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「ドラゴン」が「ゴリラ」を飲み込む急成長

2013年08月22日 16時45分更新

文● 伊藤達哉(Tatsuya Ito)/アスキークラウド編集部

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 スマホバブルが叫ばれているものの、旭硝子(AGC)電子ガラス事業統括部の村野忠之部長はスマートフォン(スマホ)向けカバーガラス事業を「全社売り上げと比較すると、規模は決して大きくない」と語る。AGCは日本で初めて板ガラスを作った、1907年創業のガラスメーカー。主な事業は建築や自動車、ディスプレーなどに使うガラスの製造と販売だ。中でも建築部門と自動車部門では、世界ナンバー1のシェアを誇る。

AGCのスマホ事業と「ドラゴントレイル」について語るのは、事業統括部の村野忠之部長(右)とプロダクトプランニング統括部 マーケティンググループの加藤敦士リーダー(左)

 AGCがスマホのカバーガラス事業に参入したのは2011年とやや遅く、コーニング社の「ゴリラガラス」がiPhoneに採用されて名前を広めている最中だった。

「もちろん、スマホ市場には常に目を付けていました。しかし、1兆円を超えるAGCの売り上げ規模からみると、スマホ事業の数百億円は大きな売り上げとは言えません。最もスマホの市場は想定以上の拡大を見せており、そのスピードにわれわれも驚いています」(村野氏)

 AGCがカバーガラス市場への参入を決めてから、その動きは速かった。通常、新規事業の立ち上げには、研究所で素材を決めるのに1年、その素材で開発と実験を重ねて完成するのに1年の、合計2年は最低でもかかる。しかし、スマホ事業に関しては一連の動きを同時進行で進め、たった1年で完成までこぎつけた。

「殴り合いこそなかったものの、怒鳴り合いはあったとも聞いています。社内でも異質な事業と見られていたかもしれません」(加藤氏)

 そこから生まれたスマホのカバーガラスが「ドラゴントレイル」だ。ソーダライムガラスと呼ばれる通常のガラスとは異なる組成のガラスを用いており、表面に化学強化を施して強度を上げているのが特徴。その上でカバーガラスに求められる薄さをクリアしており、現在のドラゴントレイルは0.55mmの厚さという。

スマホはもちろん、タブレット端末の多くにもドラゴントレイルが使われている

 一般的に端末メーカーは、カバーガラスをはじめとした部材の納入先を公開しないため、ドラゴントレイルの導入事例がAGCから明かされることはない。とはいえ、現在30以上のブランドに採用されており、国内市場ではゴリラガラスとシェアを二分する勢いという。またアップルが公表している2013年のサプライヤーリストにもAGCの名前が記載されている点は示唆的だ。

 わずか1年でシェアを拡大したドラゴントレイルの強みは工場にある。2012年、兵庫県高砂市に約200億円を費やしてスマホのカバーガラス専用の製造ラインを建てた。高砂市の工場はテレビ用の薄板ガラスの実績とノウハウを蓄積していたため、カバーガラスへの応用ができたのだ。

 ドラゴントレイルでは、全長400mの工場の端から1600度の熱でガラス原料の砂を溶かしたものを、川のように流して作る「フロート法」を採用。急に冷やすとガラスが割れてしまうため、少しずつ流してゆっくり冷やすことでガラスの薄さと品質を安定させる。

AGCが採用するフロート法は、左から高熱で溶かした材料をゆっくりと流して冷却することで、高品質なカバーガラスが作られる

「国内シェアは拡大しているものの、今後はグローバルでのシェアを30%まで高めるのが目標です。薄さと強度は当然として、反射を防いでスマホの画面を見やすくするガラスも求められるでしょう。当社は現在、映り込みや外光の反射を低減したガラスを開発しています。新しい機能をお客さまに提供できれば、世界ナンバーワンも狙えるはずです」(村野氏)


 AGCは2014年ブラジルワールドカップの12会場全てにガラス製の選手用ベンチルーフを提供する。これに先駆けて6月に開催されたFIFAコンフェデレーションズカップの選手用ベンチにドラゴントレイルが採用された。ベンチにはスマホのガラスが7000枚ぶん使わており、これまでのポリカーボネイト樹脂製のものに比べて透明度が増すという。来年のワールドカップでもより進化したベンチが登場する予定だ。

6月にブラジルで開催されたFIFAコンフェデレーションズカップの大会でもドラゴントレイルを使ったベンチが使われた

 大企業だけに新たな事業に早々と参入できない弱点はあるものの、AGCには伸びてきた市場を奪い取る生産規模と開発力という強力な武器がある。着々とシェアを広げている日本発のドラゴントレイルが、ゴリラガラスを完全に飲み込むのは時間の問題かもしれない。

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