四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第104回
愛称はマイコー、「microKORG」という新しいスタンダード
あの会社のシンセサイザーは10年経ってもまだ売れている
2012年10月27日 12時00分更新
ライバル不在の理由は「新しいけど、スタンダード」
―― ところで、こういう売れ筋商品が出ると、必ずほかから似たような製品が現れるわけですが、今まで淘汰されずに来たのはなぜなんでしょう。
坂巻 やっぱりイイ感じじゃなかったからじゃないですか。スペックでは負けるんですよ。鍵盤も標準鍵盤のほうが弾きやすいですから。でも、やっぱりこれにしかない存在感があるんですよ。
金森 存在感あるよね。もうmicroKORGは定番のシンセになっちゃったんでしょうね。
坂巻 僕が企画者としていつも思うのは、新しいんですけど、スタンダードなんですよ。
金森 そうそう、スタンダード。普通のシンセはフルエディットしようとすると、操作が複雑でなかなか覚えにくいことがあります。でも、microKORGは全部パネルに書いてある。だから中古市場に出て、取説がない状態で買っても、シンセを分かっている人なら使えてしまうんですよね。
坂巻 「昔こういうのあったよな」っていう感じになってるんです。でも実際には、アナログシンセの時代に、こういうものはなかったんですよ。
―― この操作系にならないですからね、デジタルじゃないと。
坂巻 microKORGは、アナログシンセを今のテクノロジーで再構築するとどうなるか、というアプローチで企画されたと思うんですが、それが成功したんじゃないかと思うんです。だから他の会社さんが「コルグのアレ売れてるみたいだから、もっと鍵盤良くしてシンセ良くして値段安くして」となっても、microKORGが持っている力強さには勝てないわけですよ。
microKORGの強さは、自然と背負ってきたものの大きさから来ている
コルグという会社は、昔から変わった製品を作る楽器メーカーだった。
金のかかった技術や、物量による圧倒よりも、アイデアだけで市場を一転させるようなもの。技術主導でもなく、マーケティングの結果でもなく、ただの思いつきであるような。もちろん実際には製品化まで相当綿密に練られているはずだが、普通の会社だったら通りそうもない企画が、実際の製品として出てくるのが驚きだ。だから一体この会社にはどういう人達がいて、どんな風に製品が作られているのかに、昔から興味があった。
コルグの大ヒット作であるmicroKORGには、かなりの密度でその要素が詰め込まれているように思えた。まず社内から結構無茶なリクエストが飛んでくる。それをまたトンチのようなアイディアで返す人がおり、そういう面倒なものを実際に使える楽器に作りこむ技術者がいる。結果的に、普通ありえない変わった製品が出てくるのは、そうした絶妙なチームプレイによるものではないのか。そのバックグラウンドを支えているのは、やはりメーカーとしての伝統で、具体的にはこの会社が過去に出してきた製品だ。
今回の取材の中でも、何度となく出てきたのが「MS-20」というシンセサイザーの名前。これがアナログシンセサイザーの、ひとつの典型として社内で共有されている。
それは、デジタル時代になってただちに物理モデリングの対象になり、MS2000やmicroKORGとして生まれ変わった。それがさらにPC用のKORG Legacy Collection、ニンテンドーDS用のKORG DS-10、iPadアプリのiMS-20といったソフトウェアとして継承され、ついには本物のアナログ・ハードウェア・シンセであるmonotronやmonotribeとしてよみがえっていくわけである。
過去の製品の音を、自社のリファレンスとして中心に据えられる楽器メーカーは、やはり強いのだと思う。microKORGの強さは、そうやって自然と背負ってきたものの大きさから来ているのではないか。それは見た目が小さくても、存在感として、どうしようもなくユーザーにも伝わってきてしまうものなのだ。
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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