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すべては顧客理解から——SESに見るデジタルマーケの鉄則

2013年10月18日 11時00分更新

文●泉 浩人/ルグラン

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デジタルマーケティング業界の一大イベント「SES San Francisco 2014」が、2013年9月11日から3日間、米サンフランシスコで開催された。カンファレンスに参加したルグランの泉浩人代表がレポートする。(編集部)

 サンフラスコで開催された「SES」はかつて「Search Engine Strategies」と呼ばれていたイベントだ。元々はSEOやSEMなど、検索エンジンマーケティングを中心的なテーマにしていた。それまで略称であった「SES」が数年前からカンファレンスの正式名称となり、ソーシャルメディアやディスプレイ広告、動画やモバイル戦略など、デジタルマーケティングに関する手法や理論を検索エンジンマーケターが統合的に学ぶ場に移ったのだ。

 Googleが「パンダ」「ペンギン」といった検索アルゴリズムの大幅なアップデートを実施したことで、被リンクの獲得などのテクニカルなノウハウは陳腐化。ソーシャルメディアやターゲティング広告など、新たなプラットフォームや技術の普及に伴い、検索エンジンマーケティングの戦略についても、より統合的・俯瞰的な視点が求められるようになった。消費者がデバイスやメディアを超えて自由に情報を収集する中、「検索エンジンを使って顕在化した需要を刈り取ることだけに終始していては、いずれ頭打ちになる」という展望の下、昨年のSESでは、基調講演をはじめ、多くのセッションで「Beyond Search(検索の向こうへ)」という言葉が頻繁に登場した。

 今年の主要テーマは「顧客理解」である。

 中でも今年のSESを象徴していたのがSESのアドバイザリーボードのメンバーでもあるBryan Eisenberg氏が「検索エンジンマーケターのためのビッグデータ講座」と題されたセッションで語った次の一言だ。

Keywords don’t fail. You do!
(ダメなのはキーワードじゃなくてお前だ!)

 顧客の行動や嗜好を理解せずに、やみくもに検索エンジン対策を実施したところで期待するような成果はあがらない。だが、デジタル時代の今、私たちの周りには、顧客が残した足跡がいたるところにデータとして残されている。

 これらを分析して顧客を理解するための手がかりを得ることが、ビッグデータ分析の目的と考えれば、これは、検索エンジンマーケターにとっても、武器になる気がするだろう、と。

 また、米国のデジタルエージェンシーで代表を務めるThad Kahlow氏は、マルチチャネルアトリビューションに関するセッションの中で、アトリビューションなど、データ分析を通じて得られた顧客への理解をマーケティング戦略に活かすために必要なこととして、以下のように総括した。

Web Analytics + CRM Integration → Marketing Automation

 つまり、顧客理解のためには、Webサイト上での行動・閲覧履歴の分析だけでは不十分であり、CRMデータも統合し、Webサイト以外での購入や来店、問い合わせなどの履歴情報もあわせて把握することが不可欠であるという。

 さらに、そうして得られた顧客の行動や嗜好に関する情報を最大限に活用するためには、「マーケティングオートメーション」技術の実装により、広告の配信ルールや、Webサイトのコンテンツを自動的かつリアルタイムに最適化したりパーソナライズしたりできる仕組みを導入することが不可欠になると語った。

コダック破綻につながった「顧客理解」を欠く社風

 一方、「顧客理解ができないと大変なことになりますぜ」と自らの体験を交えて熱く語ったのは、初日の基調講演に登壇したJeffry Heyzlettだ。

Adapt, Change or Die.
(変化に適応して自らも変化を遂げよ。さもなくば死あるのみ)

 と切り出したHeyzlett氏は、コダック社のCMOとして同社のマーケティング部門3000人を率いた経験から、世界で初めてデジタルカメラを開発したはずの同社が、なぜ、顧客や市場の変化を読み切れずに破綻に至ったかを振り返った。

 破綻前のコダック社の雰囲気を示す一例として、Heyzlett氏が話を始めたのが「会議室の遅れた時計」に関するエピソードだ。

 コダック社のマーケティング部門でよく使われていた会議室の時計が遅れている。そして、会議の参加者たちも、みな、そのことに気づいている。だが、会議で集まるたび、「あの時計、まだ遅れたままじゃないか。」「総務は何をやっているんだ?」などと、毎回、遅れた時計が話題にはなるのだが、誰一人、壁から時計を外して直そうとするものはいなかった。

 この話をもとに、顧客や市場の変化に気づきながら、当時のコダック社には「リスクがあっても、これまでのやり方を変えることにチャレンジする」という社風が希薄だったことが、破綻を招く一因になったと分析してみせた。

 そして、これからの時代、勝ち残る企業や組織に必要なのは、「Problem Seeker」(=問題点を探し出すのが得意な人)ではなく、「Problem Solver」(=解決策を提示できる人)である、というアドバイスで基調講演を締めくくった。

ブロードキャスト世代のリタイアを待たずに成功する方法

 最終日のキーノートディスカッションでは、米国のデジタルエージェンシーPerformics社のCEOなど数名が、「顧客理解」の先にあるものとして「カスタマーエクスペリエンス」について討論した。

 新しいプラットフォームや技術の誕生は、多くの企業や組織において「検索エンジン vs.ソーシャルメディアマーケティング」「PCサイト vs. モバイルサイト vs. 実店舗」など、新たな「壁」や「対立」を産む原因にもなっているようだ。そして、その結果、いつも犠牲にされるのが「カスタマーエクスペリエンス」なのである。

 たとえば、リスティング広告経由で見込客を誘導したWebサイトには、「あなたの欲しいものをご用意してお待ちしています!」などというメッセージで来店を呼びかけておきながら、実際に店舗にいくと、自分たちが売りたい商品ばかりを勧めて、来店客を失望させることがよくある。

 ディスカッションでは、広告代理店・事業会社の双方から、「ブロードキャスト世代(=声高に商品名を連呼して認知を高めれば売れると信じている旧世代)」が完全にリタイアするまでは、オンラインとオフラインを一体化した真の統合マーケティングの実現は不可能だろう、といった悲観的な声も聞かれた。

 だが、少なくとも、デジタル側にいる私たちは、最良のカスタマーエクスペリエンスの提供を最優先に考えて行動しようではないかと呼びかけ、次のような言葉を残して、ディスカッションは締めくくられた。

CIO + CMO = Co-Designer of Customer Experience
(情報システム部門とマーケティング部門が力を合わせない限り、最良のカスタマーエクスペリエンスの提供は不可能である)

 その生い立ちから、検索エンジンマーケターを主な対象としながらも、今年のSESは、デジタルマーケティングの戦略を考える上で、すべてのマーケターに示唆を与え得るカンファレンスに変貌した。

 ルグランでは、そうしたSESの変遷を定点観測する意味もこめて、毎年、世界各国で開催されるSESには定期的に参加しており、次回は、来年2月に開催されるロンドンでのSESにも参加予定である。日本から参加を希望する方には、Twitterによる日本語での同時解説や現地企業訪問などもセットになった視察ツアーを組むので、ご興味のある方は、ぜひ、お問い合わせを頂きたい。

著者:泉 浩人(いずみ・ひろと)

東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、米国ジョージタウン大学経営大学院修士課程(MBA)修了。三井銀行(当時)、フォード自動車を経て、独ベルテルスマン社のオンライン通販事業(bol.com)を立ち上げる。2002年からはオーバーチュア(現ヤフー)の日本進出に参画、同社取締役として経営全般に携わる一方、大手クライアントや広告代理店に対してコンサルテーションを行なう。2006年にルグランを設立。国内外のクライアントに対し、デジタルマーケティング領域に特化したコンサルティングサービスを提供。2008年12月、Yahoo! Googleの検索連動型広告を最大限に活かす『SEM 成功の法則』を上梓。2009年10月にはビル・タンサー著『クリック「指先」!が引き寄せるメガ チャンス』 を監訳。2012年3月には、ビッグデータを活用するための情報ブログ「I LOVE DATA」を開設し、第4回AKB選抜総選挙の結果を予測。新たに構築された予測モデルと精度の高い分析結果が注目され、多くのメディアに取り上げられる。ネット選挙が解禁された2013年参院選では政党のデータ分析・コンサルティングに従事。

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