TIGER & BUNNYでチャレンジした3項目
―― ここまでのお話でTIGER & BUNNYは、企画からテレビ放送、海外も含めたネット配信そしてライブまで、“視聴者を広げる”ということに一貫して取り組んできたということがよくわかりました。
尾崎 「そうですね。アニメビジネスの課題として大きいのは、市場全体が頭打ち傾向にあることです。それをふまえて僕は、TIGER & BUNNYでは3つのことにチャレンジしようと思って取り組んできました。
日本だけではもう回収しきれない。少子化でアニメ人口も減っている。その結果ビデオグラムからの回収が難しいのであればインターネット、自動公衆送信権を活用しよう、あるいは今回のプロダクトプレースメントのような、別の回収手段を見つければいいじゃないか、というのがまず1つめ。
2つめは、国内のみで成立しないのであれば、ワールドワイドで成立する手段を考えよう、国内のアニメ人口に加えて海外の人口を取り込もう、ということ。
そして最後に、少子化もさることながら、やはり大人のほうが可処分所得が高い。もう一度アニメに戻ってもらう働きかけと並行して、アニメに触れたことがない人も巻き込んでいこう、アニメ人口そのものを増やそう、というのが3つめです」
エンタメは“30年後の収穫を夢見て種をまく”仕事
尾崎 「さらに、『アニメを、子供にとっての成人後・大人にとっての老後、の趣味に加えるための種まきをできれば』とも考えています。これは相当長いスパンの話です。
しかし考えてみてください。いまの僕ら大人は自由になるお金が出来て、ガンプラ等を大人買いできる世代になっているわけですが、その種が蒔かれたのは(ファーストガンダムが放送された)30年以上も前のことなのです。
やはり、30年もかかってしまうわけです。それは子どもから大人になる30年間もそうですし、30~40代が定年になるまでの30年間も同じです。どのような消費行動をとるかというのは、おそらく“いま”植えつけられていないと、もしくは趣味たりえていないと、30年後に効いてこない」
―― 確かに、『定年です、時間がたっぷりできました』となった後の消費行動は、当然それまで過ごしてきた30年間に左右されますね。
尾崎 「60まで歳を取った末に、時間ができたからといって、いきなりアニメを観ようとは、絶対思いませんよ」
―― なるほど(笑)。
尾崎 「ですから子供だけでなく、(働き盛りの)大人の世代にも『アニメってじつは楽しいんだ』という原体験を“いま”してもらう必要があるのです。
これは切実に思っています。
これは全く個人的な見解ですが、ガンダムはよいサイクルになりつつあると思います。おそらく、現在ガンプラを組み立てる時間が取れない大人は結構いると思います。そんな彼らも60、70歳くらいになったら、ようやくそれを組み立て始めるのか、新たに買い始めるのか、いずれにせよ『老後にガンプラ作りたい』という人は、意外に少なくありません。
つまり、それはガンダムが1つの文化たり得ているという表れですよね」
―― 盆栽をするようにガンプラを組む、みたいな。
尾崎 「まさに。そういったものをガンダム以外にいくつ作れるか。それがアニメ業界、ひいてはエンタメ業界の裾野をどれだけ拡げられるかということにつながると思うのです。マクロな目線で言えば、そんな風に僕は考えています」
◆
本連載「メディア維新をいく」では、2010年9月からアニメビジネスを中心に実務家・学識者にインタビューを続けてきたが、スタートから1年以上が経ち、メディアの変化に果敢にチャレンジする実例が現われ始めた、ということを確認できたインタビューだった。
尾崎氏は、映像業界の外からキャリアをスタートし、映画会社のギャガ・コミュニケーションズを経て、2004年にサンライズに企画営業スタッフとして転じ、プロデューサーへとステップアップした経歴を持つ。バブルから一転、閉塞状況にも見えるアニメ業界には、今こそ氏のように外からの新しい視点や発想で取り組める人材が求められているはずだ。
そして、氏も指摘した「30年後を見据えた施策」は、同じく消耗戦に入りつつあるように見える、ソーシャルゲームなど他の業界にも通じるものだ。電子書籍をきっかけとした出版隣接権、音楽の世界では違法ダウンロードの刑罰化など、法律の枠組みで変化に対応しようという動きもあるが、局面を打開できるのは結局最後は人にかかっている。
本連載では、アニメ以外の分野にも視野を拡げつつ、変革を起こす人々を追っていきたい。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ネットコミュニティーやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、コンテンツのプロデュース活動を行なっている。DCM修士。『スマートデバイスが生む商機 見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ』(インプレスジャパン)、『生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ』(アスキー新書)、『スマート読書入門』(技術評論社)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)も好評発売中。Twitterアカウントは@a_matsumoto
最新刊は、従来メディアからインターネットへのメディアシフトがもたらす変化と、デジタル時代のコンテンツビジネスの現状を整理した一冊、『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)。
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ソーシャルゲームのすごい仕組み (アスキー新書)まつもとあつし(著)アスキー・メディアワークス
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