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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第100回

プロが仕事を諦める時 対談・佐久間正英×佐藤秀峰【職業編】

2012年08月04日 12時00分更新

文● 四本淑三

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ポピュラリティーとはなにか

―― 漫画家を諦めた佐久間さんは、なぜ佐藤さんの漫画が好きなんですか?

佐久間 グッときたから。

佐藤 あ、ありがとうございます……。

佐久間 僕は(手塚治虫の)「ブラック・ジャック」が好きだったから、それでたまたま「ブラックジャックによろしく」を目にして。最初は絵の感じに違和感があったけど、読んでいくうちにあっという間に引きこまれて。ストーリーももちろんだけど、一つ一つの絵、決めシーンみたいなところ。すごいパワーのある感じで、感動してしまう。それも案外、変なところでグッと来る。不意打ちな感じ。すごくいい映画を観ているのと同じような、なんでこんなところで泣いてるんだろうみたいに。

―― 不意打ち感ありますよね。「ブラよろ」で新生児の双子のお兄ちゃんが死んじゃうところなんか。佐藤さんの作品は理屈っぽいところがあって、そこで共鳴しているのかと勝手に思っていたんですが。

「ブラックジャックによろしく」第4巻より

佐久間 いや、僕は確かに理屈っぽいけど、そんなことはないよ。

佐藤 「描きたいものはないですか?」って編集さんに聞かれると、何でもいいですって。

―― あらっ、そうなんですか。テーマ性の強さも一貫していると思うんですが。

佐藤 描きたいものを描いても、編集部は載せてくれないんです。なので、載せてくれるものを言ってくださいと。与えられるテーマやジャンルみたいなものは何でも受け入れるので。その中に何か、こんな業界腐ってる! とかいう、自分の想いを込めていけばいいかなと思ってやっているんです。

編集者から振られた仕事に自分なりの想いを込める作り方を心がけているという佐藤さん

―― なるほど。どんな業界でも似たように腐ってますからね、でも100万部売る作家には、100万人の読者がいるわけで、佐藤さんくらいならネームバリューで勝負できるんじゃないかと思うんですけど。

佐藤 僕はけっこう商業主義的というか、あまりコアなファンがいないんですよ。僕より部数が出ていない人でも、サイン会をやれば1000人くらい並ぶような作家さんもいると思うんです。僕は薄くなんとなく知られてはいるけど、100人は集まらない、みたいな。もっと人間の深いところを描いている作家さんはいるし、そういう人から見ると、僕は本物じゃない作家という位置なのかなと思います。

佐久間 それがポピュラーということなんですよ。音楽でも同じだと思うんです。ポピュラーな音楽というのは、純粋にいい曲だと思っても、その感動が作家に結びつくわけではない。でもコアな音楽はアーティストと切り離せない。それは売れる量とは関係のない問題なんじゃないかな。僕が最初に「ブラックジャックによろしく」を読んでいいと思ったのは、それなんじゃないかなと。

―― そういう普遍性を得た作品でありつつも、なかなか当たり前には進まず、読者を裏切るのが佐藤さんの漫画の面白いところだと思うんです。

佐藤 お医者さんが患者さんを助けて、皆感動して泣くような話は、何かあざとい感じがするんです。なので、ちょっとだけ、ずらしたくなる。お兄ちゃんが死ぬ、助けないという、そういう残酷さはちゃんと入れておきたかったんです。

―― でも、そこは編集者的にはやめてほしいところだったり。

佐藤 殺す必要もないものを、なぜ殺すかという話になってしまうので。皆を感動して泣かせれば、もっと売れるかもしれないし、よりポピュラーと言われるものになるんじゃないかって。でも、やっぱり毒がないと、どこにもフックがなくなっちゃうので、誰の心にも残らないし、次に買ってもらえなくなる、という話になっちゃうんですね。

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