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Web制作会社を辞めて、「注目の無職」に。 (3/5)

2012年11月30日 13時00分更新

文●盛田諒/アスキークラウド編集部

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地震と報道のギャップに悩む
自分を変えないために書きつづけた

―― 聞きたいのは去年3月の話です。「ひくくらい助かれー!」のときは、どんなことを考えていたんですか?

 いや、何も考えてなかったんです。あのときはシンプルに、映像に対する反発みたいなものだったんです。悲惨なところだけを何度もくりかえしてて。震災(の被害)にあってない地域にも共有させようってことなんでしょうけど、こんな状況やからおまえらも傷つけ、みたいな報道に思えたんで。(被害に)あってない人のところに戻してあげようっていう報道をしてほしかったなあ、なんか逆やなあ、っていうのが、無意識にあったかもしれないです。

―― 逆というと。

 なんかね、元気がある地域が、被災したところに元気を分けるような報道には見えなかったんです。元気失ったところが、ほかの地域にも同じように、元気失わせるように感じたんです。それは逆なんじゃないかなって。

3月、地震の報道に反発を感じていた処之助さん。「元気失ったところが、ほかの地域にも、同じように元気失わせるような報道に感じたんです。それは逆なんじゃないかなって」。普段のテンションを保つためにPOSTをつづけた。

―― あのときツイッターで、いきなり政府の皮肉を言い始めたり、変にポジティブなことを言ったり、妙に変わってしまった人がいたと思うんです。それは処之助さんと同じように、報道や映像に反発して、みんなを明るくできる話を必死で探した結果、自分を変えてしまった、ということなんじゃないかと。その中で、処之助さんが特別なことを言おうとせず、ありのままでいられたのは、すごいことだと思います。

 そんな、大それた考えがあってしてたわけでは全然ないです。フォロワー10人、20人の人たちが「大変なことあったけど頑張ろう」って普通に言ってるのと、おんなじくらいの意識しかなかったです。本当に。

―― 普段から、ヘコんだときも鬱っぽいツイートになったりしませんよね。

 こっち側では下がってるときもありますね、もちろん。ただその反動で発散しているというか。地震のときもすごいつらくて、何か言わずにはいれないような気持ちだったんで、ああいうテンションだったんだと思います。つらいときほど、わーって言って発散したくなるっていうか。自分を元の(テンション)くらいまでに戻すために、やってるかもしれないです。

―― そういうところが作家っぽいというか、日夜ネタをPOSTすることでフォロワーをたくさん集める、いわゆる職人と雰囲気が違うところなんだと思います。

 初めのころ、そういう人と仲が良くなったことがあったんですよ。その人から、「フォロワーが増えてしまって、(キャラが付いて)言いたいことが言えなくなるんじゃなくて、言いたいことを言ってフォロワーが増えてるのは、すごくうらやましい」って言われたんで、じゃあこのままでいいんかなあって。

ツイートをまとめた書籍のゲラ(校正用紙)。ほとんど修正はなく、とてもきれいな状態だった。

―― いつでも、つかず離れずのバランスを保とうとするのはなぜなんでしょう?

 大喜利の子ら同士でコミュニケーションとってたところで、いざこざとかがたまにあったみたいなんですよ。せっかく楽しいの見つけたのに、嫌な思いして離れたくないなあって。だからそういうのには関わらんとこうと思ったんです。

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