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まもなく2周年!北の大地に石狩データセンターあり 第3回

“田中語録"から理解する石狩という立地のメリット

“箱”だけ作るから地方データセンターは失敗する

2013年10月21日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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郊外型データセンターの先駆けとなった石狩データセンター。インテルの主催で行なわれた見学会レポートの3本目は、さくらインターネット代表取締役社長 田中邦裕氏が語った「石狩」の優位性のほか、増加傾向にある地方データセンターについての意見を紹介する。

正直、北海道だけはないなと思っていた

 石狩データセンターはなぜ生まれたか? 見学会において、さくらインターネット代表取締役社長 田中邦裕氏は、同社が長らく他社と異なるサービスの価値、特にコストパフォーマンスを追求した経緯を説明した。

納品されたサーバーの箱の中で記者に説明するさくらインターネット代表取締役社長 田中邦裕氏

 創業当時の17年前は、PCサーバーとオープンソフトウェアを組み合わせることで、他社より安くレンタルサーバーを提供することが大きな売りだった。その後、他社が同じようなサービスを始めると、次は自社でサーバーを作った。「他社がラックあたり20台という頃に、同社はラックあたり40台というスペックを実現」(田中氏)し、都市型データセンターに大量に収容してきた。そして、次に同社が他社との差別化として進めたのが、石狩データセンターのように郊外に安価な運用コストのデータセンターを構築することだった。

 ご存じの通り、石狩に至るまでは、数多くの候補地を検討したという。田中氏は、「沖縄から佐賀、松山、島根、広島、三重、長野、茨城、福島、仙台、青森など、国内の半分くらいの自治体とはお会いしたと思う」と語る。とはいえ、北海道という立地は当初は検討の埒外だったという。田中氏は、「寒いし、遠いし、光ファイバーもないし、正直、北海道だけはないなと思っていた」と述懐する。

 こうした事前のネガティブイメージを覆し、石狩に決まったのは厳密な要件定義のたまものという訳ではなく、多分に社長としての直感とフィーリングがあったようだ。田中氏は、「北海道開発局の担当の方が、とても熱心に誘致してくれたので、気の毒になって、石狩に行ってみた。そうしたら、広大な土地の向こうに手稲山の稜線が見える風景が、シリコンバレーに似ていた。紹介された石狩市長の話にも納得がいったし、事前に検討していた要件に照らしてみても、十分どころか、プラスになることがわかった」と当時を振り返る。

変電所や風力発電のある石狩新港方面をのぞむ

 また、石狩市の情報提供が熱心で、しかも的確だったことも大きかった。田中氏は、「『単に光ファイバーがあります』だけじゃなく、『何ギガの光ファイバーがどこに陸揚げされていて、ここが交渉先です』という情報まで得られた。過去、電力や通信などの誘致を石狩市長が積極的に手がけてきた結果」と高く評価。まさに地元と一体で進めたことを強調した。

 北海道の中でも、土地の広い苫小牧や交通の便のよい千歳なども候補に挙がったが、「冷涼で外気冷却に向いている」「日本海側で地震・津波・液状化などのリスクが低い」「広大な敷地が安価に入手できる」「海底ケーブルの陸揚げ局が近い」などの理由で、最終的には石狩に絞り込まれた。気の乗らないお見合に行ってみたら、相手を一目惚れ。そのまま結婚といったパターンだったようだ。

末端ではなく中継点にこそビジネスが発生する

 石狩という立地は、PUEの改善や電力コストの削減のみではなく、実はその先にある「スマートシティ構想」を見据えた選択でもある。データセンターで利用する電力を地元から調達することで、いわゆる「エネルギーの地産地消」を実現するという構想だ。

北海道で実現するスマートシティ構想

 このエネルギーの地産地消においても、石狩は地の利を発揮する。空調コストを大幅にカットする冷涼な気候、風力発電や太陽光発電に適した自然環境のほか、北海道ならではの大規模な開発用地も用意されている。「東京で特別高圧電力を引こうとしたら、東電さんから10億円かかると言われた。送電線を持ってくるため、それくらいかかってしまう。でも、石狩には変電所が2つあり、地下から送電線を通したら、300万円で済んだ。通常、何年もかかる特高の申請も、ここでは9ヶ月で済んだ」(田中氏)。

特高電気室も公開された。北海道電力から6万6000Vで受電する特別高圧電力の受電装置

 また、石狩はロシアからのLNG(天然ガス)の陸揚げ地も近く、太平洋側の苫小牧からは経由して、ガスパイプラインも引かれている。これら風力発電、太陽光発電、LNG、ガスなどをスマートグリッド化し、エネルギーを集積。しかも、これを他の地域に供給するのではなく、地元の石狩データセンターに消費する。これがさくらインターネットや地元の石狩市の思惑だ。「日本全体では自然エネルギーは全然足りないが、北海道内で見れば、多すぎるくらい。でも、風力発電や太陽光発電をやっても、北海道電力は買ってくれない。だったら、自分たちで作った電力を、自分で使ってしまえばいい」(田中氏)と語る。加えて、データセンターで利用する鉄板や鉄骨、コンクリートなども地元で製作しており、まさに自足自給を実現している。

エネルギーと通信という観点での北海道道央圏のメリット

 また、これを実現できる理由としては、石狩が光ファイバーの中継点でもある点も大きい。石狩湾あたりは漁業権の買い取りが進んでいることもあり、日本海側経由での光ファイバーのほか、ロシア経由で欧州に延びるケーブルが陸揚げされている。さらに、将来的な構想としては、北極海から欧州に延びるケーブルの計画もある。これが実現すると、データセンターのメッカになりつつあるアイスランドやノルウェーなどに北極海からリーチすることも容易になるという。

 田中氏は、「現在はインド洋や北米を経由して欧州に行き着くので、250ms(ミリセカンド)の遅延があるが、ロシア経由だと150msで行ける。北極圏を経由できると、さらに短くなる」と高い期待を発揮する。また、「アジアの光ファイバーはほとんど地震で切れている」とのことで、災害対策という点でもロシアや北極圏経由の光ファイバーの意義は大きいという。

 大容量な伝送が可能な光ファイバーは、ITの消費地である首都圏から離れた地方にとってはまさに生命線。「現状、地方に光ファイバーがあるといっても、フレッツのような(スモールビジネスの)サービスのためのもの。数十ギガとか、数百ギガといった伝送は無理なスペックだ。とはいえ、末端には大きなビジネスがないので、北海道に光ファイバーを引くのは難しい。やはり(石狩のような)中継点にこそビジネスが発生する」(田中氏)と語る。

光ファイバーを引き込むMDF室はちょうど配線工事中だった

 田中氏は、こうした電力とネットワークについて、「風力や冷たい風を東京に持って行くのは無理。発電した電力を東京に運ぶのもかなり難しい。であれば、発電した電力を使って、処理をした情報を光ファイバーで送ればよい。エネルギーを移転するより、情報を移転する方がローコスト。エネルギーのあるところにデータセンターを建てることは理にかなっている」と語る。電気代も、土地代も、人件費もそれほど安くなることはないが、通信コストだけは大幅に低価格化しているため、データの保存や処理を石狩に持ってきた方がはるかにコストがかからないわけだ。

最終的には「サービス」こそが重要

 こうした緻密な戦略の基、構築された2年前の石狩データセンターの開所以降、郊外型データセンターは決して珍しい存在ではなくなった。IDCフロンティアの新白河データセンターやSTNetの新高松データセンター、日本ユニシスの福井県小浜データセンターなどを筆頭に、首都圏以外のデータセンターは増加傾向にある。しかし、石狩データセンターの優位性はいまだに変わらないという。

 田中氏は、「最近は地方自治体がデータセンターを作り始めたが、データセンターはあくまで手段。“箱だけ作る”というのが、地方データセンター失敗の一番の要因になっている。あくまでデータセンターを使ってサービスを売らなければならない」と指摘。こうした姿勢に対し、インテルのインテル クラウド・コンピューティング事業本部 データセンター事業開発部 シニア・スペシャリスト 田口栄治氏も、あくまで私見と断った上、「長期的にはクラウドの需要が伸びていき、コロケーションメインで展開しているところは競争力を失っていく。その点、さくらさんは当初から自分たちがシステムとデータを持ってサービスとして提供することを前提に、石狩データセンターを考えている」もエールを送る。

 田中氏に、他の地方データセンターに比べた優位点に関して聞くと、「箱という観点で言うと、そんなに(優位点は)ない。とはいえ、香川はコロケーション用なので、サービス用に最適化されているのは新白河が競合になるが、電力会社の冗長化という観点から考えると、首都圏に対するリスク分散になっていない気はする。北海道にある石狩データセンターの場合、首都圏とは電力会社も人材も完全に異なるし、地場のエネルギーが豊富な点も差別化要因になる」と語る。とはいえ、「クラウドやVPSにおいても、石狩データセンターを意識して使いたいという人はそれほどいないわけで、いつの間にか使っていたというのがポイント」(田中氏)とのことで、データセンターのスペックより、サービスとしての差別化が重要だと説明した。

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