きっかけは一枚のポスターだった
尾茂 僕は音楽に対してはトラウマがありまして。中学の音楽の授業で、たまたまリコーダーを忘れちゃったんですよね。そしたら先生に「立ってなさい!」って言われて。何だよ!って言ったら、先生が自分の笛を持って殴ろうとしたんで避けたんですけど、その先生のつばが……。
―― うっ。先生は男性ですか?
尾茂 女性です。ふざけるな!って。それでグレちゃって、学校行かなくなちゃった。
―― どれくらい行かなくなったんですか。
尾茂 ずっと。
―― 中学は義務教育ですよね。
尾茂 義務教育は卒業させるべきだろ!って、それで卒業したんです。
―― なるほど、ご卒業おめでとうございます。で、そこからオンド・マルトノですが。
尾茂 僕がよく行くフランス料理屋の脇に、コンサートのポスターが落ちていたんですよ。へえ、森進一って演歌だけじゃなくてオルガンも弾くんだって。これ行ってみようかなって。実際は森進一じゃなくて原田節さん※で、オルガンじゃなくてオンド・マルトノを弾いていた写真だったんです。で、行ってみたら、ああ、この楽器はすげえ! と。
※ フランスでオンド・マルトノの演奏を学び日本国内に伝えた、有名なオンド・マルトノ奏者。
―― んー、原田さんが森進一に似てる……と。逆に楽器をご存じなかったんで、オンド・マルトノを特殊なものとは思わなかったんですね。
junjiro あと仕組みがラジオに似ている。ラジオは小さい頃から作っていて、盗聴とかもしていたらしいです。
尾茂 うちの両親の会話ですけどね。小学生の頃。
―― 喧嘩が絶えない家の子はやりますね。僕もそうでした。で、それがヘテロダイン変調※になるわけですか。
※ ヘテロダイン変調 : テルミンや初期オンド・マルトノの発音原理。2つの周波数が干渉して、和と差による新しい周波数が生まれて起きる現象。ギターのチューニングの際に、音程が微妙に合わない時のうねりのようなもので、ビートとも言う。例えば500.00kHzと499.56kHzを組み合わせると、差は0.44kHz=440Hzとなり、人間の可聴帯域に入りA音として認識される。テルミンや初期のオンド・マルトノは、2基の高周波発振器の片方の周波数を変えることで音程を作り出している。
尾茂 それなら自分でもできると。それで原田さんの門を叩いたんです。どんなものかを知りたいって。最初の1台目は真空管で再現してみたんですが、でもピッチが大変で。リボンの先は展開したコンデンサで、2枚のアルミ板の間を線が通っている。それでリボンを動かすとコンデンサの容量が変化するんですけど。
斉田 テルミンが手で静電容量を変えるのに対して、発振する周波数のキモになっているコンデンサ容量を直接操作するわけですね。ただアルミ板の間隔がちょっと違うと、チューニングが違ってしまう。運んだだけで変わっちゃいますよね。
尾茂 それでピッチ制御はデジタルに任せて、音源はヘテロダインにしよう、というのが今やっていることです。
斉田 その構成はオリジナルじゃないですか?
尾茂 そうですね、誰も作ったことがない。モーリスも作ったことがない。
junjiro でもピッチの不安定な真空管のやつは、インドに持っていったんですよね。インドの音階って12音の間の音も使うから、それでオンド・マルトノはちょうどいいんじゃないかと。
―― (あ、それでインドなのか……)
尾茂 インドにはサティッシュ・バッバルという恩師がいて。彼とはダイアをやっていたときに知り合ったんですが、「そういえばバッバルさん音楽作れるよね」って。この楽器のための音楽を作ってよって。
―― (どんどん話が壮大になってすごいなもう……)あの、もう一杯ワインをください。それはどんな音楽なんですか?
尾茂 インドにはガーリブ※という詩人がいて、その後にタゴール※という人がいた。実はタゴールとモーリスは親交があって、モーリスにインド音楽専用のオンド・マルトノをオーダーしている。そういう歴史をテーマにして一曲作ってくれないかと。それで長谷綾子を5年間、彼のスタジオに送り込んだんです。インドには西洋の譜面という概念がないので、彼の曲を譜面にするために。それで「ガーリブとタゴール」という曲ができたんです。
※ ミルザ・ガーリブ(Mirza Ghalib): インドのアグーラで1797年に生まれたウルドゥー最大の詩人。
※ ラビンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore) : 1861年にカルカッタで生まれたアジア人初のノーベル文学賞受賞者。彼のオーダーした特別なオンド・マルトノには「タゴール」という名前が付いていた。
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