたのだと思う。

 また優先株の知識も今後は重要だ。従来、日本ではベンチャー投資はほとんど普通株1種類で行われてきた。例えば、学生ベンチャーの20%の株式に2億円調達したとする。つまり10億円の企業価値をつけたわけだが、この企業がIPOして100億円になれば関係者全員が大儲け。でも、その会社が結果として5億円でしか売却できなかったら、創業者は大儲けなのに、2億円投資した投資家には1億円(5億円の20%)しか入らず、投資家は1億円損してしまう。こうしたことを防ぐには、M&A時にも経営者と投資家の分配がうまくいく「優先株」を使う必要がある。米国をはじめ世界のベンチャー投資はほとんどが優先株で行われているが、一度そうした痛い目に合わないと、優先株はなかなか浸透しない。

 IPOが何も考えずに塁を回ればいい「ホームラン」だとすると、M&Aは、牽制球を投げたり盗塁したりといった技能が必要になる一塁打や三塁打だ。ゲームとしてはより複雑になるし、より面白くもなる。

 また、「ベンチャーを買うのは誰か?」ということも重要。既存の経団連の大御所企業がベンチャー買収に熱心でないことを批判する人もいるが、買うニーズがない企業がベンチャーをM&Aしてもうまくいくはずがない。ベンチャーを買うのは基本的には(元)ベンチャーだ。実際、米国でも日本でもベンチャーを買っているのは、グーグルやヤフー、楽天、DeNA、グリーといった元ベンチャーが中心だ。つまり、M&Aを増やすには、「ニワトリと卵」で、ベンチャーを増やすことが必要だ。M&Aが増えれば、イグジットまでの期間が短くなり、次の世代の経営者やエンジニアを育てる速度も上がる。

 ベンチャーでよく使われる 「生態系(エコシステム)」という実態は、そのような急成長ベンチャーの経営に関わったことのある「人」の集合体だ。そうした人たちが増えることは、ビジネスチャンスを急成長させる能力が増加することであり、それは「ベンチャー」のみの話ではなく、日本経済全体が成長力を身につけることでもある。米国ではベンチャー生態系が今の状態になるまで30年以上かかったが、日本も1999年の金融ビッグバンからすでに14年経っているわけで、あと10年で「米国並み」になりたい、と考えている。


――投資額にも違いが?

 1年間にベンチャーキャピタルがベンチャーに投資する金額は、米国と日本では20倍の違いがある。ベンチャーキャピタルの投資額は米国2兆円くらい、日本は1000億円くらいだ。ただしGDP比もあるので、日本で年間7000億円くらい投資されるようになれば、曲がりなりにも「米国並み」と言えるようになる。2年後3年後にこの数字を達成することは困難だが、10年計画で努力していけば、「米国並み」になれるだろう。

 また米国だとこのベンチャーキャピタル投資の2兆円の他に、エンジェル投資が2兆円以上あると言われている。カウフマン財団の関わった調査によれば、エンジェルの85%はエグジットした経営者だ。つまり「エンジェル」とは、日本で一般に思われているような「単なる金持ち」のことではなく、自分の「資金」「経験」「時間」を次世代のベンチャーに注げる人のことだ。

 シリコンバレーでは、こうした「起業→買収→新たな起業またはエンジェル投資」というサイクルがすでに7回転くらいしているといわれる。ニューヨークではまだ3回転くらい、日本はまだ1回転半くらいだろう。

ヤフー 小澤隆生 執行役員

 ただ、日本でもヤフーの小澤隆生さんのようなエンジェル投資家は徐々に増えているし、MOVIDA JAPANやサムライインキュベートのような起業家支援会社も次々に出てきている。伊佐山元さんらが立ち上げた「WiL」をはじめ、独立系ベンチャーキャピタル設立や拡大の動きも活気づいてきた。

 米国でも、1970年代までは「金融畑」のベンチャーキャピタルが中心だったが、1980年代以降は、アップル社に関する書籍を手がけた編集者のマイケル・モリッツ(セコイアキャピタル)や、インテル出身のジョン・ドーア(KPCB)がベンチャーキャピタリストになり、独立系のベンチャーキャピタルがベンチャー投資の中心になっていった。日本も今、そういう時代に差し掛かっていると思う。


――日本と米国ではエンジェルの差もある?

 ベンチャーキャピタル投資は政策的・人工的に増やせるが、エンジェルはイグジットが出ないと生まれない。ベンチャー設立からイグジットまでは、通常5年程度はかかるので、あと10年程度で「米国並み」にエンジェルを増やすのは厳しいが、まずはとにかくベンチャーをたくさん成功させるしかない。

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